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中国不動産スキャンダルと”共産党の見えざる手”

恒大集団の債務不履行リスクによる「中国バブル崩壊」からの「世界経済危機」について日本のメディアでも取り上げられることが増えました。中国経済崩壊論は日本のメディアにとっても「大衆が必要とする食えるネタ」であり、2002年の中国WTO加盟後を起点に次から次へと書かれています。我々チームとしては恒大集団個別案件を見るのではなく彼らが属する不動産業界を切り口としつつもそれを企業と政府の関係まで一般化した上で、日本企業にとっての機会とリスクについてまとめます。

中国で繰り広げられる”土地錬金術”の主役は誰か?

中国を含めた発展途上国では土地は金を産みます。発展は外資導入による工業化に始まり、それを流通させるための物流網の整備、更には経済水準が上がってくることによる都市化と続き、最後にITを含めた第三次産業がやってきます。中国は現在、都市化と第三次産業化が同時に進む段階に入っていますが、そこに至るまでの過程で土地は工場、道路・鉄道・飛行場・港湾などの交通インフラ、そして住宅に変わる”金の卵”でした。

中国では土地は国のものですから、当然中央政府、地方政府としては”美味しい”わけです。中央・地方政府が五カ年計画に代表される中長期の青写真を描きます。そして、その土地の使用権を不動産開発業者に販売し開発させることで換金します。この不動産開発業者、いわゆるデベロッパーの代表が”万達集団(ワンダーグループ)”であり”金地集団”であり、今回世界でニュースとなった”恒大集団”です。その意味で今回の騒動の主役は恒大集団と見られていますが、実質的には中央・地方政府です。中国で不動産を語るということは、中国共産党のことを語ることと同義なのです。

やり過ぎた恒大集団

では中国政府、すなわち中国共産党は何を恐れているのでしょうか。中国の歴史を紐解けば分かります。農民の蜂起です。現代に置き換えて中国語にすれば「老百姓」、すなわち大衆の不平・不満にはとても敏感です。持ち家志向が強く、かつ投資意欲が旺盛な中国人にとって不動産価格は非常に大きなトピックです。ですから中国政府は不動産価格と、その開発者であり売り手となるデベロッパーの動向については目を光らせ、必要に応じて調整に入ります。

一方でデベロッパーは金融機関から融資を受けた上で地方政府から土地の使用権を購入し、開発したプロジェクトや物件を売却します。もちろん購入価格と売却価格の差が大きければ大きいほど、さらには借入比率(レバレッジ)が高いほど儲かることになります。どのデベロッパーもビジネスモデルは同じですが、恒大集団は今回やり過ぎたので中央・地方政府から調整が入ったというのが実情です。不動産価格の実情に合わない釣り上げ、本業の不動産事業とはあまり関係のないプロジェクトへの投資などがメディアなどで取り上げられ、国民の反感が目に余るところまで来たのです。

この”やり過ぎた恒大集団”に対して当該事件をきっかけに不動産価格が激しく下落することについても中国政府はやはり警戒しています。なぜなら中国国民にとって最大の資産は不動産だからです。中国共産党が"共に豊かになれ"の宣言を裏切ったことになるのは党全体の方針にマイナスです。そのためセカンダリーも含めた不動産の供給についてコントロールするなど先手を打ってきています。

恒大集団の騒動から垣間見える中国政府による「共産党の見えざる手」

恒大集団に対する政府による調整は直近に始まったことではありません。自社ビルの売却へ向けた動きなどここ数年で資産の現金化による自己資本比率の回復について中央・地方政府は処理を進めていました。またSNSを含めた主要なインターネットメディア上で恒大集団に対する過激な書き込みなどは「情報統制」を行うなど、国民感情についてもコントロールをしています。また過去を振り返れば、海南航空や華融集団、華夏集団などのスキャンダルについても政府が介入して処理が行われました。

数年前から中国政府は企業のガバナンス、コンプライアンスについての法整備を進めてきています。詳細を書くことは省きますが、そこでは十分な自己資本比率の確保、過剰なノンコア事業に対する多角化の規制などが謳われています。実際、万達集団(ワンダーグループ)も過去にノンコアと見られた海外資産の売却を強制されています。企業に対する統制と国民に対する情報統制をすることによる「共産党の見えざる手」によって市場が崩壊しないようにコントロールされているのです。

日本にとっての機会

日本のメディアは恒大集団の今回の騒動についてスキャンダルとして扱っていますが、実は日系企業にとってはチャンスでもあります。ミクロな視点で見れば、今後恒大集団が持っていた物件や案件は安く市場に供給されることになります。それを再開発するなり、運営で入るなりすることができるかもしれません。

マクロな視点で考えると、こういった企業に対するガバナンス、コンプライアンスの強化は日本企業を含めた外資にとっては市場、業界が適正化されるため、フェアな形で参入しやすくなります。話は逸れますが「医療美容」業界にも同じことが起こっています。プチ整形などを含めたホットな業界でしたが、利用者の心理に付け入る形で、消費者金融と結びついたサービスが現れたことを問題視した政府は業界を規制する動きに入っています。業界が適正化されることで今後日本の基礎化粧品プレーヤーはよりこの業界に参入しやすくなるでしょう。

フェアな競争とは何か?

「共産党の見えざる手」によって業界に過剰な状態が発生しないようにコントロールされていく。突出したプレーヤーはある程度のところで気勢をそがれ、不適切な言論は統制される。確かに自由民主主義ではありませんが、日本の各業界で見られるモラルハザードや、数少ない消費者の声がSNSで拡散・炎上することによるブランドへの打撃が発生することなどと比較すると何が見えてくるでしょうか。考察は読者の皆さんに預けます。

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