見出し画像

フランス映画界の契約・就労環境はどうか?

JFPでは、2025年1月25日より、文化庁委託事業(令和6年度「芸術家等実務研修会」)の一環として、フランス映画界の事例を紹介するオンライン講座を開催。参加無料で以下リンクより、申込募集中⬇️

https://jfp-contract25-02.peatix.com/

本記事では、フランス映画界の契約や就労環境の実態やプラクティスを調査員である林瑞絵(在仏映画ジャーナリスト)がまとめた。


🇫🇷 働く人を守る「労働協約」

フランスの場合、韓国のようにweb 上で無料公開されている「契約書ひな型」を活用する方法ではなく、 企業ごとに作成された契約書を使用する場合が一般的である。しかし、労働協約によって、映画業界で働く人々の権利が守られている。

フランスには労働の法律である「労働法典(Code du travail)」があり、これを補完する形で「労働協約/団体協約(Convention collective)」が、業界や職種ごとに存在する。雇用者と従業員の間で、労働条件の基準や労使関係のルールについて取り決めた文書のこと。働く人の権利を守っている。

例えば、医師、看護師には「私立病院施設に関する全国労働協約」、農業従事者には「農場および農業関連企業に関する全国労働協約」があり、全部で約650種。映画・映像分野では複数存在し、「(映画以外の)オーディオビジュアル作品製作」「アニメ映画製作」「映画配給」「映画興行」のための労働協約などがある。実写映画は「映画製作の全国労働協約(Convention collective nationale de la production cinématographique)」に基づく。

「映画製作の全国労働協約」は、監督を含む映画技術スタッフ、俳優の労働条件や権利、義務を文書化。内容は差別禁止事項、職業の定義(監督以下、全てのスタッフの仕事内容を定義)、労働時間と休憩(勤務時間、残業、休憩・休日の基準)、賃金と手当(最低賃金、食事手当、夜間・休日手当)、安全と衛生、健康や福祉(病気・事故、保険、年金)、ハラスメント防止(定義や制裁)などを規定する。

白テントの即席食堂@フランスの撮影現場


「映画製作の全国労働協約」は、法律や政令をまとめた政府系ポータルサイト「Légifranceレジフランス」が公開。

他にも映画の労働組合、監督やカメラマンなど職能団体の公式サイトから誰でも閲覧可。

労働協約の内容は、専門分野の雇用主の組合と、労働者の組合との交渉により決定される。映画なら製作者組合と、映画の労働組合(ユニオン)であるSPIAC-CGT(CGT オーディオビジュアル・映画産業労働組合)が交渉する。カンヌの監督週間を主催するSRF(仏映画監督協会)などの職能団体には直接の交渉権はないが、SPIAC-CGTが職能団体と連絡を密に取り合い、被雇用者である映画技術スタッフの意見を丁寧に掬い上げている。

映画業界で有期契約の仕事をする人は、労働協約に基づく労働契約書を結ぶ。労働法によれば、雇用から二日以内に署名された契約書を、被雇用者・賃金労働者に送らないといけない。
現在、労働協約は完全に守られているわけではなく課題は残るものの、業界内でかなりのコンセンサスを形成している。給料明細には、どの労働協約が適用されるかの記載がある。

🇫🇷 「労働協約」は進化する生き物

「映画製作の全国労働協約」は1950年に誕生するも、長らく形骸化。労働協約で規定された賃金適用の義務を持つ製作者団体が、旧映画製作者協会(現UPC)というユニオンのみで、多くの製作者は適用義務のない製作者団体の方をあえて選んで加入しがちであったため。

この労働協約は7年の交渉の末、2012年に大改正。現在使用されているのは、この2012年1月19日版である。それまではパテやゴーモンなど、協約に署名をした一部企業の従業員のみが適用されていたが、これ以降、全ての仏映画業界の被雇用者に、労働協約が適用されるように。

#MeToo運動の流れを受け、2024年には労働協約に重要な修正が追加。14歳の時に有名監督から受けた性的虐待を告発した俳優のジュディット・ゴドレーシュの尽力もあり、新たな修正案が調印されたもの。5月のカンヌ国際映画祭の場で、製作者団体や映画の労働組合によって、全会一致で署名された。

⚫️内容

  • 「性差別的および性的暴力・ハラスメント(VHSS)」の予防強化、対応促進に関する修正。

  • 映画制作における未成年者の保護に関する修正。16歳未満が撮影に参加する場合、必ず保護監督する有識者によるポスト「子供の責任者」を撮影に入れるのが義務に。

© SPIAC-CGT

🇫🇷映画界の仕事の契約書

仕事についての契約書は、(1)「労働に関する契約」と(2)「知的財産権に関する契約書」の2種に大別される。それぞれ異なる法律に準拠。(1)(2)両方の契約書と関わるのは、主に監督が想定される。

(1)労働法・労働協約に基づく契約
⇨働く期間が決まった有期契約の技術者(監督を含む)や俳優が、労働に関する契約書を交わす。

(2)「知的所有権法典(Code de la Propriété Intellectuelle)」に基づく契約
⇨脚本家、監督、および字幕翻訳者が、著作者の契約や権利譲渡の契約書を交わす。SACD(劇作家・作曲家協会)がフィクション作品、SCAM (マルチメディア作家著作権協会) がドキュメンタリー作品の著作権を管理する。

