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プロフェッショナルと、アマチュアリズム(後編)

(前編からの続きです。)


・アマチュアリズムと「社会スポーツ」

  西ヨーロッパを中心に、現代スポーツの主要な位置を占めていると言われるのが、〇〇アスレチッククラブ、△△フットボールクラブといったスポーツ団体に所属する形で行われる「社会スポーツ」です。

  日本でも、レクレーションスポーツや習い事として盛んに行われていますが、

トップレベルの選手育成を社会スポーツが主に担っているものとしては、サッカーの他、水泳、フィギュアスケート、体操、ゴルフなどがあります。

以前は一部の競技に限定されてきましたが、

1990年代以降になってJリーグがそうしたフットボールクラブの形態を積極的に推奨したり、バブル崩壊以降の景気後退の局面で企業から放り出されたチームが、地域密着型のクラブに転換した例など、

社会スポーツは、今では既存の学校スポーツや企業スポーツに次ぐ「第三のスポーツの場」として日本でも重要度が増してきています。

  Jリーグでは、年代別チームの所有を義務付けており、女子チームやアマチュアチームを所有するクラブや、サッカーに限らず幅広いスポーツの普及、選手育成に乗り出しているクラブも存在します。

  Jリーグ主導のクラブでは、既に収入を得る仕組みを有している上に、トップレベルの選手を商業的に利用したり、クラブが独自にスポンサーを得たりすることによって、選手育成に多くのお金をかける事が可能になっています。

  柔道やレスリング、相撲などを除く各種格闘技やいわゆる武道の世界も、入門者からトップレベルの選手育成までを全て町の道場が担ってきたという意味で、実は昔から「社会スポーツ」的な形で行われていたと言えます。

  馬術の世界もまた、大学や企業に所属している選手も元々は乗馬クラブで子どもの頃から競技を行っていたり、週末にクラブに通いながら競技活動を行っているような人が多いという意味では、「社会スポーツ型」とも言えるのだろうと思います。

このような社会スポーツ団体に所属する競技者をもって「真のアマチュア」とすることも出来そうですが、

選手自身や家族の金銭的負担が大きいことなどから、いわゆる貧困層の参加が困難となる傾向があり、昔のアマチュアリズムと同じようなスポーツの経済格差をもたらす「スポーツの貴族回帰」だとする批判もあります。

  日本では現在、乗馬を筆頭にほぼ全てのスポーツが程度の差はあれそうした傾向にあり、

今やトップレベルの選手の多くが恵まれた家庭環境の下、小さな頃から専門的なトレーニングを受けていたりしますから、

その意味では、貴族階級だけがスポーツを楽しむことが出来た前時代のアマチュアリズムに再び近づいていると同時に、

学生時代からほぼ専業化することで学費免除などの経済的見返りを得ているという意味では「真のアマチュア」とは呼べない、という矛盾した状態にあるとも言えるでしょう。

・特殊な世界

  オリンピックやその他国際大会だけでなく、近年では国体やインターハイ、インターカレッジも徐々にアマチュア規定が緩和される方向へ改められており、プロ・アマの区別が問題になることは少なくなっていますが、

以下のように、種目によってはその状況がかなり異なることもあるようです。

・野球

  日本の野球では、日本プロ野球(NPB)以外の野球は総て「アマチュア野球」とされています。


  「プロフェッショナル以外は全てアマチュア」という二元論は、他のスポーツと比べて極めて特異で、

日本人の多くが持つ「学校や企業のスポーツはアマチュアである」という古典的な理解は、このような野球における区別に影響されているところが大きいといわれています。

  この特異さは、前述のように選手(特にトップレベル)の多くが実質的には既にアマチュアとは言えない高校野球、大学野球、社会人野球において、しばしば問題となります。

  実態を完全に無視して建前として「プロ以外の選手はあくまでもアマチュアである」と主張するために、実態と建前を分けて理解する必要に迫られます。

  さらに、他の多くのスポーツを掌握する組織の傘下に野球が属していない(高野連は高体連に、日本学生野球協会は日本体育協会に属さない)ことで、

  他のスポーツの基準や潮流(女子の扱いや選手保護など)が全く適用されない、というようなことが起こります。

「アマチュア」の規定に関しても、日本の野球は独自のローカルルールになっていて、

他のスポーツでは最近の潮流として「アマチュアでない」状態が追認されているのに対し、

日本のアマチュア野球では歴史的な経緯からプロ野球(職業野球)との明確な差異を求められ、そのために極端なアマチュアリズムへの回帰(プロによる指導の禁止など)が行われることがあります。


