界面活性剤はタンパク質を変性させますが、一次構造は失われないため、その変性は可逆的である(修復される)はずですが、そうではない事例が多くみられます。

カサつき、つっぱり感、痒み、赤み、ニキビ、湿疹などが、顔に限らず身体でもなかなか治まらないという人は、一般的にお肌が弱い人・過敏な人とされていますが、お肌が傷んでいるから弱いのか、お肌が弱いから傷んだのかは何とも言えないところです。

ただし、現時点ではっきり言えることは、変性物質にひとつでも接触をしていると、元の健康なお肌にもどらないということです。


―タンパク変性について一般的にいわれていること―

人体におけるタンパク質

タンパク質を英語でプロテイン(protein)という。これはギリシャ語の「第一のもの」という意味の<proteios>に由来する。
生体を構成する物質において、タンパク質は主たるものである。ヒトでいえば水分を除いた約半分近くの重量を占め、生命活動において中心的役割を担っている。その働きは、皮膚や毛髪のように生体を形作る構造タンパク質や酵素のような機能性タンパク質、免疫グロブリンなどの防御タンパク質、インスリンやアドレナリンなどのホルモンまで非常に多岐にわたっている。


タンパク質の高次構造

人体を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸が直鎖状に結合した高分子である。
アミノ酸には様々な種類があるが、いずれも不斉炭素(中心となる炭素)から出る4つの腕のうち、3つがそれぞれ水素(-H)、アミノ基(-NH2)、カルボキシル基(-COOH)と結合した共通の構造を持つ。残り一つの腕に結合するのは側鎖(-R)といい、アミノ酸ごとに親水性、疎水性、陽電荷、負電荷等の異なる性質を持っており、これはタンパク質の折りたたみに影響し、立体構造を決める要因になる。これをタンパク質の一次構造という。

ポリペプチドは、一方のアミノ酸のカルボキシル基(-COOH)と、もう一方のアミノ酸のアミノ基(-NH2)間で水(H2O)分子が取れてペプチド結合(-CONH)することによって作られる。このようにして出来たポリペプチド鎖の末端は、一方がカルボキシル基、もう一方はアミノ基となっており、それぞれC末端(カルボキシル基)、N末端(アミノ基)と呼ぶ。

ペプチド結合の中の酸素原子(=O)は負電荷を帯び、水素原子(-H)は正電荷を帯びている。そのため、ペプチド結合同士が引き合い、水素結合を形成する。ポリペプチド鎖内で水素結合を繰り返した部分はαへリックス(らせん構造)やβシート(プリーツ構造)といった特徴的な二次構造を作り安定する。

さらに、アミノ酸残基同士が静電気的に引き合ってイオン結合を形成したり、システイン残基の側鎖(-SH)同士が酸化して結合を形成(ジスルフィド結合)することでペプチド鎖が折れ曲がり、より複雑な三次構造をとる。

複数の三次構造のポリペプチド鎖同士は、相互作用しあいまとまった構造となる。これが四次構造である。全てのタンパク質が四次構造をとるわけではないが,多くの球状タンパク質には四次構造が見られる。


タンパク質の合成

タンパク質の合成は、遺伝子のDNA情報(DNAのヌクレオチド配列)がRNA(リボ核酸)に転写され、このRNAに写し取られた遺伝情報がリボソームによって翻訳されることにより行われる。タンパク質の一次構造は、アミノ酸配列によって異なり、その順序はRNAの情報によって決定される。

このタンパク質合成の過程はセントラル・ドグマ(中心原理)と呼ばれ、生体内で逆転することはないとされていたが、RNAを遺伝情報としてDNAに逆転写するレトロウィルスやHIVウィルスなどの発見により、セントラル・ドグマは絶対的な原理ではなくなりつつある。


タンパク質の変性

タンパク質は、コンパクトに折りたたまれた構造をしている。熱を与えたり、極端なpHに曝すことにより、その高次構造を維持出来ず、活性の低下・消失(失活)が起こる。これをタンパク質の変性という。さらに、変性状態に長くおかれると、変性タンパク質同士が凝集する。

