見出し画像

小説のなかに流れる音楽、うつる映像: "Other Voices, Other Rooms" by Truman Capote / "elephant" by Raymond Carver

 心地いい秋晴れ、乾いた空気とカエデの葉、澄んだ空気に浮かぶ月に恵まれ、読書がかなり捗る季節になった。冷房のついていない書庫もかなり過ごしやすくなってありがたい。最近読んだ本は2冊、どちらも20世紀のアメリカ文学で、ずっと忘れられなくなるような作品たちだったので記事にすることにした。一冊はTruman Capoteのデビュー作、"Other Voices, Other Rooms"。これに対するもう一冊は、Raymond Carverの遺作というべき最後の短編集"elephant"。どちらも文学史に残る傑作で、独自の文体と表現力によってほとんど魔術的な魅力を持つ作品である。

"Other Voices, Other Rooms" by Truman Capote

 「ティファニーで朝食を」で有名なTruman Capoteの長編デビュー作は、母を失った少年の逃避行と、どこにも行けない人間たちの、世界の果てを描いた作品だった。わずか23歳の、当時ほとんど無名の作家がこの作品を書き上げた時の、世の人々の衝撃はいったいどれほど大きかったのだろう?
 私が書庫で手に取ったエディションには、この作品が書き上げられるまでの経緯が作家本人よって解説されていた。この解説の文章もまた素晴らしく、田舎の家の小さなベッドルームの情景や、カラッとした朝市の賑わいが、その匂いと共に、ほとんどはっきりとした映像として目の前に立ち上がってくる。"Other Voices, Other Rooms"にも共通することだけれど、カポーティの文章を読んでいると、完璧な画角の、ライティングまで正確な、美しい映像がひっきりなしに頭の中に流れ込んでくるのだった。「情景が目に浮かぶ」と言いたくなる作品は数あれど、ところどころdream-likeな少年の視点とそれとを両立させ、ここまで強烈に印象を残す作家はそういないのではないか。
 "Other Voices, Other Rooms"では、人々の行末を象徴するような、特徴的な架空の地名が登場する。主人公の少年が血縁上の父親を求めてたどり着いた街は"Noon City"と呼ばれ、ニューオーリンズの最果ての街の一つである。日が登るでもない、夕日が沈むでもない、ただ無慈悲な太陽が真上にあって動かないような、明るいままの、白夜にも似た閉塞感を感じる。主人公の父親が住む土地はそこからさらに人里を離れた場所にあり、ただ古い家屋と廃墟ばかりが点々と存在する"Landing"と呼ばれる土地である。人々が「行き着く」場所であり、最後の到達点であり、名実ともに世界の果て、というのにふさわしい。この地名を目にしたとき、村上春樹さんが読者の質問コーナーで、著書である「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の「世界の終わり」は、どちらかというとこの世の最果てのような意味合いが強い、という話をしていたのを思い出した。この話を聞いてから私は密かに自分なりの「世界の終わり」を探して歩いているのだけれど、"Other Voices, Other Rooms"で少年が行き着いた"Landing"は、(想像上ではあるものの)私の中の「世界の終わり」として心に残り続けるのだろうと思った。Joel少年が自分の中にだけある秘密の部屋を訪れていたように、私もこれからLandingの沈みゆく民家を探しにゆくのかもしれない。

Joel少年が出会うRandolphおじさんの妖艶かつ退廃的な魅力に脳を焼かれ、70年近く昔の文学を読んでいるにも関わらず21世紀の日本人オタクの私が暴れ出すという事態があったものの、なんとか無事に読了

One's Self In the Mirror

 "Landing"に着いたJoel少年は、Cousin Randolphと呼ばれるおおよそ30代くらいの男性と出会う。美しいウェーブした金色の髪を垂らし、女物の指輪を身につけ、日本の着物の裾を引きずって歩く彼は、浮世離れした最果ての地の中でさらに独特の空気をを纏った大人として登場する。物語の後半、鏡を見つめた彼の独白は、同じ土地に住む少女Idabelの生き方と重なり、強く印象に残っている。

"They can romanticize us so, mirrors, and that is their secrets: what a subtle torture it would be to destroy all the mirrors in the world: where then could we look for reassurance of our identities?…”

"Other Voices, Other Rooms", Truman Capote, Random House, p. 139.

Ah, if I were really me!

"Other Voices, Other Rooms", Truman Capote, Random House, p. 150.

 彼が見つめる鏡の中の自分は、現実と全く同じ像を結んでいる反射ではなく、自分のありたい姿を写しているものなのだろう。理想と現実との乖離を抱いたまま世界の終わりにたどり着いた人々。その状態でも自分を生きながらえさせるための、ほとんど言い訳のような作業の繰り返し。これもまたこの作品で反復されるテーマの一つである。

"elephant" by Raymond Carver

 Raymond Carverの短編集については、以前にもnoteで感想を書いていた。前回読んだ"Will you please be quiet, please?"を表題作とする短編集が1976年, 最初期の短編小説集であるのに対し、"elephant"は彼の死の直前に書かれた最後の作品集になる。完成された文体と構成、読後に残り続ける景色、そして何より特有のリズムを感じられる会話と地の文の応酬。カポーティの作品を映像が見える小説というなら、カーヴァーの作品は音楽が流れる短編というべきだろう。

最近は良い秋晴れの日が多いので、公共スペースで本を読んでいる人が多かった

  "elephant"は全体的に死を思わせる作品が多い。初期から頻出するテーマであった夫婦関係、眠れぬ夜、人間の残忍さを描きつつも、それらがこれから続いていく人生というよりは、閉じていく終わりを見据えているような印象を受ける。特に、巻末に収録されている"Errand"はアントン・チェーホフの死を取り扱った作品であり、一人の人間の最後の瞬間を克明に描く描写の凄まじさに圧倒された。
 収録されている作品の中で、私が特に気に入ったのは"Whoever Was Using This Bed"。私の中で、カーヴァーといえば眠れぬ夜というイメージが定着しつつあるのだけれど、この作品はまさにそういった場面の夫婦を描いている。同時に、言葉を紡ぎ出すことの力を扱った作品でもある。言葉が音として口から出た時、それはさまざまな形で人に影響を及ぼし、そして悪い形であれば取り返しがつかないということを、美しく、それでいて不穏さも感じさせるような表現に入れ込んでいる。一つ一つの文がハイコンテクストで大きな役割を持つ短編小説という形態に重なるテーマでもあり、この作品が、この作者によって、この形態で発表されたことの効果を噛み締めている。

木漏れ日の中で本を読める最高の季節!!

 最近どうも、読みたい近代文学が渋滞していて全然読む速度が間に合っていない。多くの著者がすでに亡くなっているので新作が投下されることこそないものの、阿修羅像みたいに顔と手が3セットくらいあったら便利なのにな…と思ったりした。あの場合、脳の情報処理はどうなっているんだろう。でもあの形態でマルチタスクできなかったら嘘だよね。呪術廻戦でも腕も口も多ければ多いほど強い!!って話してたし。

 呪術廻戦に登場する両面宿儺(完全体)のヴィジュアルが本当にかっこよくて大好きなのだけれど、あの感じだと2冊同時読みとかはできなそう。それにしても、彼の出自とモチーフをうまいこと表現したあのデザインは本当にかっこいい。嘘みたいに強いし。でかいし。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?