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【試し読み】 僕のヒーローアカデミア 雄英白書 祝

9月4日に『僕のヒーローアカデミア 雄英白書 祝』は発売になります。
こちらに先駆けて収録エピソードの中から「雄英地下迷宮」の冒頭を無料公開いたします。
麗日お茶子が語るあらすじも必見!?

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あらすじ

クリスマス、大晦日、お正月(おもち楽しみ!)。
私たちのクラスにも年末年始がやってきた。
新年をキレイな気持ちで迎えるため、みんなで
大掃除をしてたら、とんでもないものを発見!
これっていったい何の入り口なんやろ…!?
小説版でも頑張って“Plus Ultra”!!

それでは、物語をお楽しみください。

雄英地下迷宮

 年末の冬の空気は冷たく乾いていて能動的な活動には向かない。動物の本能が休めといっているこの季節に、人間だけはいろいろ用事に追われている。例えば、年末の一大行事、大掃除だ。
 文化祭も無事終わってまもなく、エンデヴァーが正式にナンバー1の座についた。当初は平和の象徴オールマイトと比べられ、世間の評判は芳しくなかったが、ナンバー2ヒーローであるホークスからの要請を受け赴いた博多でのハイエンドとの死闘を経て、世間の風向きが象徴の不在への不安からエンデヴァーへの応援に徐々に変わってきていた。しかし、そのハイエンドとの遭遇は、公安からの命令で秘密裏に敵連合(ヴィランれんごう)に接触を試みていたホークスによるものだった。
 A組とB組が合同戦闘訓練に励んでいた頃、異能解放軍が敵連合の傘下につき、超常解放戦線と名を改め、死柄木弔(しがらきとむら)がさらなる力を得て世間の壊滅を画策しているのを知った公安が、超常解放戦線を全滅させるべくプロヒーロー、そしてまだ仮であるヒーローの卵たちも数に入れた総攻撃を仕掛けようとしていることは、まだごく一部にしか知らされてはいない。
 雄英高校でもそれを知る人はなく、生徒たちは大掃除に勤しんでいる。もちろん、寮内の自室は各自でやらなければならない。部屋は個人の性格が顕著に表れるパーソナルスペースだ。空間は清潔であるほうが体にも精神的にもいい。だが、掃除をしなくても気にならない者もいる。故に日常の掃除の頻度にも個人差が出てしまう。毎日掃除する者、二、三日に一回の者、週一ペースの者もいれば、月一ペース、なかには入寮してきてから一度もしていない強者もいた。日々清潔な空間を心がけている者は、すでに掃除を終えていた。1年A組委員長、飯田天哉(いいだてんや)もそのなかの一人である。

「読み終わった本はこれで全部だな」
 そう言って、飯田は紐で一括りにした本の束を段ボールの箱に詰め、一仕事終わったと笑顔を浮かべた。日々清潔を心がけ掃除をしていたが、やはりふだん後回しになってしまう机や本棚やベッドの裏、ベランダの排水溝なども掃除してキレイになった部屋を眺めると清々しい気持ちになった。