一方、作品自体の契約書は別。CNC(国立映画映像センター)が「映画の戸籍」と称する映画と映像作品の登録簿制度RCAが存在し、契約関係の透明性を確保。2024年からは誰でも無料で閲覧可能なオンラインのプラットフォームを公開開始。個々の作品の契約や訴訟の記録が追える便利なデータベース。

🇫🇷 ハラスメント問題への対応

労働協定に修正案が加わったばかりのハラスメントの問題は、#MeToo運動以降、映画製作・制作に大きな変化をもたらした。フランスでは2021年から、映画の雇用主は助成金を得るためにハラスメント予防の研修が必須に。現在は製作者、配給者、国際セールス、映画館の興行者などの雇用主が研修を受け、認定を受ける。

ハラスメント予防キット

ハラスメント予防の研修は2025年1月から、対象がフランスで撮影する長編映画の撮影スタッフ全体に拡大。映画関係者は撮影現場で、職種に限らず参加できるように。撮影現場での研修は「ハラスメントの予防効果を飛躍的に高める」と期待されている。

  • 倫理観や道徳観に訴えるだけではなく、研修を映画助成の条件に組み込む効果的な試み。

  • 映画製作においては、性差別的および性的暴力・ハラスメントの問題が後から判明した場合、経済的な損害が甚大になることも。予防は保険的な働きにもなる。

「ハラスメント予防の研修は、主に雇用主にその義務を認識させることが目的。撮影現場で性的虐待が告発された場合、雇用主にはその調査に加え、新たな虐待リスクを防ぐ措置を講じる義務がある。プロデューサーの責任はこれまで以上に重要だ」(by ロナン・ジル氏/監督・プロデューサー・コンサルタント ・作家・監督・製作者協会(ARP)理事)

他にも、文化セクターの従業員を対象としたメールや電話の相談窓口を設置。心理・法律の専門家に、匿名かつ無料で相談可能。医療機関とも連携している。また、CNCと調査団体Collectif 50/50らが作成したハラスメント予防キットを公表し、配布している。

ハラスメント相談窓口フライヤー

🇫🇷 労働協約と労働組合

フランスは職種に限らず、「労働協約」の全体の適用(カバー)率は98%と高水準(日本は16,8%)だが、労働組合の加入者の割合を示す「推定組織率」は低めであり、民間部門で約8%に過ぎない。だが、組合の存在意義は社会的にかなり共有されている。例えば、2023年には年金制度改革に反対する大規模な抗議ストやデモが全国に広がり、社会的なうねりとなった。たとえ組合の実際の加入者数は少数でも、その運動は共感を呼び、社会に与えるインパクトが大きくなるというフランス特有の組合のパラドックスがある。

映像業界においても、2023年にはテレビ業界の労働者による賃上げストがあり、その影響で映像業界全体の組合員数が倍増した(正確な組織率は非公表だが、組合員によると現在約10%と推測される)。今後も映画スタッフ全体の地位向上のため、組織率のより一層の増加が望まれている。
他方、業界内には、監督、俳優、カメラマン、編集技師、音響、美術監督、衣装、メイクなどの職能団体が多数存在。労働条件の改善、関係構築、情報共有、業界の発展などを目的に、互助的に日々活発に活動している。

なおアメリカの映画業界は、労働組合の加入者数が相対的に多い。SAG-AFTRA(全米映画俳優組合・テレビラジオ芸術家連盟)は16万人の加入者を誇り、2023年のハリウッドのストで多大な影響力を持った。これはアメリカでは組合加入者だけが、交渉で勝ち取った権利を行使できるため。フランスは組合に加入しなくとも、組合が勝ち取った権利を同業者全員が使えるため、積極的な加入に繋がらないとの指摘がある。

<参考資料>
1)OECD(経済協力開発機構) Collective bargaining and social dialogue https://www.oecd.org/fr/themes/negociations-collectives-et-dialogue-social.html
2)Centre d’observation de la société(2023)  Le taux de syndicalisation se stabilise à un niveau très faible
https://www.observationsociete.fr/modes-de-vie/vie-politique-et-associative/une-france-tres-peu-syndiquee/

<取材協力>

  • ロナン・ジル氏/ ARP(作家・監督・製作者協会)理事、監督・プロデューサー・コンサルタント

  • ニコラ・ヤシンスキ氏/映画映像産業労働組合・仏労働総同盟(SPIAC-CGT)総代表 

調査・執筆:林瑞絵(在仏映画ジャーナリスト)

主催:文化庁(令和5、6年度「芸術家等実務研修会」)
事務局・企画・運営:一般社団法人Japanese Film Project
尚、本調査結果は文化庁としての見解を示すものではございません。

主催:令和6年度「芸術家等実務研修会」
事務局

2025年1-2月の契約研修会

1/27より、東京・大阪・神奈川・オンラインにて、無料の契約研修会が実施される。ご関心のある方は、以下よりぜひご登録ご参加ください⬇️


いいなと思ったら応援しよう!