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Shall you cross with me? -Beginning for SN5- サモンナイトU:X〈ユークロス〉 WEB限定短編連載【5】

お待たせ致しました。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉』完結後の後日談短編小説連載、その第五弾を公開させて頂きます。

こちらで最終回となります。
今までのご愛読ありがとうございました!!
最後までお楽しみください!!

※このシリーズは本編最終巻後のエピソードとなります。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉ー響界戦争ー』をお読みの上で楽しんで頂けますと幸いです。


Shall you cross with me? -Beginning for SN5-

 霧が―――晴れてゆく。
 かいと界との狭間はざまをすっぽりと覆う【待界まざかいの霧】が。
 それは隔てる壁であり、結びつけるかすがいでもあった。
 そして緩衝地帯でもある。
 それぞれに異なる形で発展してきた場所同士であるからこそ、最初からぴたりと和合するはずがない。積極的な交流を望む者がいる一方で、余計な干渉を拒絶する者もいる。
 【待界の霧】は分水嶺ぶんすいれいなのだ。
 未来さきを夢見る者たちは、この目隠しを越えて進め。
 現在いまを尊く思う者たちは、立ち止まり引き返せ。
 【待界の霧】は渡る者にその覚悟を問いかける。
 無自覚のまま進めば、取り返しのつかぬことになりかねないのだと。
 だが進む者たちの多くは、そこまでの思いにはいたっていない。
 無自覚のままに踏みこんで、事が起こってから初めておのれ迂闊うかつさを知る。
 今、その霧を自らの意志で越えんとする者たちは。
 そうした愚挙を平たくいさめんと躍動する【調停者】であった。



「何回渡っても、このジメジメには慣れないね」
 ぶるっと身体を震わせて水滴を跳ね飛ばすと、パナシェはそうぼやいた。
 犬型亜人バウナスである彼にとって、体毛が湿る不快感は耐えがたい。
「まあ、そう言うなって。この霧のおかげでおかしな病気や害虫なんかが無暗むやみに広まらずに済んでるんだって、先生も言ってたろうがよ」
 手ぬぐいで雑に髪をぬぐいながら、鬼人きじん族のスバルが親友をなだめる。
「いわば超自然の検疫所ってところかな。本当によく考えられているよ」
 感心しながらそう続けたのは、元帝国軍人のウィル・レヴィノスだ。
 国が解体された今はいかめしい軍服ではなく、深緑色の私服を着ている。
 だがその眼差まなざしは現役の時と変わらず、油断なく周囲の状況をうかがっていた。
「どうやら、ここはまだ・・戦場にはなっていないみたいだね」
 だが竹林をひとつ挟んだ向こうからは、かすかに剣戟けんげきの音と喧噪けんそうが聞こえてくる。
「なあ、急いだほうがいいんじゃねえのか?」
「だとしても偵察は必要だよ―――お願いできるかな、マルルゥ」
「ハイハイ、よろこんで-♪」
 大役を任されたマルルゥが、意気揚々いきようようと飛んでゆく。
 花の小妖精である彼女は斥候せっこう役に最適だが、調子に乗りやすい点で少し不安が残る。
 隊のリーダーであるウィルはそう考えて、ふところから出した【響命石】へと呼びかけた。
「彼女のフォローをよろしくね、テコ」
 ウミャア、と頼もしげな鳴き声をあげて召喚されたのは、彼の【響友クロス】である幻獣テコだった。メガネをくいっと直してから、短い足からは想像もつかない俊敏さで、先行するマルルゥの後を追いかけていく。
「やっぱ【誓約】に縛られてた時よりも活き活きしてやがるな」
「うん。それにとっても楽しそう」
「君たちにそう言ってもらえるのは素直にうれしいよ」
 大事な友達として接してきたつもりであっても、かつての【召喚術】は否応いやおうなく主従の関係性を強要するため、どうしてもウィルには引け目があった。
 が、今は違う。
 【誓約のろい】から解き放たれて自由になってもなお、テコはウィルのそばにいることを望んでくれた。そのあかしがこの【響命石】―――魂と魂で強く響き合う異界の者同士の間にのみ現れるという、新たな【召喚術やくそく】のカタチだった。
「ま、ウィルがそれだけテコを大事にしてた証拠ってヤツだな!」
「簡単に誰でも使えるものじゃないんだし、もっと自信もっていいと思うよ」
 友人たちの賞賛の言葉がどうにもれくさくて、ごまかすように咳払せきばらいをしてから、ウィルは携帯していた無線機トランシーバーに手を伸ばした。


