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【試し読み】SAKAMOTO DAYS 殺し屋ブルース

『SAKAMOTO DAYS 殺し屋ブルース』発売を記念して、冒頭の試し読みを公開させていただきます!


あらすじ

週刊少年ジャンプで大人気連載中の『SAKAMOTO DAYS』スピンオフ小説が登場!!
小説だけで読めるエピソードが入った、ファン必見の1冊!! 描きおろしイラストも見逃すな!!

・殺し屋温泉旅行
坂本一家は温泉旅館へ。久しぶりの家族旅行だ。楽しみな花だったが、トラブルでお風呂に入れなくなってしまう。なんとかしようとするシンだったが......。

・勢羽兄弟のアルバイト
勢羽兄弟の過去。クレープのキッチンカーでアルバイトをする2人だったが、やる気の出ない真冬。潔癖がゆえ、接客はしたくない......。そんな2人の前に危険な男が......。

・株式会社サカモト商事~裏切りの請求書~ 
本編とはちょっと違う世界のお話。会社員としてバリバリ働くシンだったが、経理部の晶から、不穏な相談を持ちかけられる。社員の誰かが汚職に手を染めているというのだ......。

・JCC真夜中の探索
坂本、南雲、リオンの学生時代。深夜、テスト問題を盗むため校舎へ侵入した3人。しかし、佐藤田先生が立ちはだかり......。

・神々廻と大佛の食べ歩き
一人で食事を味わいたい神々廻。今日もネットで気になるお店をチェックするが、当然、それを大佛は見逃さない......。

 それでは物語をお楽しみください。

殺し屋温泉旅行

 有名な温泉街を抜け、さらにつづら折りの道をのんびり車を走らせること――三十分。
 さかもと商店一同を乗せた車は、山間部にひっそりと建つ温泉旅館に向かっていた。
 ひと昔前、人気を博していた高級別荘地の古い施設を全面リニューアルした、ハイグレードな旅館である。
 近隣にはいくつかの美術館が点在しているらしい。
 青々と茂る林道に点々と、「○○美術館はこちら」と大きな矢印が描かれた看板が設置されているのを、あさくらシンは運転しながら目撃していた。芸術に疎いシンでも、一度は名前を聞いたことがある美術館ばかりだ。
 ちょっとハイソな温泉地。そんな印象を受ける。
 なんだってそんな高級な温泉旅館に坂本商店の面々が泊まりに行くことになったかというと、それは商店街の福引ではなが特賞を引き当てたからだった。
 あおいと二人、ふらりと買い物に出た時のことだったらしい。思わぬ幸運に、花がこれでもかと目を輝かせて報告してくれたのが、印象的だった。
 花の笑顔に、坂本ろうもメガネの奥の目を細めていた。
 折しも、世間は五月の大型連休が終わったばかり。観光地への人出は落ち着きを見せ、気候も出かけるのにちょうどいい頃合いだ。
 この機を逃す手はないと店を休みにし、リフレッシュにやってきた……というわけだ。
「見て花。大浴場が期間限定でシュガーちゃんとコラボですって」
「えー、シュガーちゃんに会えちゃうの!? あっ、お風呂の中にシュガーちゃんの像があるんだ! すごーい、楽しみ!」
 後部座席で葵と一緒に旅館のパンフレットを見ていたらしい花が、弾んだ声を上げる。
 そのまた隣に座るルーことルーシャオタンが驚いたように言った。
「特別な石で作ったって書いてあるネ。めちゃご利益ありそうヨ」
「マジかよぉ。もしかして金運アップがかなっちまうってことか!」
「ピーッ! ピーッ!」
 セカンドシートで、ピーすけと一緒に肉まんをつまんでいたしもへいすけの興奮が伝わってくる。
 ――いやそれを言うなら「効能」だろ。
 ツッコみ掛けたシンだが、続く花の興奮ぶりに口を閉じることにした。
「じゃあじゃあ、花もお願いごとする!」
 いつも明るく元気な花だが、今日は特にはしゃいでいるようだ。
 そんな花の様子を、助手席に座る坂本はバックミラー越しに眺めていた。
 いつもと変わらぬ表情に見えるが、シンには内心喜んでいるのがすぐにわかった。
『休みを作って、よかった』
 聞こえてきた坂本の心の声に、シンのテンションも自然と上がっていく。
 花の喜びが坂本の喜びであり、坂本の喜びはシンにとっても喜びなのである。
 だからこそシンは、花とともにしっかり楽しむぞと心に決めていた。
 ――いい温泉旅行にするぞ。
 シンは無自覚に鼻歌を口ずさみながら運転を続けた。
 今回はトラブルとは無縁の、ただただ楽しい時間になるに違いないと信じていた。

