少女×デスゲーム=『百年の孤独』!? 閉じ込められた少女たちの、暴走する創世記――矢部嵩『〔少女庭国〕』

(この記事は、ブログ「ミニキャッパー周平の百物語」2016年3月26日更新の内容をもとにしています)

こんばんは、ミニキャッパー周平です。現在、ホラーブログからこのnoteへ記事をガンガン転載しています。ブログの記事数は現在136。そのうち、noteに移せているのはこの記事も含めてちょうど10個。移し切れるのはいつになることか分かりませんが、ご興味おありの方はブログの方もどうぞ。気になるホラーが目白押しです。

さて、キャラクターの個性が強い作品が好きな一方、スケールの大きな作品も好きな私です。スケールに圧倒されるホラー小説という意味で、今回ご紹介する、矢部嵩『〔少女庭国〕』を外すことはできないでしょう。

この小説は、ごく一般的に想像される「ホラー」のイメージからは大きく踏み外しています。矢部嵩はホラーレーベルからデビューした作家であり、本作以前に発表した本は三冊ともホラー、『〔少女庭国〕』もいかにもホラー然としたデスゲーム風のシチュエーションで幕を開け、カニバリズム描写などもあり、答えの明かされない理不尽さや、正常な倫理観を踏み躙っていく展開はホラーそのものですが――にもかかわらず、読み味は他のどんなホラーにも似ていません。

ではファンタジーやSF的か、と言うとそうでもなく。最も近いのは、実験小説、あるいはラテンアメリカ文学のマジックリアリズムでしょうか。

卒業式の日、学校の講堂に向かう途中の廊下で意識を失った羊歯子(しだこ)は、見慣れぬ部屋で、一人きりで目を覚ました。石造りの殺風景な室内にあったのは、「卒業(脱出)」のためのルールが書かれた一枚の紙と、隣の部屋に向かう扉のみ。

示されたルールは、かいつまんで説明すれば以下のようなもの。
●一つ先の部屋には、別の少女が寝ている(扉を開くと目を覚ます)。その次の部屋にも、そのまた次の部屋にも、別の少女が寝ている。どこまでも部屋は続き、どの部屋にも少女が寝ていて、扉を開くと目を覚ます。
●自分以外の、目覚めている少女が全員死ななければ、「卒業(脱出)」できない。

じっくり吟味すれば、「扉を開けるほど競争相手の少女が増え、殺さなければならない相手が増える」というものですが、羊歯子はそこに気づく前に、十一の扉を開け、十一人の少女を目覚めさせてしまいました。
食糧もろくにない中、羊歯子を含む十二人のうち「たった一人しか生き残れない」、十一人が死ななければならない、という状況に追い込まれたのです。羊歯子たちの選択は――?

……結論から言うと、羊歯子たち十二人のグループの物語は、開始五十ページで早々と決着が着いてしまいます。ギリギリ、普通の不条理脱出ゲーム系ホラーの範疇に留まっているのはここまで。その続き、『〔少女庭国〕』という本の大半は、羊歯子たちとは別の選択をした少女たちの物語になります。

別のグループでは、無軌道に次々扉を開けていった少女の行動により、数千とか数万、それどころか数億の「閉じ込められた」少女たちが目覚めてしまいます。こうなると、脱出の方法、「最後の一人になるまで他の少女を皆殺しにする」ことは不可能になります。

そして目覚めてしまった大量の少女たちは、生き延びるために試行錯誤を積み上げていきます。排泄物や人肉を食って食料不足を補い、人骨から打製石器を産み出し、開拓がなされ、奴隷が生まれ、王が生まれ、農耕が始まり、科学が芽生え、哲学が芽吹き、娯楽が誕生し……おびたたしい挫折と壊滅と屍の上に、彼女たちの歪な「国」が築かれていきます。

つまりはデスゲームを端緒に、人体を資源に演じられる『百年の孤独』という訳なのです。突き放した視点、名前を覚えたそばから死んでいき、目まぐるしく立ち代わる登場人物。あたかも文明の興亡を追っているような、スピーディーなのに重厚な印象を与えるその物語は、歴史書を読むのに近い興奮を与えてくれます。無数の名もなき少女たちの営為の果て生まれた、死者をリソースとする呪われた国家の、勃興と爛熟と衰亡。それが、わずか二百頁弱の中に凝縮された、濃密な物語。巨視的でありながら、ちっぽけな少女たちのやるせない想いにもスポットが当たる。2019年6月20日に文庫化もされますので、「スケールの大きな小説」「破格の奇想文学」に触れたい人に、ぜひ推したい一冊です。


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