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【試し読み】約束のネバーランド~想い出のフィルムたち~

12月4日に『約束のネバーランド~想い出のフィルムたち~』が発売となります。
こちらに先駆けて本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。

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あらすじ

エマとの再会を果たしたノーマンたちは、みんなでこれまでの想い出を語りあっていた。"誕生日"、"嵐の夜"、"コニー"、"チェス"―。アニメDVDブックレットやジャンプGIGAに掲載された秘話が、書き下ろし短編を追加し、再編集され単行本化!! 今こそ読みたい想い出が詰まった小説版第4弾!!


それでは、物語をお楽しみください。
※本試し読みは原作最終回後のネタバレを含みます。ご注意ください。


再訪

 小屋の窓越しに、暖かな日差しが差し込む。
 エマはガラスを鳴らして、窓を開けた。その途端、カーテンを揺らし、部屋の中へ日の光とともに、柔らかな風が吹き込んだ。
「いい天気」
 エマは薄青い空を見上げて、笑みを浮かべた。
 雪が解け、春が訪れると、まず真っ先に風の香りが変わった。エマは頰を撫でるそれを、胸いっぱい吸い込む。そう遠くない場所は、戦争による汚染でマスクなしでは行動できない地帯になっている。それが信じられないくらい、今日はひときわ清々しい天気だ。
 青空の向こうから、鳥のさえずりが聞こえてくる。
「もうすぐ来るんじゃないか?」
 朝から何度も窓の外を気にしている少女に、ともに暮らす老人は苦笑して声をかけた。
「うん」
 頷き返し、エマは落ち着きなくまた窓辺から離れようとする。
 そこで、丘の向こうに人影が見えた。
「あっ」
 エマは短く声を上げ、小屋を飛び出した。首にかかったペンダントが、持ち主の動きに合わせて大きく跳ねる。
 のどかな春の道に、人影が現れる。一人だけではない。
 普段めったに人が行き来することのない風景の中、今は大勢の子供達が歩いていた。
 先頭を歩いていた少年が、走ってくるエマに気づいて、ぱっと笑顔になる。
「エマー!」
 フィルと、手を引かれたキャロルが走ってくる。その後ろから他の兄弟達も続く。トーマとラニオンが駆け、転がるようにマルク、ナイラがその後に続いた。小さな弟妹の手を引きながら、ドミニクにイベット、クリスティ、アリシア、ジェミマ、ロッシーが続く。ナットが走り、アンナが髪を揺らして手を振った。同じように大きく手を振るドンと、笑みを浮かべるギルダ。
 そして一番後ろには、レイとノーマンの姿があった。
「みんな、ようこそ!」
 エマは大きく手を振り返した。

