気候変動が中米の移民に与える影響

元記事:How Climate Change is Driving Emigration from Central America - Daily Coffee News [Miranda Cady Hallett | September 10, 2019]


エルサルバドルのパロ・ヴェルデで裏道を走っていると、トラックの車輪の後ろに砂埃が舞った。石畳の道に差し掛かった時、運転手がスピードを落とした。トラックの荷台に乗っていたルーベン(仮名)と私は、彼が市場に持っていくコーヒー生豆の袋の上に座ってしがみつきながら話をした。
「畑で働いても金にならない。種を買うためにローンを組んだが、その借金を返すための金が稼げないんだ」とルーベンは話し、さらにお金を貯めてエルサルバドルから移住することを考えていることを初めて告げた。

彼のような話は中米のあちこちで、沢山の移民・移民予定者の間で広がっている。2017年、90年代にエルサルバドルのセントラル・ハイランズで設立された協同組合で彼と時間を過ごし始めてから約20年後のことだった。この20年の間に、協同組合の夢と希望―――世界市場に向けてコーヒーを生産し、持続可能な生計を立てようという考えは打ち砕かれた。

気温の上昇、作物の病気、異常気象の影響で、エルサルバドルのような場所ではコーヒーの収穫が不安定になっている上、市場価格は予測し辛い。その日、トラックの荷台の上で私とルーベンはギャングについても話した。近くの街では犯罪が増えていて、街の若者が嫌がらせを受けて勧誘を受けることもあるようだった。だがこれは環境問題という根強い問題に比べると、コミュニティにとって比較的新しい問題でしかない。

エルサルバドルにおける移住の要因を研究する文化人類学者として、気候変動や地元の生態系の劣化など、直接的・間接的な要因によって人々が故郷を離れる、という世界的な現象をルーベンの状況が反映していることがわかっている。このままの環境条件の悪化が進めば、ルーベン一家のような人々の立場や安全保障に対する法的問題は山積みになっていく。

生活と土地

有名な移民キャラバンを始め、中米の移民は最近大きな注目を集めている。しかしその多くは、移民が国(おもにエルサルバドル、グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラス)を出ることになった理由ーーーつまりギャングの横行、政治の腐敗と混乱に焦点が当てられている。これらの要因は重要だし、国際社会の対応を必要としているものの、気候変動によって引き起こされる移民も重要である。

これらの地域での天候不順と移住の関連性は1990年代後半から2000年代前半に既に明らかになっている。地震やハリケーン、特に98年のハリケーン・ミッチとその余波はホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドルの一部を荒廃させた。当時、エルサルバドルとホンジュラスから多くの人々がアメリカに移住し、ブッシュ政権は彼らに対して一時保護資格を発行した。このときアメリカ政府は環境・自然災害に苦しむ人々を国境で送り返すことは非人道的であることを認めたといえる。

それから数年、急速に発生した環境危機と長期的な環境危機の両方が、世界中で人々を故郷から追い出し続けている。研究によると、このような強制移住は農業が生計に与える影響によって間接的に起こることが多く、特にホンジュラスとニカラグアは他の地域よりも影響を大きく受け、1998年から2017年の間に最も異常気象の影響を受けた国トップ10に入っている。

2014年以降、「ドライ・コリドー」と呼ばれる大規模な干ばつが中米の太平洋沿岸をおそい、農作物に大きな被害が発生している。この干ばつは特にエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの小規模農家にとって大打撃であり、この地域からの移住率をより高いレベルへと引き上げている。さらに、これらの国の経済にとって非常に重要であるコーヒー栽培は、特に天候の変化に弱く影響を受けやすい。この地域で発生したコーヒー葉さび病は、気候変動によって悪化した可能性が高い。その影響は最近の世界的なコーヒー価格の暴落とも合わさって、コーヒー生産を断念する人々の増加に拍車をかけている。

