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思い込みが研究不正行為の原因?

研究不正行為が「ルール違反」であることはわかっているのに,研究不正行為をやってしまうのは,なぜなのでしょう。そこには思い込みがあるのではないでしょうか。今回は,生徒が行ってしまった研究不正行為の事例を基に,研究不正行為を起こしやすい思考パターンについての私の推論を解説したいと思います。

 私は,研究の傍ら,子どもを対象にした科学教室や系統的な科学教育事業を行っています。また,高等学校で行われる探究活動の成果発表を目にする機会もあります。こうしたなかで生徒が悪意なく研究不正行為が起こすパターンがあると感じました。

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1 研究不正行為が行われるとき

 知識として研究不正行為をしてはいけないと知っていても,簡単に研究不正行為を起こしてしまうことを,実例から考えたいと思います。
 以前に私が開発した科学教育教材のひとつに,教科書に掲載されている内容が必ずしも正しくないことを確認する教材がありました。生徒にとって「正解」が記載されているはずの教科書も,条件によって正解にならないことを学び,実験をする重要性と,データから「何が起こったのか」を考察する重要性を学ぶのが目的の教材です。この教材の効果を測定するために,大学院生が実際に高校生を対象に実践を行いました。すると……

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 教科書と異なった結果が出た高校生の一部は,実験データを教科書にあうように改ざんしたのです。

 とても驚きました。実施した高等学校は実験を多く行う学校でしたので,実験やデータの扱いに不慣れなわけではありません。しかし,高校生はとくに自分に利益があるわけでもない状況でいとも簡単に研究不正行為(改ざん)を行ったのです。

2 正解に合わせて修正すれば良い

 「正解に合わせて修正する」学習習慣は,理論や法則が示す理論値と実際に得られる実験値のズレがなぜ起こるのかという思考を鈍らせ,悪意なく研究不正行為を行う要因となります。
 教科書に載っている実験であっても,実際に行えば,かならず理論値と実験値にズレがあります。それには,装置による誤差や操作による誤差など,さまざまな理由がありますが,重要な点は「なぜズレるのか」なのです。たとえば,上記の教材は,それを学ぶために開発しています。

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科学とは「なぜそうなるか」を考える学問

 しかし,「正解とのズレは間違いである(から修正する)」という学習習慣を持つ生徒は,なぜズレるのかを考えず,正解(と考えるもの)に合わせて修正しようとして,研究不正行為を行ったのです。これは特殊な事例ではありません。この事例は探究活動で起こりやすい改ざんの事例であり,他の中学校・高等学校でも起こっています。
 もちろん,どの事例でも生徒は「騙そう」という悪意を持って研究不正行為を行っているわけではありません。しかし,悪意がないからこそ危険なのです。

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 自分は間違っていないと感じるので,指摘されても改めることが難しいのです。そして意図しているかしないかに関わらず,研究不正行為を繰り返す状況に陥ると,他の研究不正行為に対しても「このくらいなら間違いではないだろう」と鈍感になっていくことが懸念されます。

3 「研究不正行為は悪人が行う」と考える危険性

 なぜ研究不正行為をしてしまうのかについて,私は「研究不正行為は悪い人がやるものであって,(悪人ではない)自分には関係ない」と考えているからではないかと推測しています。
 研究不正行為について知っている生徒が,なぜ自身の研究不正行為を間違っていないと感じるのは,メディアによる「研究不正行為を行う悪いヤツ」という報道が大きく影響していると思います。メディアで研究不正行為が報道されるときは,「研究不正行為を行うのは悪い研究者である」とされます。たとえば,STAP細胞の研究不正事例では,研究不正の当事者の高校生までさかのぼって昔から悪いことをしていたかのような報道が目立ちました。

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悪いヤツだから研究不正行為をしたと報道されがち

 研究不正行為は,研究というルールにおけるルール違反です。もちろん良いことではありませんが,たとえばサッカーでレッドカードをもらった選手が人間的に悪い選手(悪人)なのかといえば,そうではないはずです。行為の良し悪しと,人間性の善悪は異なりますが,このふたつが混同されていることが問題の根幹にあるのではないかと思うのです。

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ルール違反と善悪が混同されている?

 「研究不正行為は悪人がやるものだ」という考えを持つと,命題の対偶である「悪人でないならば研究不正行為はやらない」に結びつき,

「(悪人ではない)自分が行うことは研究不正行為ではない」

と考えるのではないかと思うのです。対偶については高等学校の数学Iで習います。以下に図示します。

対偶命題

 私が目撃した複数の事例で「それは研究不正行為ですよ」と指摘すると,だれもが「そのようなつもりではなかった」と口を揃えて言います。この言葉は,「私は悪人ではなく,悪意に基づいて研究不正行為を行っていない」という意味のようです。つまり,(悪人ではないor悪意がない)自分の行為は研究不正行為には当たらないと感じたとき,

研究不正行為に関する知識があっても研究不正行為をしてしまう

のではないかと推測しています。

 一般に,研究不正行為は「悪い人」が行う「悪いこと」として扱われがちです。しかし,行為の良し悪しと,人間性の善悪を混同した考え方は,却って研究不正行為を助長するのではないかと危惧しています。

 研究不正行為というルールを知り,道徳的価値観と分離して,ルール違反を防ぐ,ルール教育の整備が必要です。そこで,次回,後編はルール違反を悪人の認定と混同することで起こる問題とルール違反者の再教育について考えます。

 著書では研究公正について,研究計画の立案とともに学び,また事例研究も多く収録しています。ご一読いただければ幸いです。


いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育