 あとは、このまとめた本を実家に送る手続きをしに行けばいいだけだ。読んでいない本も残り少ない。そのうち、母親に言って実家に置いてある未読の本を送ってもらおう。そんなことを考えながら段ボール箱を抱えて、飯田が部屋を出る。すると隣の尾白猿夫(おじろましらお)の部屋から声がした。
「うわっ、やっちゃった」
「どうかしたかい?」
 飯田が開けっぱなしのドアから中を覗くと、雑巾がけをしていたらしい尾白が濡れた尻尾を見て困ったように眉尻を下げていた。
「雑巾がけのバケツにつけちゃった……」
「それは大変だ。今、タオルを」
「あ、いや大丈夫。あとで雑巾洗うついでに洗面所で洗ってくるよ」
 尻尾の先を雑巾のように絞り再び掃除に励む尾白を好ましく見て、飯田は一階に向かうべく廊下を進む。だが隣の上鳴電気(かみなりでんき)の開けっ放しのドアから軽快な音楽とともに「ホエー」など感心するような声が聞こえてきた。覗くと、上鳴は掃除をほったらかしにして雑誌を見ている。
「上鳴くん、掃除は進んでいるのか?」
「してるしてる! でも今、雑誌の仕分けしてたらさー、こんなのみつけちゃって」
 上鳴が見せてきた雑誌のページには、洗濯ヒーロー・ウォッシュと具足ヒーロー・ヨロイムシャの対談記事が載っていた。ウォッシュの文面は「ワシャシャシャ」ばかりが並んでいるが、ヨロイムシャはちゃんと意をくみ取って会話が成り立っていた。
「文字多くて読んでなかったんだけど、改めて読んだら意外とためになる話しててさー。あ、飯田も読む?」
 飯田も対談の内容が気になったが、今はそれ以上に気になることを口にする。
「そのまえに上鳴くん、掃除の途中なのではないのか?」
「まず中身見てからじゃないと、捨てんのと取っとくの仕分けらんないじゃん」
「そういうのは、パッパッと仕分けていかねば終わらないぞ! あぁまだこんなに雑誌があるじゃないか。ム? 部屋の隅に埃がたまっている……おや、スケートボードの上にも埃がつもっているじゃないか! もしや……ベランダ掃除もまだじゃないか?」
「えー? ベランダはべつに掃除しなくてもいいっしょ」
「飛んできた枯れ葉が排水溝にたまったら、大雨のときの排水がうまくいかなくなってしまうかもしれないぞ!」
「マジで? でも排水溝ってどうやって掃除すればいいの?」
 まずゴミを取り除き……と説明しようとした飯田が部屋の様子を見て察知した。
(しかし、部屋の掃除も終わっていないのにベランダまで手は回らないのではないか? ……ならば、俺が──)
 自分の部屋の掃除も終わっているし、上鳴の掃除の手伝いを申し出ようとした飯田だったが、ハッとする。
(掃除も自己鍛錬の一部……! 俺が手伝っては、上鳴くんのためにならない!)
 仲間の鍛錬の機会を奪ってしまうところだったと、飯田は思い直し上鳴に向き直る。
「俺の部屋にベランダ掃除の道具があるから、それを使うといい」
「え、いいの? ありがとなー」
 無邪気にお礼を言う上鳴に笑顔で応え、飯田は部屋をあとにした。
(もし今日中に終わらないようであれば、明日、手伝おう)
 なんやかんやクラスメイトを放っておけない委員長だった。

