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言葉と責任

ネットニュースやSNSで取り上げられたが、あるミュージシャンが、

“ お化けみたいな遺伝子を持った人たちの配偶者はもう国家プロジェクトとしてが専門家を集めて選定すべきなんじゃないかと思ってる。#個人の見解です ”

と、自身のSNSに挙げ、議論を呼んでいる。
この考えに僕は反対だ。

まず、この人の言う“ お化け遺伝子 ”を持つとされる人々の恋愛する自由を奪っているし恋人がいた場合、

「あなたのような凡人と結ばれることで普通もしくは劣悪な遺伝子を残されたのでは国家の損益となるのであなたを隔離します」

お化け遺伝子の恋人に国がそういうアクションを取る可能性もある。
何より様々な功績を残したお化け遺伝子を持つ人たちだって、遺伝子だけで結果を残したわけじゃない。
出来る限りの努力をした結果のはずだ。

それを無視することは、

「あなたが残した功績は遺伝子のなせる業。努力?遺伝子が良いんだから努力なんて関係ないでしょう。努力なんて言葉は自分が頑張ったからだ。と、自己満足を満たしたいためのくだらない言葉ですよ」

って、ことになってしまう。

その人の努力すべてを無視することに繋がっていくと思う。
それにこの手の発想はナチスが数十年前に実行している。

その人の行動・功績ではなく遺伝子だけで優劣を決めるのは選民思想に繋がりかねない危険なこと。

遺伝子レベルで優れてる、劣ってると判断されたら、

優れてるとされる人が残した結果は“ 当然 ”とされ、劣っているとされる人が残した結果は“ まぐれ ”とされて、どちらに対しても正当な評価を与えられなくなる。

正当な評価をされない人間がどうなるか。
そんな人間によって形成された社会がどうなるか。
平均的な教育を受けた人なら、ある程度の予測は付くだろう。

今回の発言に対し、否定的な反応が多いことで、

「めちゃめちゃ真面目に返信してくださる人いますが冗談で言っています。あしからず。」

と、SNSに投稿したようだが、自分が言ったことを周りの人が否定的にとられた時に、

「なに、マジに取っちゃってんの?冗談通じないとか空気読めなくない?」

と同じにしか見えない。
経験談で言わせてもらうと、この手のことを言う人自身が空気読めない人。

そして、この手の人は自身が気にしてることを茶化されると、

「は?それが面白いと思ってるとか頭おかしくね?」

こんな感じでネットの世界でおなじみの言葉。
“ ブーメラン ”を投げてくる人が多い。
「俺はいいけど俺以外は許さない」
このアーティストがそうとは限らないけど経験で言わせてもらうと、そういう人なのかなと思ってしまう。

自分の言葉、考えが受け入れられないのは誰だって残念に思うだろうけど、“ 冗談だから ”で、済まそうとするのはどうなんだろうか。

自分が正しいと思って言った言葉が必ずしも周りや世間が受け入れてくれるとは限らない。

僕は言葉とは、どう思って言うかより言われた相手がどう思うかが大事だと思っている。

一般的に誉め言葉とされる言葉でも状況次第で受け入れられない許されない言葉となる場合だってある。

自問自答ではなく会話として言葉を使うのであれば、自分の言葉を聞いた相手がどう感じるかも考慮しないといけない。

人はナイフなどの武器で物理的に傷つくだけじゃない。
言葉や態度で心だって傷がつく。

有名人だから。じゃなくて大人として。
社会を形成する一人として、自分が発した言葉が周りにどのような影響を与えるのか。
もう少し考えるべきではないのか。

このアーティストの言葉から考えさせられた。

ジュースが飲みたいです('ω')ノ