*     *     *

 あの日、エマは〝家族〞と再会した。約束を結び直す代償として失った、〝家族〞だ。
『きみのせかいから きみのかぞくをもらう』
 それが"あの方"が求めた〝代償(ごほうび)〞だった。
 1000年前、人間ともう一つの種族は"あの方"と一つの〝約束〞を結んだ。それによって、世界は二つに分かたれた。そして、鬼とも呼ばれるその種族達の食料として、一部の人間だけが残された。
 それがエマ達、食用児の先祖だった。
 世界の行き来はできない。食用児は犠牲になり続ける。それは、決して変えることのできない運命――〝約束〞のはずだった。
 だがエマは"あの方"のもとへたどり着き、その〝約束〞を結び直した。
 鬼の世界に絶滅も戦争ももたらすことなく、食用児全員で、人間の世界へ渡る。
『家族みんなで笑って暮らせる未来を』
 その〝代償〞として、最も大切なものをエマは差し出した。
 それが、〝家族〞だった。
 家族にまつわる何もかもを、エマは失った。
 生まれ落ちて記憶を持ち始めた瞬間から、エマの全ては、家族と切り離せないものばかりだった。生まれ育った場所も、自分の名前を呼ぶ人達も、経験してきた全てが、家族と繫がっていた。
 エマは一人、これまでの記憶を何一つ持たないまま、この世界へやってきた。何もわからず、雪の中で行き倒れていたエマを、この辺境の地に住む老人が助けた。
 自分のこれまでが空白なのは、広い海を漂流しているような、心許ない気持ちにさせられた。
 エマは毎日、過去を思い出そうとした。自分が所持していたものは、旅に必要な装備と銃、本、そして写真とペンダントだ。
 手元にあるものが、きっと大切なものだということはわかった。
 美しい石のはまったペンダントは、見たことないもののはずなのに、手のひらに置くと胸がぎゅっと締めつけられた。
 写真も何枚かあったが、一緒に映っている人物の姿は蝕まれ、わからなくなっていた。写真の少女が自分であることはわかる。けれど、この時のことをエマは何一つ思い出せなかった。
(なんでこんな顔、してるんだろう?)
 エマはふふ、と小さく笑う。自分は、何かに驚いたように顔の前に手をかざしている。一緒に映っているのは――これを撮ったのは、一体誰なんだろう。
 何もわからないまま、時だけが流れていった。
 その間も、大切な人達の夢を見続けた。目覚めれば消えてしまう夢だ。
 わけもなく泣きたくなるように、エマは過去の名残を感じていた。
 朝、目が覚める時、決まって時計は六時を指していたし、食事の前には無意識に指を組み合わせていた。森も荒れ地もどうしてだか難なく歩けた。
 体に染みついた何かが、欠けたものをエマ自身に教えようとしているようだった。
 何かを失った感覚を抱いたまま、エマはそれでも、今の暮らしを受け入れ始めていた。厚く積もった雪が解け、地面に草花が芽吹く頃には、エマは自然と笑えるようになってい
った。
 季節は流れ、二度目の春を迎えていた。
 そして唐突に、あの夢は現実になった。
 エマはその日、老人とともに町へ買い物に来ていた。賑やかな往来に、エマは足取りが軽くなった。
 その途中でペンダントを落とした。
 慌てて探し、見つけたペンダントを拾おうとした時だった。エマはその時、聞いたことのない名前で、呼ばれた。
「エマ……!」
 見知らぬ少年少女達が、感極まったように自分を抱きしめ、囲んだ。
 エマは何が起こったのか、わからなかった。ただ驚き、混乱し、けれど同時にあの夢を見ている時と同じ感覚が胸に広がっていった。
 誰かもわからないし、何を言っているのかもわからない。
 それでも――――
「会いたかった……」
 そうエマは口にしていた。
 決して奪えない、魂に刻まれた部分が、エマに涙を流させた。
 
 それからエマは少しずつ、その〝家族〞達から、話を聞いた。
 自分の名前が『エマ』であること、別の世界にいて、そこは〝鬼〞によって、人間が食用として管理されている場所であったこと。自分達は〝食用児〞で、その世界から逃げてきたこと。
 自分の首からは消えた認識番号も、再会した兄弟達の首筋には残されていた。
 何もかも、長い長い空想物語の中の、出来事のようだった。だがエマは真剣に耳を傾けた。作り話ではないことは、彼らの話しぶりから伝わってきたし、自分が持っていた銃や装備についても筋が通った。
 一緒に生きよう。
 そう言われてエマはやっと、漂っていたこの世界で、地面を踏みしめられたような気がした。過去の自分と今の自分が、繫がった。
 かつての家族と再会できたが、それでもエマは暮らす場所として、小屋に残ることを選んだ。老人は見つかった家族と行くように言ったが、エマは首を横に振った。
 記憶を持たない自分を救ってくれた孤独な老人もまた、エマにとってはもう、〝家族〞に違いなかった。

*     *     *

 二人で暮らすには、がらんとして感じられるほど広い小屋だったが、全員が中に入ると空間はすっかり埋まってしまった。
「素敵なお家!」
「すごいね! ハウスにいた時みたい」
 暖炉や壁にかかった写真を、子供達は好奇心いっぱいに見て回る。
「すみません、騒がしくしてしまって」
 奥のキッチンにいた老人に、ノーマンは頭を下げた。
「いや、ゆっくりしていってくれ」
 一瞬だけ眩しそうに、子供達が笑い合う風景を眺めた後、老人はテラスの方へ出ていった。
「椅子足りないよね」
 キッチンの方から丸椅子を持ってくるエマを手伝いながら、ギルダが苦笑した。
「大勢でごめんね」
「ううん!」
 エマは笑顔で首を振った。ギルダは肩をすくめた。
「これでも会いに行く人数は絞ったのよ」
 一緒に椅子を並べるのを手伝いながら、クリスティが口を挟んだ。
「ほんとは、ヴァイオレットもジリアンも来たいって言ってたんだよ」
「オリバーもナイジェルも! それにシスロも、バーバラも」
 次々と名前を挙げる子供達に、エマは声を漏らして笑った。
「そうなんだ」
 その名前の少年少女達のことを、エマは思い出せたわけではない。
 けれど、自分に会いたいと思ってくれる人達が、そんなにたくさんいるとわかるのは、嬉しかった。