 飯田がエレベーターで三階から一階に向かった頃、二階の緑谷出久(みどりやいずく)は部屋に飾っているオールマイトフィギュアを慈しむように拭いていた。オールマイトは敬愛する師匠でもあるが、同時に大ファンでもある。オールマイトのことなら何でも知っていたい。常にグッズを愛でていたい。いや、むしろグッズに埋もれていたい。しかし、傷一つつけることは許さない。それが手の施しようがないほどの重度のファン、オタクというものだ。出久の毎年の大掃除の仕上げはオールマイトグッズを丁寧に拭くのが恒例行事だった。愛でながら掃除するのは至福の時間でもある。いつも見守ってくれているオールマイトフィギュアに励まされたり癒されたことは数えきれない。
(いつもありがとうございます)
 フィギュアだけではなく、本人に向けて出久は心のなかでお礼を言いながら笑みを浮かべた。
「緑谷」
 突然声をかけられ、振り向くと轟焦凍(とどろきしょうと)が開いたドアから顏を覗かせていた。
「どうしたの、轟くん」
「シャーペン落ちてた。お前のじゃねえか?」
「あ、ほんとだ。こないだ英語教えてもらったときに落としたのかな。わざわざありがとう。掃除、もう終わったの?」
「あぁ」と短く応えてから、轟はじっとあたりを見回して言った。
「改めて見ると、いっぱいあるな。オールマイト」
 わずかに感心したような声色に、出久は褒められたような気持ちになって「そうかな」と少し照れたように頭を掻く。
「……俺も一体くらい飾ってみてえな」
 轟のなにげないその一言に、出久の目がギラリンッと反応した。
「えっ、飾る!? それならオススメのがあるよ!!」
 そう言って出久は矢のようにクローゼットへ向かうと、箱入りのフィギュアを取り出してきて轟に鼻息荒く説明しはじめた。オタクはオタクを増やそうとする特性があり、またそれを喜ぶ生き物である。推しの素晴らしさを少しでも知ってもらいたいという愛から発露する純粋な欲望だ。
「これはねゴールデンエイジの初期に出たものなんだけど、なんと数量限定のレア物なんだよ! ほら見て! この自信に満ちた表情! 眉毛の角度に眉間の幅! 見ているだけでこっちまで笑顔になっちゃうオールマイトスマイル! この歯の色も輝きを再現するために配合された新しい塗料が使われているんだよ! ほら動かすとキラキラするでしょ!? 細部までこだわった筋肉のライン! 一撃で敵をフッ飛ばす力強さがわかるよね! それに髪の毛とマントの自然な揺れ具合! 指先の形までこだわってるんだ! スーツの色も完全再現してあるし、今にも敵に向かって動きだしそうな躍動感があるよね! これを作ってくれた人の愛情がバシバシ伝わってくるでしょ? ここまでちゃんと作ってくださって本当にありがとうございますってお礼を言いに行きたいよ! ファンの間でもこのフィギュアは垂涎(すいぜん)ものなんだ! これはどうかな!?」
 息継ぎもせず一気にまくし立てた出久に、轟は少し考えて口を開く。
「なんで自分の部屋で飾んねえんだ?」
「飾りたいけど飾りたくないっていうか。レア物だからそっと大事にとっておいて、こっそり眺めたいっていうか」
「なら」
 なおさら自分が飾るわけにはいかないと轟が続けようとするが、その先を察した出久が言葉を遮る。
「あっ、それは大丈夫! なぜなら、なんと……同じものが二つあるんだ!」
 ジャーンと言わんばかりに再びクローゼットから同じフィギュアを取り出してきた。
「実はね、お母さんも僕が買ったの知らずにほかの店で並んで買ってたんだ。誕生日プレゼントにって。だからよけい飾るのがもったなくてさ。でもせっかく二つあるのにってずっと思ってたから、よかったら飾って」
 そうはにかんで差し出したフィギュアを見て、轟はわずかに思案して首を振った。
「うっかり落として壊しちまうかもしれねえからやめとく」
「そっか~」
 少し残念そうな出久に、轟は言った。
「見たくなったら見に来ていいか」
「もちろん!」
 全開の笑みで快諾した出久に轟も表情をやわらかくしたそのとき、後ろのドアから明るい声がした。
「ヘイ! どうせ見るなら、僕のキラキラライト貸してあげる☆」
 話が聞こえていたらしい隣の部屋の青山優雅(あおやまゆうが)が、手にしていた眩い照明器具をオールマイトフィギュアに向ける。光り輝くオールマイトフィギュアに、出久の大きな目がさらに大きく輝いた。
「……光り輝くオールマイト……!! すごいよ、青山くん!!」
「おお、すげえな」
 轟も乏しい表情ながら感嘆したそのとき、青山の後ろから欲望にまみれた声がした。
「おい青山、オイラのレア物も照らしてくれや……」
 欲望の権化・峰田実(みねたみのる)が、持っていた卑猥な雑誌のページに照明を当てようとズンズン近づいてくる。そのページの内容に気づいた出久が「だ、ダメだよ、峰田くん……! そんな雑誌……!」と真っ赤になって顔を背けた。
「うるせえっ、光に当てたら中身が見えるかもしれねえだろうが! モロ出しもいい……もちろんいい……。だが、隠されているからこそ見たいと燃えるのが想像力! 音楽が配信になってもレコードが残っているように、紙の媒体のアナログな女体の写真だからこそ宿るエロスがあるんだよ……!」
 そう言いながら峰田がギラギラした顔で雑誌とともに照明に接近する。そのあまりの迫力に「オウ……!」と青山がドン引き青ざめているのもかまわず峰田の目が雑誌にくっつきそうになった瞬間、照明の熱で雑誌が発火した。
「うおっ!? 目が、目がぁ~!!」
 間近で炎に目をやられそうになった峰田が転げまわっているうちに、轟が雑誌に向けて氷結を繰り出す。
「大丈夫か、峰田」
「ヤケドしてない!?」
 駆け寄る出久たちに、峰田がなんとか起き上がる。火に驚いただけでなんとか無事だった。「あービックリしたぜ……」と安堵する峰田だったが、燃えて氷結された雑誌を見て豹変する。
「あああ!! オイラのレア物が~!!!」