 木々の間に隠れるように建っていたのは、情緒あふれる伝統建築といった風情の旅館だった。そのたたずまいに、一同から自然と「おおっ」と声が漏れる。
 古臭さはなくどこかモダン。パンフレットの写真より、ずっと雰囲気がいい。いかにも高級旅館というたたずまいをしていた。
 従業員のもてなしも、それらしいものだった。
 ズラリと玄関先に並んで頭を下げる彼らの姿に、悪い気はしない。
 連休明けということもあり、宿泊客がシンたちだけというのも特別感があった。
 案内された部屋にしてもそうだ。
 通された部屋は館内三階の南側にある、一番景色のいい部屋だった。
 十二畳の主室に、さらに二十畳の寝室という広さを前に、またも「おお~」と声を上げるシンたち一同。純和室の室内からは畳のいい香りがした。
 当然、温泉も貸切状態が確約されている。
 早くシュガーちゃんに会いたいという花の言葉もあり、すぐに離れの温泉へと向かうと、入り口がまたぜいたくな造りになっていて期待感をあおられた。
 花を筆頭に全員が目を輝かせている。言葉数の少ない坂本からも浮かれたオーラが漏れていた。もちろんシンもかなり気分が高揚していた。
 坂本の背中を流しながら、日頃の感謝を伝えるのも悪くない。
 そんなことを考えながら、男女に分かれて暖簾のれんをくぐって……間もなく。
「ヤ――――――――――ッ!」
 女湯の脱衣所から唐突にルーの悲鳴が聞こえてきたのである。
「あ~! 花の、取っちゃダメ!」
「あっ、こら! やめなさい!」
 花と葵の慌てる声が続き、ただ事ではないと、シンたちは三人の元へ駆けつけた。
 トラブルが起きたらせっかくの温泉旅行が早くも台無しになってしまう。
 それだけは避けたかった。
 一瞬ためらい、しかしシンたちは女湯の脱衣所の扉を開く。すぐに目に入ったのは、髪が乱れてペタンと座り込んでいるルーと、怒り半分困惑半分の葵、大きな目をウルウルさせる花、そして……ピンク色のタオルを広げたり振り回したりして遊んでいる――サルだった。
「花のシュガーちゃんタオル~!」
「あなた! 急いで捕まえて!」
「そいつ、とんでもない変態ネ! 葵さんの服をめくろうとしてたヨ!」
『絶対許さん』
 三人の証言に、坂本が瞬時に動く。
 が、それはサルも同じである。
 花たちの声にびっくりしたのか坂本の怒気におびえたのか、とにかく、さすがの野生動物といった素早さで大浴場を駆け抜け、露天風呂へと逃げていくサル。
 追い掛ける坂本の後ろ姿が、とんでもない怒りのオーラに包まれているのを見て、シンはサルを少しだけ哀れに思った。
 花の大事なタオルを奪わなければ。あるいは、葵にイタズラをしなければ、坂本に追われることもなかっただろうに。坂本に追われるサルからは、本気の焦りがうかがえた。
 坂本たちが露天風呂にやってきたのを見るなり、「!」と何かひらめいたような顔をして、サルはタオルをペイッと竹垣の向こうへ向かって放り投げた。
 ――あのヤロウ!
 サルは、これで安心だと言わんばかりにシュガーちゃんをかたどった等身大の石の上に飛び乗り、キッキキッキと声を上げた。
 けれど、めてもらっては困る。
「坂本さん!」
 シンはタオルをキャッチしに駆けだしていた。
 それを見た坂本は、迷うことなくサル目がけて……ではなく、離れの屋根から高く飛び上がり、空中でクルリと体を反転させたと思ったら、落下の勢いを乗せたこぶしを露天風呂の中心部へとたたき込んだ。
 ドゴン!
 ドッパーンッ!
 二種類の音とともに巨大な飛沫しぶきが上がり、サルがあっという間に飲み込まれる。
 その間抜けヅラを拝んだのと、竹垣に飛び乗ったシンがタオルをキャッチしたのはほぼ同時。
 高く上がった飛沫がすっかり落ち切ったそのあとには、びしょれのサルが目を回して倒れていた。
 サルをケガさせず、かつ、二度とイタズラしに戻ってこないよう対処したい。
 そこでお湯を利用して、サルをビックリさせたわけだ。
 ――さすが坂本さん!
 などと浸っていると。
「お、おい、太郎……シン……なんか揺れてねーか?」
 平助に言われて、シンは耳を澄ませた。
 ゴゴ……ゴゴゴゴ……。
 確かに、小さく地鳴りのような音が聞こえてくる気がしないでもない。
 というか、自分の体も少し揺れているような気がする。
 いまだシンは竹垣の上に立っていた。だから、てっきり竹垣が風に煽られ揺れているのかと思ったのだが……。
『……すまん。やりすぎたかもしれん』
 坂本がクルリとこちらに振り返った直後。
 ドドッ――!
 すさまじい音とともに、温泉の中央――さっき坂本がぶん殴った場所――から、太い水柱が噴き上がる。
「えええええっ!?」
 サルが気絶した時とは比べ物にならない巨大な水柱を前になすすべのない三人。
 シンは、例の特別な石で作られたシュガーちゃんが水柱とともに天高く昇っていくのを、目を丸くして見ているしかなかった。

