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泉のごとく純粋でありなさい

山の中に湧く泉のごとく純粋でありなさい。

雨が降ろうと、土砂崩れがあろうと、
常にこんこんと清い水を生み出す泉でありなさい。

もともとから汚れた水などありません。
どの水も最初は純粋なきれいな水なのです。

不純物が入った水にも、もとの清い水は常に入っています。
汚れたように思えるのはその部分ばかり見るからです。

見える部分だけが事実ではありません。
見えない部分にも真実がたくさんあります。

固定概念に気づきなさい。
自分が作り出している狭い世界に気づきなさい。

私たちはもう旅立つ時に来ています。
今までの檻の中にいたような状態から
肉体を持ったまま自由になる時が来ています。

それは思考の解放。

今まで自分をがんじがらめにしていた窮屈な檻を抜け出し、
ルールのない世界に旅立つ時。

自分が作り出しているルールに気づきなさい。
気づいてどんどんと壊していきなさい。

五感で感じていることも、思考の限界で左右されています。

既成の枠組みで考えている限り、新しい世界は見えてきません。
なぜなら、新しい世界は全く違う枠組みでできあがっている世界だからです。

今までの価値観や固定概念をすっかりと取り除いてしまうと
全く違う世界が見えてきます。

土台、基盤ごと取り替える作業です。
思ってもみなかったことが現実となり得ます。

自由な発想をしてください。
自分についての悩みはもう捨ててください。

そんなことを考えている暇があったら、
他のことを考えるほうがよいです。

悩みなど幻です。

だって存在などしないから。
自分で作り上げた考えです。

新しい考えの上に成り立ってください。
自分が望む考えを知ってください。

そしてその考えを捨ててください。
古いルールを当てはめないように。

自由に、柔軟に、臨機応変に。

思考に羽がはえ、飛んでいけるように。
大空に羽ばたいていく準備をしてください。

「和音」(110928_110930pmb)


実はこの文章、十年ぐらい前に自動書記で書いた文章(「和音」と最後に書いてある文章はそうです)です。自動書紀と言っても、私と違う存在とのチャネリングではなく、多分は自我意識を超えた高次の自己意識で書いているのではないかと思います。

前のブログで見つけたのでこちらに移したのですが、改めて読んでみると、もしかしてこれ書いている意識は、自分の本来の姿ではないだろうか?と思いました。
つまり生まれてから、なんの制約もなく、余計な情報も取り入れず、自由に自分を謳歌した場合、こんな風になっていたのでは?と思いました。

簡単に言えば、本来の自分の姿です。
文章が表現していることが、ではなく、こういう文章を書く意識が、ということです。
もともと自分にこういう資質があるのではないか?というより、人は誰でもそうだと思います。本来の意識には制限はないですが、肉体を持って人間社会で生きていくうえで、いろんなしがらみを身につけてがんじがらめになっていきます。

いったん身につけて、そこから精査して、本当に自分に必要なことだけ残して、あとは手放す。そしてもっと良い状態(元々の状態)に戻っていくために新たな進化をしていく。

本来の状態の時は可能性は無限ですが、まだ可能性のみで何も起こっていません。そこに動きをもたらすには「異質」が生まれなければなりません。可能性を発現するための種スイッチ、意図です。それにより方向性が生まれ、動き出します。

私たちはその流れの一つに今いるわけです。その流れの中でいろんな体験をして、感じ、考え、次なる”状態”に向かって進んでいます。

「本来の自分」はいつも自分の中にあります。後付けで出来上がった自分(自我)が今直面している世界の中で、どう対応していくかは全体の流れに影響して、求められている方向への調整が進みます。

これを書きながら、今、私には大きな”うねり”が見えます。そのうねりの中でいろんな調整が行われ、より良い状態に向かって進んでいます。

このうねり、もしかすると龍なのか?とふと思いました。龍と言っても、地脈の流れや地下水流、気の流れと、いろんな関連付けがなされます。

今、私に見えているうねりを龍と表現できるかもしれないと感じたのは、この宇宙(このタイムライン宇宙)をある方向に導いているダイナミックな流れのことです。ビッグバン後、宇宙が拡大し続けているという話ですが、その動きですね。

話が大きくなりましたが、本来の自分は、マンガ日本昔ばなしの主題歌のアニメのように、竜に乗った子供なのでしょう。宇宙は、あんな風に楽しく自由に宇宙の流れに乗っていくことを、人間という存在を生み出す時に願ったのしたのかもしれません。

子供の頃によく見てましたよ。
上記の文章を書いた気づきをもってみると、宇宙の意図と本来の人間のありようがまさにこのオープニングアニメに描かれているように見えてしまいます。

情報空間を宇宙の意図という龍に乗って自在に飛んでいく。

これが本来の自分であり、人間が人間たる理想型なのかもしれません。また今後、私たちが向かう先となるでしょう。
(「人間』と記しているのは、人と間だからです。龍と子供だけでなく、彼らが飛んでいる空(空間)も大事な要素です。)

それを思うと、現代のわたしたちがなんと固定されていることか!
それに気づいて自由になっていきましょう!

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