「あーっ! うっとーしいっ!!」
 鳴り続けるコール音に辟易へきえきしながら、ナップは突き出された手槍てやりをかいくぐる。
 ぎょっとした顔をする鬼忍衆ニンジャの顔面に強烈なパンチを放って昏倒こんとうさせると、
一時戦場を離脱して、ようやく無線機を手に取る。
「わりぃ! こっちはもう始まってる。竜の姫さんオウレンが即ブチギレちまってさぁ……」
 電波の向こう側からため息が聞こえてくるが、なげきたいのはこちらのほうだ。
 青空学校を無事に卒業した彼女は、昇天した時の龍妃メイメイに憧れた結果、すっかり武闘派淑女へと変貌してしまっていた。
 あれは絶対、せがまれて指南しなん役を引き受けた“面影亭おもかげてい”の主人の悪影響だろう。
 お目付めつけ役なはずのセイロンまでもが、高笑いして敵兵を蹴り飛ばしている始末である。
 ケンカ自慢のジンガが競うようにしてあおってくるから、なお始末が悪い。
「なんで俺のチームだけ、こうも極端な脳筋揃のうきんぞろいなんだよぉ」
 連絡を終えて、しみじみとため息をつく。
 そんな彼を気づかってか【響友あいぼう】のアールが頭の上によじのぼり、小さな手でよしよしとでてくれているのが、ささやかな慰めだった。
 物理最大火力をそろえたというが、もうちょっと計画的に戦ってほしい。
 マルティーニ家の跡取りとして経営を学んだ今の彼には分別があり、かつてのように考えなしに暴れ回ることができなくなっている。だからこそリーダーの一人として抜擢ばってきされたわけなのだが、今はそれがもどかしくて仕方なかった。
「ナップお兄ちゃん、だいじょうぶ?」
 そう言って水筒を差し出してくれたのは、チームの良心である半妖精のエリカだ。
 すっかり病気を克服した今は、過保護すぎる父親のもとを飛び出して、友人たちと一緒に世界のめごとを解決して回る仕事に従事している。母親ゆずりのすぐれた治癒ちゆ能力を見込まれて、回復役として参戦している立場だった。
「ありがとな、エリカ。俺は平気だから、調子に乗ってる他の連中をみてやってくれ」
「うん、わかってるよ」
 真面目まじめな顔でうなずいて、エリカは両手でつえを握りしめる。
「言うこときかない子は、ゴツンってしてでも引っ張ってくるから!」
 か弱いイメージで見ていた彼女が発した物騒な言葉に、そういえばこの子エリカあの・・ライの妹だったっけ―――と、ナップは乾いた笑い声をあげるのだった。


 壊れかけた五つの世界をつなぎ、互いに補い合わせることで、新たなひとつの【理想郷リィンバウム】として再誕せしめた【響融化アストライズ】という奇跡。
 しかしそれは、けして万民の同意の下に行われたものではなかった。
 今は月で眠る【千眼の竜ミコト】が独断で行った、彼にとっての最善の答えでしかない。
 それしか世界を救う方法がなかったのだとしても。
 それを良しとしない者たちは存在する。
 すべてがひとつになることで利益を失ってしまった者たち。
 ひとつとなったからこそ全てをひとり占めにしようとたくらむ者たち。
 魂の奥底からふつふつときあがる暗い情動を消し去ることは、いかに万能の【響融者アストレイザー】であろうと不可能だったのか―――いな、そうではない。
 やらなかった・・・・・・のだ。
 それを行ってしまえば、魂が成長していく機会が奪われると知っていたから。
 いつかきっと貴方あなたのところまで辿たどり着く魂は現れる―――【始原はじまりのエルゴ】との約束は、醜いものや汚いものを排除して綺麗きれいならした世界では果たせない。
 光と影。清さとにごり。生きていくうえで逃れられない矛盾や理不尽の数々。
 それを乗り越えて自分なりの答えを得た時、魂は初めて昇華していく。
 毒も薬も受け入れたうえで、より強く、自分らしくあろうとする意志。
 それを否定して成り立つものは、けして【理想郷】ではないのだ。