「今、誰かの叫び声がしたか?」
 三階から一階へとやってきた飯田は、エレベーター前で一緒になった口田甲司(こうだこうじ)に話しかける。「ううん」というように首を横に振る口田の手には、黒いビニール袋がある。中身は部屋で一緒に暮らしているウサギの結ちゃんのトイレ砂などだ。動物を飼うからこそ、口田も部屋は毎日掃除している。
 口田に「そうか」と応えて飯田が、みんなの掃除の様子を委員長として見て回らねばなどと思っていると、玄関先で何かを引きずっている切島鋭児郎(きりしまえいじろう)が見えた。
「どうしたんだ、切島くん」
「壊れちまったサンドバッグをゴミ置き場に持ってこうかと思ってよ」
 笑顔で息を切らしながら答えた切島が引きずっていたのは、軽く一〇〇キロ以上ありそうなサンドバッグとその支柱だった。支柱は折れ曲がって使いものになりそうにない。
「どうすればこんなに曲がってしまうんだ!?」
「トレーニングしてたらつい熱が入っちまって」
 切島が残念そうに頭を掻く。飯田と口田は目を丸くする。いくら熱中していたとしても、丈夫な支柱はそう簡単に曲がらない。飯田は、それほど熱心に鍛えていたのだろうと感心したように言った。
「部屋でもトレーニングとはさすがだな!」
「筋肉と努力はウソつかねえからな!」
「しかし残念だな。壊れてしまってはトレーニングできないだろう?」
「大丈夫だ! ネットショップにはなんでもあってすぐ届くんだ」
 ニカッと笑って、切島は再びサンドバッグと支柱を引きずって歩きだした。重いものを引きずって踏ん張る足取りを見て、飯田は「手伝うよ」と持っていた段ボール箱を床に置いて駆け寄り、サンドバッグを持った。
「え、いいのか? でもどっか行く途中だったんじゃ」
「あとで大丈夫さ。そのほうが早い」
「僕、反対側持つよ」
 口田もビニール袋を肩に担ぎながら、支柱の端を持つ。きょとんとしていた切島が言った。
「ワリィ! ありがとな」
「こういうときはお互い様さ」
 そうして三人でゴミ置き場へと向かうことになった。
「切島くん、掃除は進んでいるのかい?」
「おう……って言いてえとこだけど、細かいとこがなー。爆豪んとこなんか隅っこまで拭いてたぜ」
「爆豪くんはあぁ見えてキッチリしているからな。緑谷くんと謹慎になったときも、細かいところまで掃除していた」
 どんよりした冬空の下、他愛のない話をしながら歩いていく。ほんのり白い息をおもしろがったり、通りがかった敷地内に住み着いている猫に挨拶したり、効率的なトレーニングの仕方から、授業の内容、相澤先生の機嫌の見分け方、晩御飯のメニューの話まで話していると、口田が「あれ?」と気づいたような声をあげる。その声につられて前を見ると、大きな紙袋を持った常闇踏陰(とこやみふみかげ)がやってきた。飯田たちもゴミを捨てにきたのだと察すると、常闇が言った。
「いつものゴミ置き場ならいっぱいだぞ」
 聞けば、常闇も一足早くゴミを捨てにきたのだが、この大掃除のためすでに置き場所がなく、臨時のゴミ捨て場に持っていくところだという。
「ここが臨時のゴミ捨て場らしい」
 そう言って常闇が携帯電話の画面に表示されている地図を飯田たちに見せる。それは少し離れた森林地区の近くにあった。携帯でいっせいに情報が送られていたが、飯田も口田も切島もすぐ戻るから携帯を持ってきていなかった。飯田が小さく頷いて言った。
「常闇くんに会って助かったな」
 そうして四人で臨時のゴミ捨て場に向かう。黒影(ダークシャドウ)もサンドバッグの端を持ってまた他愛のない会話をしながら歩いていたその途中に、少し離れたベンチで一人缶コーヒーを飲んでいるパワーローダーがいた。座っているベンチの横には食べ終えたらしいカップラーメンがある。飯田たちが挨拶するとぎこちなく手をあげて応え、教員寮のほうへ戻っていった。今日は先生たちも大掃除をしているのだ。
「寒いのに、どうして外で食べていたんだろう?」
「気分転換じゃねーか?」
 首をかしげる飯田に切島が答える。「なるほど」と飯田が納得したところで、常闇が少し神妙に切り出した。
「最近夜、小さな地震が多くないか?」
 その言葉に、口田がハッとしてウンウンと頷く。飯田は切島と顔を見合わせた。
「全然気がつかなかった。夜は早めに寝ることにしているからな」
「俺も。トレーニングしたらすぐ風呂入って寝ちまうし」
 そんな二人に常闇は「そうか」と応えて怪訝な顔をする。
「妙なんだ。地震かと思い、何か情報があるかと携帯を見るが、どこにも地震は起きていない」
「気のせいでは?」
「最初はそう思った。けれど、そんなことが十数回も続いていると気のせいとはとても思えない……」
 真剣な常闇の様子に、飯田は口田にも確認する。すると口田はおずおずと口を開いた。
「耳郎さんが言ってたんだ。地震が起きると、同時にヘンな音がするって。何か壊してるような、削ってるような音だって……」
