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結びの告白|言葉に病んで俳句にかける

▶ 初めて知った 俳句の面白さとはこういうことだったのか…

 以前から俳句に親しんできた身ではありますが、制約に向き合う中で、表現とは何ぞやという疑問が生まれ、言葉に詰まってしまうことが多々ありました。その都度、芭蕉や子規へと帰るのであります。
 特に子規の提唱した「写生」は、行き詰まった身に光を投じてくれるものとなりました。ありのままを言葉でなぞり、見える景色をシンプル化する…
 しかし、写しとることへのこだわりは、技術論へと行きつき、次第に視点が不明確になっていったものであります。もう一度我が句を見つめ直した時、自分は何を写し取ろうとしていたのかと、考え込んでしまうのであります。

 写生とは、五感に触れるものを描きとどめることではない ――― ふと、そんな思いが過った時、五感に映った景色は、そこに意味を生じさせるものだと感じられました。その意味を見つめることに、句作の意義があるのではないか。つまり子規の言う写生とは、自らの心の中を写し取るものなのではないかと…
 このような考えに到ったところから、情句百物語は始まったのであります。


 推敲は、心の在処を突き詰めていく作業となりました。しかし、それを提示する段になれば、「自分は何をしているのだろうか?」と、再び行き詰まるのです。
 自らの内面を他者に示すことは、「利己的行為」にすぎないのではないかと。

 自己は他者の中に確立される ――― 何度も否定しようとしたことが、またここに現れ、視界を遮ってしまいました。そのような時に響いたのが、「おもしろし」という言葉…
 俳諧の連歌から発展した俳句にとって、滑稽に繋がるものとして馴染み深いこの言葉。それに再会したのは、古語拾遺(斎部広成807年)の「素神の追放」の項でありました。それは、天上でスサノオが横暴を極め、太陽神アマテラスを岩戸に隔てた神代に関わる件。そこに、以下のような記述を見つけたのです。

此の時に当りて、上天初めて晴れ、衆倶に相見て、面皆明白し。手を伸して歌ひ舞ふ。相与に称曰はく、「阿波礼。(言ふこころは天晴なり。)阿那於茂志呂。(古語に、事の甚だ切なる、皆阿那と称ふ。言ふこころは衆の面明白きなり。)・・・」

 つまり神々の謀が功を奏し、アマテラスを迎えて空が晴れ渡ったため、誰もが顔を明らかにして舞い歌ったというのです。この時に生まれた言葉に、「あわれ」「おもしろ」があるのです。
 一般に「あわれ」は、他者への慈しみを表す言葉だとされ、細やかな心配りを求める日本文化の真髄だと解釈されているのではないでしょうか。しかしその語源は、天が晴れ渡ったことを示す「天晴」にあり、そこから派生するように「面白」が生まれたというのです。面白とは、光に向き合う者の顔色を表す言葉だと。
 ここに、これまでの創作の作為を疑ったのであります。

 思えば従来の創作活動は、他者の顔色を伺うものでありました。他人への顔向けのために、自分は心中を歪めてしまっていたのではないか?
 昨日までの作品を見返すと、真の「面白み」をとらえていないことに気付きました。心中に他者を住まわせて、その者のために句を捧げる。そして、他人の満ち足りた笑みを仮想することに意識を集中させ、自らの言葉を噛みしめてはいないことを知ったのです。発表に伴う失望は、言うまでもありません。理想と現実の乖離に、全ての作品が取るに足りないもののように思え、目に映る世界は眼前に立ち塞がってしまったのです。
 何と窮屈な世界に生きていたのかと思います。自らの期待がために、他者を皆、向こうに回していたのですから。

 あらためて視線を上げると、「面白み」は違ったものになっていました。それは、他人の顔色に表れたものではなく、向き合ったものの中に現れた自分の姿なのでありました。
 大宇宙は無明の世界ではなく、鏡のようなもの ――― ここに、ただ淡々と生を謳うことを期したのであります。


 情句百物語は、これでおしまい。一箇の遊俳の呟きでありました。