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俳句鑑賞 2 「蛍」

季語 蛍
蛍は甲虫に分類されます。
日本には多くの蛍が生息しますが
一般的には平家蛍と源氏蛍を指すことが多いと思います。
日本では蛍の光る様子から恋を連想したり、
人の魂を思い描いて多くの詩や歌が詠まれてきました。
蛍はたくさんの俳人が詠んできた大きな季語の一つだと言えます。

「おおかみに螢が一つ付いていた 金子兜太」
大きな狼。
その毛はごわごわとしています。
この狼は森の中で眠っているのでしょうか。
その腹の部分に小さな蛍が静かに点滅を繰り返しています。
 大きなものと小さなもの。
そのどちらも生きていてお互いの命が呼応しているようです。
金子兜太の産土である秩父の地の土や木や風の匂い、
闇の質感まで伝わってくる気がします。

「ほたる火の冷たさをこそ火と言はめ  能村登四郎」
係り結びが使われていることによって
句は格調高いものとなっています。
蛍火の冷たさこそが火と言えるだろうと作者は言います。
蛍の火にはほとんど温度はないようですが、
色といいふわりと光る様子といい
冷たいのではないかと思わせるものがあります。
火は普通に考えれば熱いけれど、
作者は冷たさに注目しています。
この句の火は物の燃えるときの火ではなさそうです。
どちらかと言えば象徴的な物。
魂や信仰の対象のような物。
魂がもし掴めるならば手にしたときに
ひんやりとした温度を感じさせるのではないかと想像します。

「螢の夜老い放題に老いんとす  飯島晴子」
晴子は昭和六十一年に夫を失くしています。
この句はその翌年の句です。
季語の蛍が無ければ老いを前向きにとらえた力強い句とも読めます。
ここからは私の想像ですが、
飛びかう蛍が先に亡くなった愛する人の魂のように
見えたのではないでしょうか。
そして残された自分は生きて一人だけ年齢を重ねてゆく。
そのことへの深い悲しみと、
残酷ではありますが生きてゆくことの
ある種のおかしみがこの句にはあるような気がするのです。
蛍の季語の力でしょうか。
 
 
 
 
(金子兜太と飯島晴子の句の蛍の漢字は
句集に螢で載っていますのでそれに従いました。
『東国抄 金子兜太』『飯島晴子全集』 最近NHK俳句で飯島晴子の蛍の句が画面で紹介されたときは蛍でした。)   矢野貴子


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