「全浴場のご利用を中止させていただきます」
 あのあと――水柱はすっかり離れを飲み込んでから、やっと止まった。
 坂本がすぐさま脱出させたので、誰一人ケガを負うことはなかった。
 しかし、温泉をくみ上げて各浴場に供給するシステムに不具合が起きた。
 端的に言えば、坂本の強烈すぎる一撃により温泉が壊れたわけである。
「まさか、配管の老朽化でこんな爆発が起きるとは……」
 深いため息をつく旅館の責任者を前に、ずぶ濡れの坂本とシンはビクリとし、平助はくしゃみを繰り返していた。三人が立つロビーの床はびしゃびしゃだ。
 旅館の責任者は離れの温泉に上がった巨大な水柱を事故だと思ってくれたようだった。
 ――まあ、普通はあれが人間の仕業とは思わねーよな……。
 シンは小さく息をついた。
「とにかくお客様におがなくて何よりでした。それと、こちらお使いください」
 ふかふかのタオルをこちらに渡し、責任者が奥へと引っ込んでいく。
 弁償を迫られたらどうしようかと考えていた坂本が、ほっとするのが見て取れた。
 けれど「よかった」とは言い切れない。
 シンたちは恐る恐る振り返った。
 そこには……。
「あ~な~た~? いったい何をしたの?」
「温泉に入れないって、どういうことネ!?」
 笑顔で怒りのオーラをまとう葵と、見るからにプンプンしているルーの姿が……。
「ふ、不可抗力」
「いくらなんでもやりすぎよ」
 葵の言葉にしゅんとする坂本を、シンがすかさずフォローする。
「あの時は仕方なかったんですよ。サルのやつが逃げ回るから」
「それで温泉をぶち壊すなんて、信じられないヨ」
「おまっ、あんまデカい声で言うな。従業員に聞かれたらどうすんだ」
 ルーの怒りもごもっともだが、今は黙っていてほしい。
 すると平助が割って入ってきた。
「まあ、いいじゃねぇかよ~」
「よくないネ。温泉に来て温泉に入れなかったら、来た意味ないもん」
「ただで泊まれて、ご飯が出るだけでもすげーんだぞ?」
「ピーッ!」
 胸を張る平助の言葉には妙な説得力があったが、今のルーには効果はなさそうだった。
「私だけじゃないヨ。花ちゃんだって楽しみにしてたのに……」
 その言葉に、シンはハッとした。
「シュガーちゃんのお風呂、入りたかったなぁ」
 さっきから黙っていた花の寂しそうなつぶやきに、坂本が衝撃を受けた気配がした。たちまち、シンの胸は申し訳なさでいっぱいになった。自分がもっとうまく動いていたら結果は違っていたかもしれない。
 ともかくシンは、このままではいけないと焦った。
 花の顔から笑顔が消えれば、この旅行が台無しになる。
 現に、坂本の頭の中は『どうしよう』という焦りでいっぱいだし、葵も心配そうな顔をしている。さっきまでわめいていたルーだって、胸を張っていた平助やピー助だって同じ気持ちのようだ。
 みんな花には笑顔でいてほしいのだ。
 ――このままじゃダメだ。どうにか笑顔にしてやらないと。
 シンはそう思った。
 ところが。
「でも……シュガーちゃんタオルが戻ってきてよかったー! パパ、ありがとう!」
 花は先ほどまでの落ち込んだ顔から一転、にっこりと笑ったのである。
 それがますますこたえたのか、坂本が申し訳なさげにまゆじりを下げた。
「花……すまん」
 力ない言葉に、シンも胸がつまる思いだった。
「とりあえず、お部屋に戻りましょ。そのままじゃ三人とも風邪かぜひいちゃうわ」
 シンたちはひとまず部屋へと戻ることにした。
 その途中でのことだ。
「シンくん、シンくん、耳かして」
 どうしたものかと難しい顔をして最後尾を歩いていたシンの元へ、花がスススと近づいてきた。何やら胸に決意を秘めたような、ちょっぴりいさましい顔をしている。
 シンは前を歩く坂本たちの様子を窺いつつ、その場にしゃがみ込んだ。
 すると花がそっとささやいた。
「みんなを元気にするの、手伝って」
「え……?」
「花にね、作戦があるの!」
 シンの体に衝撃が走った。
 誰より楽しみにしていたはずの花が、今、温泉がダメになって一番落ち込んでいてもおかしくない花が、自分たち大人おとなを元気づけようと、あの一瞬で気持ちを切り替えるだなんて思ってもみなかった。
 勇ましさと、どこかワクワクしたような花の顔に確信する。
 ――この旅行はまだ、台無しになんてなってない!
 シンは一も二もなく花への全面的な協力を約束した。

