シェアハウス・ロック0826

落語彙1

 落語でしか聞けない言葉がある。それを「落語彙」と名付けてみた。たとえば、次のようなものである。
・心持
 これは、気持ち、気分というのとほとんど同じに使うが、「心持」と言われるとなにがなし江戸情緒に触れたような心持になる。
・本寸法
 これは、日常語で言えば「本格的」「本格派」に近い。
 柳家喬太郎に『コロッケ蕎麦』というものがあり、これはタイトルでわかるように新作である。
 冷凍コロッケが並んでいるところで、あるコロッケが隣のコロッケに、「ねえねえキミ、どうやって食べられたい?」と聞くところがある。
 いろんな食べられ方をそれぞれが言うが、あるコロッケが「ぼくはねえ、揚げられた後、キャベツの千切りのそばに置かれて、おソースを掛けて食べられたいなあ」と言うのに、質問をしたコロッケが「おっ、本寸法だね」とコメントする。
 これが、本寸法の正しい使い方である。
 ようするに江戸は職人の町だったので、「寸法」という語彙で多くのニュアンスをカバーしたというところなのだろう。
「間尺に合わない」も同じデンだろうなあ。ただ、「間尺に合う」というのは聞いたことがない。世の中、間尺に合わないことだらけで、合うことなんかめったにないんだろう。これは「まじゃく」と読むのが本寸法である。ただ、IМEでは、「ましゃく」でないと出てこない。
・了見
 これは「意見」「ものの見方」「考え方」、果ては「思想」「信条」あたりまでカバーするようである。
 たとえば大工の棟梁が、追廻しの下っ端を呼び出し、
「今日は、ひとつ、おめえの了見てえものを聞かせてもらおうじゃねえか」
なんぞと言う。これは、相当怖い。
 影山民夫に『トラブルバスター』シリーズというものがあり、これはテレビ局のトラブルバスターである宇賀神邦彦が語る一人称小説なのだが、上司の田所局長というのが誰かに説教をするシーンがある。記憶で書くと、

「それは、」と言い、田所局長はその後に続く言葉を頭の中の辞書を繰って探すような顔をしていたが、「間違った了見というものです」と続けた。
 あまりたいした辞書ではなかったようだ。

 影山民夫は落語ファンであり、三笑亭可楽(八代目)のファンだったようだ。なかなかシブい趣味である。これだけでも、落語通であることがわかる。
・わき(へ出かける、に行って)
 これはいろんな噺家で憶えている。
 たとえば、古今亭志ん朝は『酢豆腐』で、伊勢屋の若旦那に腐った豆腐をなんとか食わせようと悪勧めするときに、

 あたしら、わきい行って出されたとき、食いようがわからねえといけねえんで、ここで食って見せておくんなさいな。

と言う。項目では「・わき(へ出かける、に行って)」となっているが、用例で明らかなように、「わきい行って」と発音する。
 今回の項目はすべて、私は日常会話では聞いたことがない。落語の中で聞くか、寄席でしか聞いたことがない言葉である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?