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【短編】小さなスーパーヒーロー

キャップをななめに被った男の子たちの頭だけが揺れているのが見える
何やら、彼らが、楽しそうに話している声が聞こえる
子供の頃は、僕もそうだった
何が、そんなに楽しいのか、嬉しいのか、よく笑っていたな
と懐かしく思った
そして、かすかに聞こえていた、そのキャップを被った男の子たちの声がだんだんと大きくなってきた
見ると、楽しそうに揺れているキャップの群れは
営業先周りの途中で、缶コーヒーを片手に公園のベンチで小休止している僕の方に近づいてくるのが見えた
そして、彼らは、僕が座っているベンチの後ろの 芝生に車座になって座った
「それでさ、秘密基地を作ろうと思うんだ」
という一人の男の子の声が僕の耳に飛び込んできた
秘密基地、ワクワクするワードだな
と、僕は思って、なんとなく彼らの話に聞き耳を立てた
「秘密基地?
楽しそうだな」
と、もう一人の少年が反応する
「だろ?
こないだ、秘密基地を作るのに、うってつけの場所を見つけたんだよ」
と、秘密基地を提案した少年が嬉しそうに言った
「高橋、秘密基地はいいけどさ
なんで、突然、秘密基地なんだよ」
と、疑問を呈する少年の声が聞こえる
「もー
わかってねーなー
俺らの夢は、スーパーヒーローになる事だろ?」
と、高橋と呼ばれた少年は言った
秘密基地にスーパーヒーローか
夢があっていいなあ
と、僕は空を見上げた
「いや、スーパーヒーローになりたいのは、高橋 お前だけだろ?
勝手に俺たちを入れるなよ」
「安達〜
なんだよ、つめてーなー
スーパーヒーローってのは5人組だって決まってるじゃねーか」
「いや、スーパーヒーローが5人組って誰が決めたんだよ
孤高のスーパーヒーローもたくさんいるだろ?」
というツッコミが一斉にはいる
聴いてるのがバレないように、僕は、思わず笑いそうになるのを必死でこらえた
「とにかく、スーパーヒーローには秘密基地が必要なことは間違いない!
だから、秘密基地を作る!
それで、秘密基地に必要なものを明日、持ち寄って、早速、秘密基地作りにとりかかる」
と、高橋少年が、半ば強引に話を秘密基地に戻した
そして、少年たちは、秘密基地に必要な材料と、誰がそれを持ち寄るかをわいわいと話し始めた
僕の視線の片隅には、少年たちのかぶるキャップがユラユラと楽しそうに揺れているのが見える
5月のさわやかな風を感じながら、そんな少年たちのとりとめのない会話に耳を傾けていると、少し離れたベンチの方で、小さな子供の泣き声が聞こえた
「おい、待て!
小さな子供が泣いてるぞ!
スーパーヒーローの出番だ!
いくぞ、諸君!」
と、神妙な高橋少年の声が聞こえたかと思うとワラワラと少年たちが泣いている子供の方に走って行くのが見えた
どうやら、小さな子供は、石につまづいて転んでしまったようだった
が、しかし、高橋少年率いるスーパーヒーロー戦隊が駆けつける前に、小さな子供は泣き止んで自力で立ち上がった
それを見た高橋少年たちは
「よし!
次の任務に出発だ!」
と、わいわい子犬がじゃれ合うように走っていった
少年たちのキャップが入れ替わり立ち替わり、揺れて遠ざかるのを見届けると、僕は、飲み終わった缶コーヒーの缶をゴミ箱に放り込んだ

転んで泣いている子供を助ける小さなスーパーヒーローか
いや、今回は、空振りだったけど

断られるのが、営業の仕事とはよく言われるけど
やっぱり、成果が上がらないと焦るし、凹むんだよな
でも、僕が売っている機械もほしくて待っている人が、どこかにいるかもしれない
その人たちにとっては、僕は、秘密道具を出すドラえもんかもしれない
小さなスーパーヒーローになれるかもしれない
この仕事は、きついばかりで向いてないかな
と、思ったけど、もう少し続けてみようかな

と、僕は、空を見上げて思った
そして、元気よく、次の営業先に向かって歩いて行った

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