このような変性と凝集は、生体内部でも日常的に起きているが、変性してしまったタンパク質は、細胞の中にある分子シャペロンによって凝集が避けられ、再度コンパクトに折りたたまれる。また、それでも折りたたみに失敗したタンパク質は、プロテアソームへと運ばれ、アミノ酸へと分解される。変性とは、水素結合やジスルフィド結合が切断されて二次構造や三次構造等の立体構造が変化することであり、アミノ酸の配列は変化しないため、タンパク質の一次構造は失われない。

また、アルツハイマー病や狂牛病は、脳の神経細胞に変性タンパク質が蓄積することによって引き起こされると言われている。
タンパク質の変性は、主に次のものによって引き起こされる。

■ 熱
タンパク質は高温になると変性する。これを熱変性と呼ぶ。また、低温でも変性を起こすが、通常のタンパク質が低温変性を起こす温度は0 ℃以下である。
人体の場合、42℃以上で熱変性が始まるといわれている。
また、サーマクールは、熱変性を利用したものであり、熱を与えて皮膚のコラーゲンが即時収縮(=タンパク変性)を起こさせ、二次的な創傷治癒過程で起こる長期的なコラーゲンの再生を狙ったものである。

■ 酸、アルカリ
タンパク質はpHの変化によっても変性する。pHが極端に変化すると、タンパク質の表面や内部の荷電性極性基(Glu、Asp、Lys、Arg、His ※)の荷電状態が変化する。これによりクーロン相互作用(荷電粒子間に働く力)によるストレスがかかり、タンパク質が変性する。※カッコ内は、それぞれグルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、アルギニン、ヒスチジン。
例)パーマ
毛髪タンパク質(ケラチン)のジスルフィド結合を還元剤で切断し、カーラーで巻いて形を作った後、酸化剤により再びジスルフィド結合を形成させ、元の毛髪タンパク質とは違った立体構造に変えている。

■ 変性剤
尿素やグアニジン塩酸はタンパク質の構造安定性を低下させる作用をもつため、その溶液中でタンパク質は変性する。このようにタンパク質を変性させる作用をもつ物質は変性剤と呼ばれる。他には、高濃度のアルコール類、アセトンなどの有機溶剤水溶液、サリチル酸ナトリウム、アセトアミド、ホルムアミド、ヨウ化物イオン、重金属イオン等が挙げられる。
また、一部の界面活性剤は「膜タンパク可溶化剤(タンパク変性剤)」としても使用されている。

■ 圧力変性
通常のタンパク質は常圧(0.1 MPa)近傍でもっとも安定であり、数100MPa程度で変性する。キモトリプシン(膵液に含まれる消化酵素の一種)は例外的であり、100 MPa 程度で最も安定である。そのため、温度によっては変性状態にあるものが加圧によって巻き戻ることがある。

その他、高エネルギーの電磁波(紫外線、X線、γ線)の照射もタンパク変性に係わるとされている。


界面活性剤と皮膚におけるタンパク変性作用

皮膚は主に繊維状タンパク質であるコラーゲンとケラチンから成っている。コラーゲンは3本のポリペプチド鎖が右巻きに絡み合った三重らせんの構造をしており、アミノ酸組成の特徴として、グリシンがアミノ酸配列上3個目ごとに存在すること、コラーゲンにしか含まれないヒドロキシプロリンを約1割含有すること、疎水性のアミノ酸が少ないことが挙げられる。コラーゲンは、人体にあるタンパク質の約三分の一を占めており、そのうち40%が皮膚に、20%は骨や軟骨に存在しており、その他血管や内臓など全身に広く分布している。長いコラーゲンの原線維を煮沸によって変性させると鎖は短くなり、ゼラチンに変わる。