 耳郎響香(じろうきょうか)の〝個性〟はイヤホンジャック。小さな音を聞き取れるのだ。索敵能力に優れた耳郎の証言は真実味がある。
「いったいどういうことだ……?」
 現実にそんな現象が起きているとはいえ、それが自然現象なのか何なのかわからない。妙な胸騒ぎに飯田が眉をひそめていると、後ろからガチャガチャという音が近づいてきた。
「みんなもゴミ捨てか」
 やってきたのは、たくさんのゴミらしきものが入っている段ボール箱を〝個性〟の複製腕でいくつも抱えた障子目蔵(しょうじめぞう)だった。物を持たないミニマリストの障子がたくさんのゴミを抱えていることを不思議に思う飯田たちの視線に障子が答える。
 部屋の掃除がすぐ終わってしまったため、風呂場や台所を掃除した。だがそれも終わってしまいどうしようかと思っていたところへ、女子たちがたくさんのゴミを捨てに行こうとしていた。まだ部屋の掃除の途中だというので代わりに捨てに来たという。
 五人で再び歩きだしながら、障子にも地震や音のことを訊くと、深く頷く。
「気にはなっていた。しかし本当に小さな音で、出所がつかめなかった」
 複製腕に目や耳を複製できる障子もまた索敵能力が高い。障子と耳郎をもってしても正体がつかめないとなると、看過してはならない何かが起こっている可能性が高い。
「……何が起こっているのかはわからないが、とりあえず相澤先生に報告しておいたほうがいいだろう。ゴミを捨てたら行ってくる」
 しばらく歩き、森林地区近くの臨時ゴミ置き場に着いた。置かれているゴミはまだ少なかったが、それもすぐにいっぱいになってしまうだろうと、なるべく端に寄せてサンドバッグなどを置いた。障子も抱えていた段ボール箱を器用に降ろしていく。その一つの中身をふと見た常闇の目が蝙蝠型の置物のようなものに吸い寄せられた。
「それは……もしやバットボーイでは……!?」
 紙袋をその場に置き、少しあわてた様子で障子の段ボール箱からそれを取り出す。気づいた切島も「おお、懐かしー」と目を輝かせた。
「バットボーイとは?」
 わからずきょとんと訊く飯田に、切島が答える。
「ずいぶん前に流行った洋画だよ。コウモリを操って戦う少年ヒーロー、バットボーイ! ちょっとダークヒーローっぽいのがカッコよかったんだよなー。観たことねえ?」
「すまない、エンターテインメントは疎いほうで」
「常闇、バットボーイ好きなのか」
「あぁ……漆黒のコウモリを従えて正義を実行する孤高の少年……憧れた」
 当時の感情が蘇ったように熱っぽく語ったそのとき、常闇が置いた紙袋が倒れ、中身が出てしまった。破れた黒い服や幾何学模様のタペストリーなどとともに出てきた一〇センチほどの水晶玉が、コロコロと転がっていく。平坦に見える地面だが傾斜がついているらしい。
「……あっ、俺の暗黒夜水晶(ダークナイトクリスタル)が!」
 常闇が気づいたときには、水晶玉は森のなかへ転がっていってしまった。あわてて追いかけていく常闇を見やりながら、飯田がふと湧いた疑問に首をかしげる。
「普通の透明な水晶に見えたが、なぜダークナイトなのだろう?」
 そんな飯田に、切島は何も訊いてやるなと首を振る。
「それはまぁ、そういうアレなんだよ」
「そういうアレとは?」
「そういう名前をつけずにはいられねえ時期なんだよ……」
 飯田にはいまいちよくわからなかったが、そういう時期なのかと納得した。ちなみに、そういう中二的な時期でもあるが、常闇が憧れのヒーロー・ダーククリスタルにインスパイアされて付けた名前でもある。
 そんなみんなの頭上をカラスが鳴きながら通り過ぎていった。
「……どうしたんだろう?」
 常闇がなかなか戻ってこないのに気づいて、口田が少し心配そうに森のなかに視線を向ける。長い時間でもなかったが、物を拾ってくるだけにしては遅すぎる。
「水晶が見当たらなくなったのかもしれないな」
 障子の推測に、それならばみんなで探したほうがいいだろうと四人は常闇を探しに森のなかへ入っていく。すぐには常闇の姿が見えず飯田が声を張りあげた。
「常闇くーん!」
「こっちだ」
 少し離れたところから聞こえてきた声を頼りに木々の間を抜けて進んでいくと、地面を凝視している常闇がいた。
「どうしたんだ?」
 飯田の声に常闇は顔をあげ地面を指差した。
「暗黒夜……いや、転がった水晶がここで止まったんだが……なんだか地面が柔らかい気が──」
「柔らかい?」
 妙な言い回しを確かめようと飯田たちが常闇へと近づく。一歩踏み出し、確かに柔らかいと感じた直後、重量に耐えきれなくなったように周囲の地面が大きな音とともに一気に崩れた。
「わあぁぁ!?」


読んでいただきありがとうございました。
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