・ボクシング

  日本のボクシング界の「プロフェッショナル」「アマチュア」のカテゴライズも、これまた特異的な性格を持っています。

  日本ボクシングコミッション(JBC)及び日本プロボクシング協会(JPBA)が関わるものが「プロボクシング」、

日本ボクシング連盟(JABF)が関わるものが「アマチュアボクシング」とされており、

プロボクサーを管轄するJBC/JPBAでは、同団体が関係しない競技をすべて「アマチュア」とし、

一方、アマチュアを管轄するJABFでは同団体が関係しない競技をすべて「プロフェッショナル」とみなしているわけですが、

国内には、JBC/JPBA、JABFいずれも直轄しない競技団体も存在するため、

第三者から見た場合、見方によっては「プロ」「アマ」双方に含まれる、というような矛盾も発生してしまうのです。

  また、JBC/JPBAにも、プロボクサー活動での報酬を受け取っていない選手がいたり、

ボクシングジムを所有し、所属する選手を「社員」として雇用している企業も存在したりすることから、

実態としては「アマチュア」と「プロフェッショナル」が混合しているような状態です。


・ゴルフ

企業の役員などの方の中には、得意先などとの付き合いで、今日はここでゴルフ、明日もあちらでゴルフ、と全国を飛び回っているような方もいらっしゃるようです。

それが「仕事」だと考えると、彼らもある意味「プロのゴルファー」だと言えるのかもしれませんが、

 ゴルフ界には、プロゴルファー資格だけでなく、アマチュアの選手資格も存在し、とちらも日本では日本ゴルフ協会が管理していて、

ゴルフに関して報酬を受け取る(レッスン等)といったアマチュア規則に違反する行為があると、アマチュア資格を喪失して「プロでもアマチュアでもない」状態となるようです。




・スポーツ以外

  将棋の世界では、日本将棋連盟などに属する棋士、女流棋士が「プロ」、それ以外の者が「アマチュア」とされており、いわゆるアマチュア棋戦の参加資格は後者に限定されています。

  ただし、プロを目指して奨励会に入ったもののプロになれなかった元奨励会員がアマチュア棋戦に参加したり、アマチュアのトップレベルがプロ棋戦に(棋戦独自の規定により)参加したり、ということも普通に行われています。

  かつては、将棋連盟所属ではないものの、賭け将棋によって生計を立てる「真剣師」という職業も存在していたといいます。(真剣師がアマチュア名人戦に参加し優勝した例もあるそうです。)

  現在では、真剣師という職業は消滅しており、女流棋士の一部を除いて、プロ棋士は対局と普及活動によって生計を立てており、かつてのように副業やスポンサーからの援助に頼っている棋士は存在しないため、

プロとアマの境界線は「対局で報酬を受け取っている者がプロ、それ以外がアマ」という古典的な分類に落ち着いているのだということです。

  棋士の待遇改善や賭け将棋への取り締まりによって、プロとアマの境界線が明確になる方向に事態が推移するという、境界線が曖昧化していく傾向にあるスポーツ界とは「反対の流れ」になっているところが興味深いと思います。

  会社の研修などで、「プロ意識を持て」などと言われても疑問を感じないのは、

子どもの頃から野球や大相撲といったプロスポーツの選手に憧れて育ってきた私たちには

「アマチュアよりもプロの方が上」というような価値観が刷り込まれているからなのだろうと思いますが、

プロフッショナル、アマチュアリズムという言葉の本来の意味や歴史的経緯を改めて考えてみると、

業として報酬を得ているプロに比べてアマチュアの技能や知識、興味関心の程度が必ずしも低いというわけではない、ということがわかります。

  お金をもらっているんだから、質の高い仕事をしなければならない、という上司やセミナー講師の理論は一見わかりやすい感じはしますが、

進歩への情熱や探究心はあくまで個人の興味関心の度合いによるものであり、

金の為にやるのがプロ、と考えれば「貰った分しか頑張らない」ということにもなりますから、

報酬を得ることとクオリティの追求は、独立した別の事象として考えるべきなのかもしれません。

  いくつかの乗馬クラブに通った経験がある方なら、どこの施設にも必ずといっていいほどいる、「会員さんなのか、スタッフなのか、あるいはアルバイトなのかボランティアなのか、はたまたオーナーの愛人なのか、何だかよくわからないけどいつもいる」というような人に、心当たりがある方も多いのではないかと思いますが、

それこそまさに、プロとアマの境界上の存在で、研修やボランティア名目で労働に対する正当な報酬が支払われていなかったりすることも多いのですが、

そうした問題はともかく、本人の探求心や情熱に基づいて興味のあることに熱中する、という気持ちは、プロでもアマチュアでも関係ないのかもしれません。

  某テレビ局の人気番組に、プロとして人一倍稼いでいるような人に密着して、最後に「ブロフッショナルとは?」という問いへの本人なりの解釈を尋ねる、というものがありますが、

あえてボランティアとかアマチュアであることを自負して頑張っているような人に密着して、

「あなたにとってのアマチュアリズムとは?」

なんていう番組も、観てみたいような気がします。




「馬術の稽古法」を研究しています。 書籍出版に向け、サポート頂けましたら大変ありがたいです。