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【短編小説】女子高生がマイノリティになったようですよ〜〜流浪の月編〜〜

この部の長から半ば強制的に登校を命じられたためにめんどくさくなりながら部室へ向かった。
旧校舎の使っていない部屋を部活用で使わさせてもらっているが、一体どうして学校はこのよく分からない部活動を許可したのだろうか。
まず俺はこの部の名前すら知らん。
無理やり入れさせられたために特に興味もなかったのだ。
活動らしい活動がなかったので、ただの冗談程度だと思っていたのがどうして急にやる気を出したのか。
人の気持ちは簡単に変わるし、特に変人である橋本カリナについては考えるだけ徒労に終わるだろう。
ガラガラっとドアを開けると、両手が縛られている橋本カリナがいた。
口にはガムテープが貼られて何やらモゴモゴと言っているが、これはかなり危ない状況に見えた。

「お、おい! どうした!」

動転してしまったがすぐにやるべきことを思い出す。
急いでガムテープを外した。

「大丈夫か! 待ってろ、両手もすぐ、くそっ取れねえ!」

手を縛っているのを外そうとしたが、結束バンドで縛っているため力で外すことができない。
備品棚にハサミがあるので取ってきてすぐに切った。
カリナは大きく息を吐き出してゆっくり声を絞り出した。

「ふぅ、危なかったわ」
「ああ、そうだな。何がーー」
「もしあんたじゃなくてホドハラが来たらどうしようかと思っていたのよ」
「はぁ?」

一体何の心配をしているんだ?
もしかしてこんなことをしたのはホドハラなのか、と疑問に感じているとカリナは何事もなかったかのように立ち上がった。

「久々いいスリルを感じたわ。お化け屋敷もビックリなほど涼しく感じる」
「スリルって、いったい何があったんだ?」
「あの本が見えるでしょ」

机の上を指差すのでそちらを見ると本が立てかけている。
美味しそうなアイスクリームの写真が載っている。
一体あれが何だというんだ。
俺がその本を見たことを確認してから彼女は喋り出す。

「もし監禁された場合って怖いじゃない?」
「まあ、そりゃあ監禁だからな」
「でもどれくらい怖いかって分からないじゃない。だから無防備な状況であんたかホドハラがどっちが先に来るかが運だったら同じように不安を作れるかと思ってね」
「お前はアホなのか?」

さっぱり言っている意味がわからない。

「あんた、もしかしてあの本も知らないの?」
「またか。だから本屋行かない俺が知るわけないだろ」

やれやれと手を大袈裟にあげるので、イラッとする。

「“流浪の月“って作品よ。本屋大賞一位なのよ! そんな名誉ある賞を取った作品を知らないなんて無教養にもほどがあるわ!」
「何だよ本屋大賞って、そんなに有名な賞なのか」
「そりゃー、私が知っているくらいだもん」
「それは何基準だよ。詳しく説明して見せろ」
「えっと、あれよ、本屋で一位なのよ!」

急に挙動不審になり始めやがって、こいつ全く知らねえな。
俺は仕方なくスマホを取り出して、本屋大賞を調べた。

「ナニナニ、時代を超えても残るまたは読み返しても面白い作品を書店員が選んで投票するのか」
「そうそうそんな感じだったわ」

まるで知ってました感を出すこの女を一度デコピンしてやりたい。
そこで2020年度の一位に確かにこの本が載っていた。

「あー、これか。ウェブ通販の評価も高いな」
「ええ、素晴らしい作品よ。こんな恋もあると知って胸がキュンキュンしたわ」
「どんな話なんだ?」
「誘拐された女児と大学生の男がもう一度会う話よ」
「おいおいおいおい」

激ヤバそうな作品じゃないか。
それは色々なところが怒ってしまうんじゃないか?

「大丈夫よ。別に変なことをしたわけでもなく、犯罪者を擁護する話でもないわ。ただマイノリティと呼ばれる少数派の生き辛さを書いた作品なだけよ」
「結構深そうな話だな」
「まあね。私たちもよく常識ってものに縛られるから、真実が歪められることがあるわ。そうならないために注意しておかないと」
「それはそうと話が戻るが何で自分を縛ったんだ?」

尋ねると彼女は答えることなく自分のバッグの方へ向かった。
カバンのサイドポケットのチャックが若干空いている。
そのチャックを完全に開くとスマホが出てきて、ポチポチと何か触っている。
そしてスマホをこちらに向けながらこちらに近付いて来た。
ニコニコした笑いが何か意味しているのだろう。
その写真には俺がカリナの口に付いているガムテープを外そうとしたところで止まっていた。

「これって見方によってはあんたが私を襲おうとしているわよね? 私はみんなに思い込みで考えてはいけないと伝えるために、これをばら撒こうと思うのよ!」
「ふざけるな!」

スマホを取り上げようとするが、彼女は華麗に避ける。
教室内で追いかけっこしているのに捕まらない。
改めてこいつの平均以上の能力値を知る。
その時、外から男女の声が聞こえてくる。
チラッと外にカリナの視線が動いたことに気が付いた。
これは見せるつもりだと思ったので、油断している今、一か八か取りにいく。
しかしそれは彼女がわざと作った隙で、俺の足へ足払いをかけて転ばせてくる。
痛みに呻いている間に早技で足と手を結束バンドで縛られた。

「ふふふ、あの声はホドハラね」
「おいふざけるな!」
「さっきのはウソ嘘。心配しなくてもばらまかないわよ。それに私がそれをみんなに見せたら明らかに嘘ってバレるじゃない」
「なら早く外せ!」
「だからあんたとホドハラの写真を取ってあげるわ!」

なんて恐ろしいことを考えやがる。
必死にもがこうとしたが、口にガムテープを貼られた。
全く声が出せなくなって、カリナは教壇の後ろに隠れた。
そして外から二人の男女が入ってくる。

「ホドハラさんってワイルドなんですね」
「ははは、まあね、僕を慕う人も多いからね。ゲボクなんて僕の奴隷のように扱っている……よーー?」

珍しく口説いてきたホドハラがドアを開けて俺の姿を見て固まった。

「ホドハラさん、どうかしました?」
「いや、ちょっ、待ってーー!」

ホドハラが止めるのが少し遅れて女子生徒が俺のあられもない姿を見てしまった。

「えっ、奴隷って、まさか本当の、あの、ごめんなさい。私やっぱりこの部活に入るのはやめます。ホドハラさんがこんなことする人なんて思いませんでした」
「ちょっと、サヤカちゃん!」

サヤカという女子生徒はスコスコと出て行ってしまった。
空いた口が塞がらないホドハラは俺の方を見てきた。

「僕の青春を奪ったんだ。覚悟はできているだろうね」
「んぐっ! んーん!」

おい待て、ホドハラ!
俺は悪くない!
そこに隠れているカリナが仕組んだだけだ!

全くこっちのことなど分かっていないホドハラが手をポキポキ鳴らしながら迫ってくる。
教壇から俺にだけ見えるように覗くカリナは手を口元にやって、面白そうな顔をしていた。

このクソオンナ!

続く


本日紹介した本はこちらになります。

流浪の月

https://note.com/josephine2100/n/nd014f3ddd337

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