悪化因子

これらの傾向を受けて世界銀行の専門家は、2050年までに約200万人の人々が気候変動に関連する理由で中米から他の地域へ移住する可能性が高いと主張している。人々が移住を余儀なくされる様々な理由の中から気候変動という「プッシュ・ファクター(注釈:移民を促進させる社会的・経済的な要素)」を取り除くことは難しく、このような現象は相互に影響し合いより悪化していく傾向がある。学者たちは問題の規模を評価し、人々がこの変化に適応できる方法を導き出そうと努力を続けているが、簡単な問題ではない。地域開発がより気候変動に対応した包括的な農業モデルに移行しなければ、移民者の数は400万人に達する可能性がある。中米からの移住者は必ずしも気候変動の影響で移動していることを自覚してはおらず、もしくは他にも様々な理由がある中で最後の引き金になるとは考えていないかもしれない。しかし彼らは近年作物の不作が増え、きれいな水を手に入れるのが以前より難しいことに気付いているのだ。

在留許可を求めて

ルーベンが最近、良い移民弁護士を知らないかと連絡をとってきた。彼と娘は現在アメリカに暮らし、滞在資格を決定するための公聴会を間近に控えている。彼が数年前に予測したとおり、ルーベンは結局エルサルバドルで生計を立てられなかった。しかし、アメリカの難民法と現在移住の原因となっている要因のミスマッチを考えるとアメリカで暮らすこともまた難しいと感じるかもしれない(注釈1)。学者や弁護士たちは数年前から、環境要因で移住してきた人々にどういった対応を取るべきか問い続けてきた。現行の人道的対応や再定住モデルは新たに移住してくる人々にも対応できるのか?政治難民と同様に国際法の下で保護を必要としていると認められるのか?


最も複雑な政治的問題の中には「裕福な国ほど汚染レベルが高いが、最悪の状況からは守られている」こと、そして誰が気候変動による損害に対処すべきか、誰が責任を取り何をしていくべきなのか、というようなものがある。生態系の不安定さを緩和し、避難民の苦境を認識するために国際社会が協調しない場合、「気象のアパルトヘイト(注釈2)」が起こる危険性がある。その場合、気候変動に加え移動経路の少なさや移動先での滞在資格の獲得の難しさなどが相まって、何百万人もの人々が不安定な生計の中で生きるか、不法入国をするかという危険な賭けのどちらかを選択せざるを得なくなってしまうことになる。


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注釈1:この元記事がリリースされた2日後、アメリカで中米からの移民を厳しく制限する移民管理規則が決定された。

注釈2:気象のアパルトヘイト
極貧と人権に関する国連特別報告者、フィリップ・アルストン氏が19年6月に発表したレポートの中で用いた用語。
富裕層が金を払って地球の温暖化や飢餓、紛争から逃れ、残りの世界、特に貧困にあえぐ人々は世界の排出量のほんの一部しか担っていないにもかかわらず、気候変動の影響を大きく受け苦しみを味わうことになるという状況を、かつて南アフリカ共和国で起きた人種隔離政策「アパルトヘイト」になぞらえている。アルストン氏はこのレポートの中で気候変動は、2030 年までに 1 億 2000 万人以上の人々を貧困に追い込む可能性があると指摘している。

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今回の記事はコーヒーについてではないのですが、コーヒーを扱っていればよく耳にする中米の国々で近年どんなことが起きているのか、という問題を提起する内容だったので知っておきたいなと思って翻訳しました。政治的情勢や地球温暖化、それに伴う干ばつなどの気候変動でコーヒー栽培を諦めざるを得ない…という状況は傍から聞いているだけだと悲しくてしょうがないわけですが、この記事はもともとアメリカのニュースレターに寄稿された文章なので「アメリカがこういった移民をどう受け入れ、対処していくか」という部分に焦点が当たっています。

このようなトピックは特にメディアなどでも取り上げられることの少ない分野だと思うので、このnoteでは積極的にピックアップしていきたいと思います。

junko