「だからって―――同じことばかりを繰り返してちゃ意味ないでしょっ!!」
 ミニス・マーンは、眼下で争い続ける愚か者たちを怒鳴りつけた。
 強者が常に互いの領地を奪い合う戦乱の世界―――【鬼妖シルターン】。
 その流儀は【響融化アストライズ】を経ても変わらず、むしろ新天地に向けてその食指を動かす武将たちが後を絶たない。そこに鬼神きじん龍神りゅうじん魑魅魍魎ちみもうりょう―――果ては争乱の匂いを嗅ぎつけた悪魔たちまでがちょっかいを出してきたことで、事態は混沌こんとんに向かおうとしていた。
 でもさ―――と、続けたのはアルバだった。
「今ならまだ、ここで止められるはずだ」
 こくん、と力強くラミ・ロランジュもうなずく。

 彼女たちは知っている。
 傷つけて奪うばかりでは、けして心は満たされないことを。
 彼女たちは知っている。
 どれだけ愚かなことであっても、無意味なものはひとつもないことを。
 そして―――彼女たちは信じている。
 間違いに気づくことができれば、いくらでもやり直せるのだ―――と。

「やろうよ、ミニス! あたしたちにできること、思いっきり!!」
 にかっと笑ってフィズがけしかける。

 【誓約者ハヤト】が。【超律者マグナ】が。
 【抜剣者レックス】が。【越響者ライ】が。
 もっともっと、数え切れぬほどたくさんの人々が守ってくれた大切な想いを。
 今度は自分たちが、次の時代に向かって伝えていくのだ。

「私と一緒にはばたいて―――【シルヴァーナ】!!」
 ペンダントの【響命石】がまばゆく輝き、銀の翼が戦場の空を舞う。
 響界戦争を経て、より力強さと精悍せいかんさを増した友達シルヴァーナは、もはや亜竜ではない。
 やがて彼女と手をたずさえて、真なる竜へと至るであろう【響友クロス】。
「切り込むよ、ユエル!」「ガッテンだーっ!」
 ヒトとオルフルが肩を並べて、競うようにして疾走はしり出す。
 それを追いかけ、ラミもまた【響友クロス】たる綿羊獣アクルムの背に乗り、はずむようにして駆けてゆく。
「わかるけどさ……もうちょい計画的に動けってば」
 抜け駆けに苦笑しつつ、アルバはリーダーとして指示を飛ばす。
「レオルド! クノン! 悪いけど、停戦勧告のほうはよろしく頼む!!」
「了解デス、りーだー!」
「ばっちりお任せください」
 機械兵士に内蔵されたアンプに接続された拡声器を手に取り、大きく息を吸い込むそぶりをしてから、機械人形は感情たっぷりに定型文言テンプレートをまくし立てた。

「愚行はそこまでになさい! 我々は【異世界調停機関】のエージェント!!
 【誓央せいおう連合】と各界の代表によって結ばれた平和協定に基づき、一切の侵略・紛争行為を停止させる権限を有します! 勧告に従わぬ場合は武力行使による鎮圧も容赦なく行うので、痛い目にあう前にさっさと観念かんねんなさってくださいませ!! あしからず!!」

 爆音での宣告が終わると共に、怒号どごうと動揺の入り混じったどよめきが巻き起こる。
 武装放棄して降伏した者には最低限の礼節を守って。
 しぶとくあがく者には最低限、生命の保証だけはするよう意識して。
 エージェントたちは、すみやかに戦場を解体していく。
 攻めこんだ【鬼妖界シルターン】の大名はしっかりと捕縛して、連合の法廷へと連行。
 攻め込まれた【幻獣界メイトルパ】の集落のおさも、参考人としてご同行願う。
 そして―――。
「こんがりと反省なさいっ―――【ガトリング・フレア・ボルケイノ】ッ!!」
 ミニスとシルヴァーナが放った極大の火炎砲が、隠れて裏で糸を引いていた【霊界サプレス】の三流魔王を炎熱地獄へとたたき込む。界がひとつとなってもなお不死性を保つ霊的生命たちは、徹底的に弱らせてから天使たちに引き渡すことになっている。【霊界サプレス】の領域に設置された牢獄ろうごくに、百年単位で収監されることになるだろう。