コラーゲンを産生する主な細胞は、皮膚に存在する繊維芽細胞、軟骨に存在する軟骨細胞、骨を形成する骨芽細胞等で、これらの細胞から分泌されたのち、細胞の間を埋めて他の糖タンパク質とともに細胞間マトリクスを形成している。
コラーゲンは、紫外線、電離放射線、オゾン等によって発生する活性酸素により質、量ともに変化する。また加齢により繊維芽細胞による合成が低下するため、分解される量が合成される量を上回り、その結果として、皮膚の老化が起こる。

ケラチンは線維に富む硬いタンパク質で、皮膚の角質、毛髪、爪などを構成し、特にヒトの毛髪の8割以上を構成している。身体を外部環境から守る働きをしており、不溶性である。アミノ酸組成は、他のタンパクには殆ど存在しないシスチンを約1割含有していることが特徴で、ジスルフィド結合が多数存在し、この結合は隣り合う分子を架橋している。毛髪を曲げてもすぐに元に戻るという性質は、この結合によるものである。

タンパク質中には、水素結合によるαへリックスやβシート構造などがあり、さらに弱い相互作用により立体構造が保持されている。そのため、穏やかな変化でこれらが切れて、一次構造を保ったまま、本来の構造とは全く異なる構造に変化し、活性を失う。

界面活性剤はタンパク質の水素結合を切断することにより、皮膚のタンパク質を変性させる。界面活性剤によって形成されるミセルは、生体膜の脂質二重層に類似している。タンパク質は疎水性相互作用を通して、これらのミセル中にとり込まれる。通常、生体膜の二重層膜に包埋しているタンパク質の疎水性領域は、ここでは界面活性剤分子の層に囲まれ、親水性部分は水性媒質に曝される。こうして変性が起こる。しかし、界面活性剤は、タンパク質の水素結合やジスルフィド結合を切断するが、一次構造は失われないため、その変性は可逆的である。

タンパク変性作用には、界面活性剤の親水基の種類が影響しているといわれている。歯磨き粉やシャンプー、リキッドファンデーション等によく使用されているラウリル硫酸ナトリウム(またはドデシル硫酸ナトリウム・SDSとも呼ばれる)は、12個の炭素原子鎖が硫酸塩に接続された構造を持ち、洗剤に不可欠な両親媒性特性を有するアニオン(陰イオン)界面活性剤である。ラウリル硫酸ナトリウムは、タンパク質に対し極めて高い親和性を持ち、タンパク質を変性させる。この変性の産物が、生化学の分野において分離分析の資料に適しており、ポリアクリルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE) においても使用される。

一方、リンスやコンディショナーに使用されるカチオン(陽イオン)界面活性剤は、特にタンパク変性作用が強く、実験室ではRNAの抽出に使用される。代表的なものとして、塩化アルキルトリメチルアンモニウムが挙げられる。

ヒトの皮膚や髪は濡れるとマイナスに電離する。アニオン界面活性剤ではマイナスとマイナスとなり反発し合うため、皮膚や髪から汚れを引き剥がす。石けんもまたアニオン界面活性剤であり、界面活性効果が高いため、タンパク変性作用も強い。また、石けんはアルカリ性であるため、アルカリによるタンパク変性作用も懸念される。元々、ヒトの皮膚には皮脂膜によるアルカリ中和能が備わっているが、皮脂分泌が低下している皮膚はアルカリ中和能が正常に働かないため、使用には充分注意が必要である。

また、カチオン界面活性剤は布や髪の表面に付着し、滑らかさや柔軟性を与えるため、衣類の柔軟剤やリンスに使用されている。また、抗菌、殺菌作用があるため、逆性セッケンとも呼ばれている。主なものとして、塩化ベンザルコニウムが挙げられる。
カチオン界面活性剤は吸着性・残留性が強いので、その分、皮膚に対する影響も大きい。

他には陽イオン基と陰イオン基の両方を持つ両性界面活性剤、親水基がイオン化しない非イオン性界面活性剤がある。非イオン界面活性剤は皮膚に対して比較的安全だとする説もあるが、界面活性効果=タンパク変性作用であるため、他の界面活性剤と同様である。