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【短編】落花生の殻を割りながら

パキッとグシャが混ざり合った落花生の殻が割れる音が耳に心地いい
手の中で、最初は硬く、そして、もろく崩れ落ちるような感覚も心地いい
そして、ワッフルのような殻の模様をみているのも、なんとも楽しいと男は思っていた
その落花生に対する思いは、遥か昔の記憶と結びついて懐かしさと心地よさを感じているのだろうと漠然と思いながら、ただ、黙々と落花生の殻を破り、その音を楽しみ、その手の感触を楽しんでいた
しかし、一向にその落花生にまつわる遥か昔の記憶とやらが思い出せない
黙々と落花生の殻を破り、中の実を口に運びながら思い出そうとしてみたが、どうもうまくいかなかった
落花生をジッと見つめながら考えてみる
しかし、落花生とは面白い形をしているものだ
ヒョウタンのように真ん中がくびれていて、両脇の二つのふくらみに、それぞれ、実が一つずつ収まっている
まるで、双子のようだとふいに男は思った
そして、双子のようだという言葉が男の頭の中で何度も何度もリピートして聞こえた
ああ、そうか、昔、聞いたことがある
実は、私は、双子の片割れだったのだ
そう、母親のお腹の中では、私は、いや、私たちは双子だったのだ
ところが、途中で、もう一人の方は 
まるでシャボン玉が割れて消えるように
ある日突然、消えてしまった
そして、私だけがこの世界に生まれ落ちたのだった
そんなことを男は思い出していた
なぜ、こんな大切なことを私は長いこと、すっかり忘れてしまっていたのだろう
と、男は不思議に思った
そして、なぜ、急に思い出したのだろうと思った
落花生のせいか
と、手のひらの中にある落花生を男は改めて見つめた
なぜ、私の双子の片割れは、ある日突然、消えてしまったのか
と、男はぼんやりと思った
そして、あの時は、突然、一人になってしまって
とても悲しく感じていたことを思い出したのだった
そうだ、なぜ、私だけが残ったのか
なぜなんだと悲しくて辛かったんだ
双子の片割れと一緒だった頃は、真っ暗な母親のお腹の中も暗くて暖かくて快適だと思っていたのに双子の片割れが、突然、いなくなってからは、真っ暗な母親のお腹の中は怖くて不安で嫌だと 感じたんだった
真っ暗な中で、自分の鼓動だけが妙に大きく、そして、それだけが耳に響いてくるのが、怖くて不安で、嫌だと思っていたんだ
そんなことを今、男は、鮮明に思い出していた
その間、相変わらず、男の手のひらには落花生が
握られている
ふと、男は我に帰った
そして、男の手の中で、少しあたたかくなった 落花生の殻を割った
割れた落花生の殻の中から、コロンと落花生の実がテーブルに落ちて少し乾いた硬い音を立てた
その時
消えたんじゃない、一つになっただけさ
という言葉が、男の心に聞こえた気がした
そうか、もう一人の私は、どこにも行ってやしなかったのだ
と、男は、ぼんやりと思った
そして、男は、また無心で黙々と落花生の殻を破って、落花生を食べ続けた

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