「ええ、かしこまりました。この度のご助力、本当にありがとうございました」
 受信機を下ろしたカイナは、ちた大鳥居の下でふうっとため息をつく。
 エルゴの守護者としての任をまっとうした彼女は、今は【七剣しちけん巫女頭みこがしら】として【鬼道・龍道】の統括運営に携わっている。今も群雄割拠ぐんゆうかっきょが続く【鬼妖界シルターン】においては、神々の加護をもつ彼女たち【どうの者】が、暫定ざんてい的な代表として各界との橋渡しを行う立場だ。それゆえ表立って手を出すことをはばかり、こうして【異世界調停機関】に解決を依頼した格好である。
「共存というのは面倒めんどうなものだな」
 心底うんざりした顔をする兄のホクトを、カイナは無言でにらんでたしなめる。
「まあまあ。そのおかげで我々は内々の揉めごとに専念できるんですし。使えるものは使ってやるくらいの気持ちでいればいいんじゃないですかねえ」
 飄々ひょうひょうとうそぶくのはシンゲンだ。
「自分としては人間相手にくだらないチャンバラをするよりは、こうしてバケモノ退治をやってるほうが気が楽ですよ。吟遊ぎんゆう詩人としてのネタにもなりますし」
 べべん、と三味線しゃみせんを鳴らしておどけてみせる。
「ま、今回はすけのアタシらが出る幕はあんま無かったけどねえ」
 頭の後ろで両手を組んだまま、くノ一・アカネはちらりと背後を見やる。
 そこには“伏せ”の姿勢で反省を強要させられている巨大な妖狐ようこと、その前でぷんぷんと怒っている女童めわらべ―――ハサハの姿があった。

「これにこりたら、もう、わるさしちゃ……めっ!」
御意ぎょい……二度と人里に出て粗相そそうは致しません……【空狐くうこ】殿……」

 正式な【命約】はまだとはいえ、長きにわたって【超律者マグナ】の護衛獣を務めてきたハサハの霊格は、そこらの野狐やこでは到底かなわぬ領域にまで高まっていた。妖術のことごとくを無効化されては、さすがの性悪狐しょうわるぎつねも降伏するしかなかったというわけだ。
「反省したとはいえ無罪放免とはいかぬ。さいわい術の素養は高いようであるし、しばらくは我が【しき】としてこき使いつつ、たっぷりと修行をつけてやろう。ふふふっ」
「うへえ……気の毒ぅ……」
「姉さまの件での八つ当たりだけはやめてくださいね。ホクト兄さま」
 しっかりとくぎは刺しておくカイナであった。


 マナの輝きに満たされた静寂の世界で。
 くすり、と彼女がらした声はよく響いた。
『何を見ておられたのですか、義姉上デュウ?』
 真面目くさって問いかけた義弟レイに、デュウは【千眼】のひとつを指さした。
 無数の尻尾しっぽを丸めてうずくまる妖狐の姿は滑稽こっけいだったが、それよりレイのまゆをひそめさせたのは、相も変わらず争いを繰り返す【理想郷リィンバウム】のさまだった。
『つくづく―――救いようがない』
『でも……ちゃんとじぶんたちでかわろうって、がんばってる』
『それはそうですが……しかし……』
 レイの眼差しは、いまだ眠ったままの双子ふたごの弟―――ミコトへと向けられる。
 彼が、その魂の輝きを極限までけずってつくりあげた新世界なのだ。
 にもかかわらず、そこに暮らす者たちは相も変わらずこんなことを繰り返している。
 どうしても苛立いらだってしまう。
『あせっちゃだめだよ、レイ』
 そんな彼の背を撫でてやりながら、優しくデュウは諫める。
 あせりは毒となり、また世界をむしばんでしまうから。
『みんな、まえにすすもうとしてる。ゆっくりでも、ちゃんとがんばってるよ』
『………………』
 いつか、この場所に辿り着くために。
 彼女の自慢の弟と同じ資格を得て、さみしがりなエルゴのお友達となるために。
『だから、しんじよう?』
『―――はい』
 レイは願う。
 デュウの言葉が真実となるように。
 そして、ミコトの願いが正しく叶えられるように。
『ではその時が来るまで、我々はあいつに代わって見守り続けましょう』
『ん。ねぼすけミコトがおきたら、いっぱいおはなしできるように……ね』

 欠けた月の世界から、亡魂ぼうこんたちは千の眼差しで見守り続ける。
 いつかきっと、この世界が真なる【理想郷】になることを信じて。
 リィンバウムに幸あれ―――と。

And the story continues―そして、物語は続く…



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