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200万の虐殺が「なかった」!?噓みたいなホントの話。

 ポルポトと言えば、1979年までに当時800万だったカンボジア人のうち200万人くらいを虐殺した独裁者。これはもう常識になってる。 でも1980年ごろは「そんなのデマだ。ベトナムのでっち上げだ」ていう人が多かった。 この話しってるかな~?
 ポルポトは自国民を虐殺するだけでなく反ベトナム政策をとり、ベトナム領の村を襲ったりした。たまりかねたベトナムがカンボジアに侵攻、一気に首都プノンペンを陥落、虐殺はおわった。だが内戦が続いた。 国際世論は「ベトナムによる一方的な侵略」としてベトナム非難の大合唱。日本の多くの政党も反ベトナムの立場、「虐殺は嘘、でっち上げ」て立場だった。 たしか共産党を除いて。

1980年にこの問題をあつかった「虐殺と報道」て本が出てる。本多勝一・編。この本を紹介する。 なんかいまとソックリ。


 この中にアンケートの回答がのってるんだけど。 たとえば・・・

 田英男・楢崎弥之助(社民連代表と社民連書記長) 「大虐殺はベトナムの宣伝に過ぎない」 「ベトナムは何度かポルポト政権をクーデターによって転覆しようとしており、「虐殺」説はその後急速にベトナムによって宣伝材料として使われるようになったとみるべきである。つまり、ベトナム侵略軍の侵略性をかくすための「正当な理由」として「虐殺」問題は使われているとの見解を持つ。」

 市川誠(総評顧問) 「考えられぬ虚報だ」 「大虐殺報道は多分にベトナムの宣伝と欺瞞に包まれていると考えます。」

 佐々木更三(日本カンボジア友好協会会長・もと社会党委員長) 「虐殺など全然なかった」 「反動的内部勢力がデッチ上げたデマだと思います。」

 ジャーナリストでも「虐殺報道は大ウソ、ペテンだ」なんて言う人(真田岩助・日本ジャーナリスト同盟会員)もいたんだけど一方 「虐殺がウソなら報道写真家をやめる」(石川文洋・報道写真家)なんて人もいる。
 100万以上の虐殺が「あった」と「なかった」。 とんでもない話だ。なんでこんなことになったのか。 まず当時の国際情勢は、日・米・中が三国同盟を結ぶんじゃないかってくらい接近してて・・・とかあるんだけど。
 
 菊地昌典っていう東大教授がこんなことを言っている。 「プノンペンをベトナム軍が攻略してから虐殺の噂が極めて人工的に世界中に流された」 これに対する批判。
 
 武田 これは全くの事実無視ですね。
 井川 虐殺の噂ないし情報は、ポルポト政権ができた1975年4月の直後から、タイ側とベトナム側に出てくる難民を通じて西側諸国にいち早く伝えられた。
 井川 当時フランスの「ル.モンド」、アメリカの「ニューヨークタイムズ」や「ワシントンポスト」などもそういうことを書きまくった。 当時、アメリカのカーター大統領はポ政権を「世界最悪の人権侵害者と公式に呼んでいた。
 本多 彼がこんなことしらないはずはないのですよ。 どうしてこういう、すぐに底が割れることが言えるのか。これがよくわからない。何か裏があるのか、それとも「学者」とはいえないほど、単純にでかいミスなのか。
 井川 私も彼を知っている。いろいろなことを。だから本人に聞いてみたい。衆人環視の中で、面と向かって。

 うーんウクのネオナチ問題とそっくり。
 

 ポルポトの話を持ち出したのは、もちろん「西側のマスコミが言ってるんだから正しい、東側は政府が操作してるから嘘」なんてことはない、こういう実例があるだろ、て趣旨なんだけど。 当時の資料が手元になかったりしてなかなか続きが書けない(>_<)

 とりあえず「洗脳されたジャーナリスト」の実例。 本多勝一「カンボジア国境戦争を考える」 朝日ジャーナル1978・4・28号  
 
 多くの現場で一緒だったあるイタリア人記者が、まさにその実例を示した。ー「あれはベトナム側のショーだよ。たとえばアンザン省でカンボジア軍の迫撃砲で撃たれたのは、実はカンボジア領内にベトナム軍がいて、無線でこちらから連絡して砲撃させたのさ。外国人記者が来ているから‘”カンボジアの侵略”を見せるためにね。カンボジア兵の負傷した捕虜?・・・ありゃ本当にケガをしているのかね。血はトマトケチャップじゃないの。(略)」
 こうなるともう「反宇宙」だ。

いま、まさに「反宇宙」的言論が日本で猖獗をきわめてる。 初めてじゃないのよ? 過去にあった事なのよ?

 ・・・・・・カンボジア問題とフェミ対トラジェンの話、同時に書こうとしてどっちも書けなくなった(>_<) 反体制・反権力の過激主義が商業主義や権力に利用される図式について書きたいんだけどね。 反スタ至上主義とか。 反捕鯨運動とかね。
 反捕鯨運動はグリーンピースってとこがやってたわけだけど、ここがムチャクチャ言う。 「地球上のすべての生物は人間とおなじ生きる権利がある」だって。まあ太田竜はこれをなぞったわけだけど。 ところがグリンピが実際やったのは反捕鯨。
 反捕鯨ほぼイコール反日。これは欧米ではウケる。 むこうの体制(大資本)には痛くもかゆくもない。むしろクジラの代わりに牛肉喰えっていえるからプラスになる。 それでタテマエは過激な反体制運動だから、これを歓迎する奴は多かった。
 ここで弱者の論理を発動すると・・・労働者より被抑圧民族よりクジラちゃんの方がよっぽど弱者だってことでほかの反体制運動に対して優位にたてる。 だから太田竜がコレ言い出したんだよね。
 まあだから反体制・反権力なんて自認してるだけの連中は信用できない。 戦後の日本の進歩思想(反戦・平和勢力)はこーゆーのによく対応できなかった。 実際には「子供=聖なる弱者」とする日教組の罪がふかいのかな。
 これがカンボジア問題だと・・・ 文革の影響ってのがあるんだよな。 これは過激なエコロジーと共通する、反近代主義ていうか。 まあリアルな政治でも中国はソ連を第一の敵として日米と接近してた。 つまり右翼と極左が左翼を挟み撃ちにする構図。
 まあ実際には当時の中国はもう文革はおわってて現実主義路線だったんだけど反ソ第一外交路線がかわらなかったんだけどね。
 日本でも毛沢東主義の過激派のセクトが反ベトナム運動はじめたんだけど・・・すげえ弱小の組織だったのにとつぜん資金力豊富になって海外に事務所つくったりして一部で話題になった。 「あれはどこから資金が出てるんだ?!」てね。

 つづくべきなんだろーけど、どうなるか。

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