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俳句鑑賞 1 「葡萄」

葡萄の俳句 矢野貴子

秋の季語の葡萄は、生で食べる他、
干し葡萄にしたり葡萄酒にしたりします。
そんな葡萄は
人の暮らしとは深いかかわりあいを持つ果物の一つと言えるでしょう。
葡萄は中近東が原産と言われ、
古代ヨーロッパや中国などに広まり
その後世界中で栽培されてきました。
 
「葡萄食ふ一語一語の如くにて  中村草田男」
作者は葡萄をたべています。
ゆっくりと味わいながら。
一房にたくさんの実がなっている葡萄。
一粒一粒が集まって
一房の葡萄という豊かな形を作っています。
その葡萄が実って行く様子は、
俳句ができる時と似ているような気がします。
適切な言葉を選び取って
五七五を完成させる作業です。
そして出来上がった俳句を読むときも、
葡萄を味わうようだと思います。
 
「葡萄あまししづかに友の死をいかる  西東三鬼」
友は、篠原鳳作。
「しんしんと肺碧きまで海の旅」という無季の俳句は有名です。
西東三鬼と篠原鳳作は手紙だけの友人でしたが
共に新しい俳句を打ち立てて行こうとしていました。
そんな矢先に篠原鳳作は若くして病気で亡くなってしまいます。
強い衝撃を受けた西東三鬼は
「悲しむよりはむしろ腹立たしかった。」と述べています。
悔しかったのではないでしょうか。
葡萄の甘さと怒りの苦さ。
中七の「しずかに」がその悲しみの深さを表わしていると思います。
 
「亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄   川端茅舎」
普通は葡萄の粒を丸いと書くことが多いと思います
でもこの句はそれを亀甲と表現しています。。
ぎゅうぎゅうに並んで
お互いを押している葡萄の粒の様子が目に見えるようです。
実りの豊かさを感じます。
 
「黒葡萄祈ることばを口にせず  井上弘美」
祈る言葉を口にしないということが
なぜ黒葡萄に繋がってゆくのでしょうか。
マザーテレサに
「沈黙の果実は祈りである」という言葉があるそうです。
沈黙を守ることによって
神様の言葉に耳を傾けることができるという意味です。
黒葡萄はいかにも
沈黙にふさわしい色と形だと思います。
黒葡萄のきっちりと包まれた一粒一粒の
実の様子がたくさんの祈りのように見えたのかもしれません。

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