 開けた窓から、暖かな春風が吹き込み、カーテンをそよがせる。
 エマは一冊の本を持ってくると、テーブルに置いて開いた。傷んだ分厚い本のタイトルは、『ウーゴ冒険記』だ。
「これ、みんなだったんだね」
 エマは本を開き、その間に挟んでいた写真を取り出した。
「あ……」
 それを見て、兄弟達は声を漏らした。
 写真は、自分達が見ていた時と様変がわっていた。
 ハウスの廊下や庭に白い服を着た子供達がいるのはなんとなく判別できるが、ボロボロに朽ちて、顔はわからなくなってしまっている。
「そっか……エマの記憶だけじゃなくて、写真も」
 ナットが呟き、それから、他の兄弟とともに人物の滲んだ写真を見つめた。
「うーん、これはきっと、マルクとドミニクで……」
「あっ、ほんとだ」
 兄の隣から覗き込んでいた二人が、その時の記憶を思い出し、声を上げた。
「これ、僕だよ!」
 一枚を手に取って、フィルが告げる。ほとんど何が写されているのかわからなくなっている写真は、どうやらカメラに近づきすぎたフィルの顔だったようだ。
「こっち誰だ? 後ろ向きだな?」
 写真を覗き込み、ラニオンが眉を寄せる。トーマも腕を組んで考える。兄弟達はわずかなヒントと何年も前の記憶を頼りに、被写体を照らし合わせていく。
「レイ、答え合わせしてあげたら?」
 ノーマンが視線を向けると、レイは肩をすくめて笑った。
「ラニオン、トーマ、お前らだよ」
「えっ!?」
 まさか自分とは思わず、二人は声を上げた。後ろから撮られたものなので、気づかなかったが、確かに旅の途中で見た写真の中には、このアングルのものもあった。
 フィルが、エマの隣から得意そうに話す。
「ハウスの写真は、レイが撮ったんだよ」
「そうなんだ」
 自分の方を向いたエマに、レイは頷いた。懐かしそうに古い写真を見つめる。
「あの時は、脱獄に必要な装置を作るために取り寄せたものだったけど」
 レイは苦笑を浮かべて、呟いた。
「撮っておいて、良かったのかもな」
 鮮明な写真はなくなってしまったが、自分達とエマが再会できたことで、色褪せ、欠けた部分はこうして補い合える。
 レイは口元に薄く笑みを浮かべたまま、驚いた表情を浮かべるエマと、その隣にノーマンの並ぶ写真を手に取る。
 これは二枚目に撮った写真だ。
 最初の一枚を写してみた時のことをレイは思い出す。時間を切り取ったみたいだと思ったが、それは時が経つほど、強く感じるものなのだと知った。


お祝いの日

 テーブルに広げられた写真を見ながら、エマは目を細める。
「ハウスは、逃げ出してきた場所なんだよね……」
 顔のわからなくなってしまったその写真を手に取る。記憶は消えてしまったが、それでも写真の一枚一枚から伝わってくる空気に、エマは笑みを浮かべた。
「でも、楽しいこともたくさんあったんだろうな」
 弟妹達は、その言葉に大きく頷いた。
「うん! 楽しかったよ!」
「いっぱい色んなことしたよね!」
「鬼ごっこに、隠れんぼに」
「クリスマス!」
「お誕生日会も……!」
 口々に伝える兄弟達を見て、エマは自然と笑みがこぼれた。
「やっぱり楽しそう!」
 どの遊びや行事も、今のエマには具体的な思い出がない。それでも、その言葉を口にする時の兄弟の笑顔を見ていると、つられるように心が浮き立った。
 フィルはエマを見上げて、にこにこしながら話した。
「エマはね、クリスマスの時、いつも……」



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