 その後、シンと花は、まずは坂本たちとともに旅館の部屋を堪能することに。
 ずぶ濡れの洋服から旅館の浴衣に着替え、畳に横になる坂本にじゃれる花を眺めながらお茶を飲む。
 ルーはなんだかもう諦めてお酒を飲み始め、葵は部屋の広縁――いわゆる、旅館の部屋の窓際にある「謎スペース」や「あのスペース」と呼ばれる場所――でくつろいでおり、平助はピー助と一緒に外の空気を吸いに行くと言って出かけていった。
 いかにも旅館らしい、ゆったりとした時間に心が洗われる。

 部屋の中に心地よくもまったりとした空気が充満しきった頃合いを見て、花とシンは旅館の中の探索という名目で部屋を出た。
 夕飯までに戻ると告げて。
 二人の目的はもちろん探索ではなく、ある物の作成だ。旅館の従業員を捕まえて、大きな画用紙やらハサミやらマジックやらを借りて、ロビーの隅へ。
「俺は何をどうすりゃいいんだ?」
「シンくんにはね~、サイコロを作ってもらいます!」
 そう言って、花は画用紙に何かを書き始めた。大きな線を縦横に走らせて、着々とマス目が出来上がっていく。そこに、うーんと首をひねりながら文字を書き込んでいく。
 シンは切り抜いた紙をセロハンテープで留めながら、「おお」と小さく声を出していた。
 花が何をしようとしているのか、その形が徐々に見えてくる。
 ――これは……絶対、楽しまねぇとな。
 真剣な花を見ながら、改めてそう心に決めた。


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