[MTGプロツアー参戦記]世界に触れた日(前編)


 英語を志す人には誰にでもキッカケがある。通訳兼エンジニアとして、家族を養っている私にも、もちろんそれはある・・・が、私の場合はかなり特殊だ。
 この話は、いちTOEIC900ホルダーである私が、英語を仕事にするキッカケとなったお話です。


 時は2005年1月にまで遡る。

 Magic The Gathreing.
私の小学校6年と中学時代、それと大学時代の趣味であるカードゲーム。
一般人…カードゲームというものに興味ない人には全くと言っていいほど知られてはいないが、実は世の中にあるポケモンカードゲームや遊戯王やデュエルマスターズなど、すべてのトレーディングカードゲームの元祖であり、一番歴史が長く、一番プレイヤーの多いゲームでもある。
カードは英語版をはじめ、日本語版、韓国語版、中国語版、ドイツ語、フランス語・・・と何十もの言語に訳されていて、プレイヤーは世界に2000万人とも言われている。
 ゲームなのでうまい下手が存在し、週末は世界各地のゲームショップや公民館、イベント会場、時にはホテルを借り切って大会が行われており、いろんなレベルの大会が開催されている。
その中でも最高クラスの大会がプロツアーと呼ばれる世界選手権だ。

 世界各国の厳しい予選(200~1000人くらい)の予選を勝ち抜いた人だけが参加できる大会で、ゴルフの大会のように上位入賞者には賞金が出る。
その額も大きい。今はeスポーツ化の流れがあり賞金がさらに増額され、優勝すると10万ドルとかになっているが、当時の大会も優勝が3万ドル、64位ですら500ドルがもらえる大会だった。
趣味として遊んで貰える額としては破格である。

しかも、予選を勝ち抜いた人全員に大会の参加権だけでなく、現地までの旅費や航空券まで出してもらえるのでありがたい。大盤振る舞いだ。

うまく予選を勝っていけば、人によっては大会の片手間、ただで年4回世界を旅しながら世界を回れることになる・・・がそんな事ができた人はほんの一握り。単純に予選が厳しいので勝てないのだ。

 前述のように本戦は高額の賞金がでるし、予選ですら優勝すればタダで旅行ができる大会である。その分、予選の参加費は高く、1回3000~5000円。こんな参加費を払って参加できるのは優勝できる自信のある方ばかりなもので、出る人間は全国の腕自慢のプレイヤーばかり。だいたいどの会場に行ってもほとんどは地方のトッププレイヤーで、少なくとも全国大会出るレベルだったり,雑誌に載っている世界大会参加経験ありのプレイヤーしかいない。
 そんなプレイヤーがひしめく中で1位もしくは2位に入らないといけないためプロツアー参加条件は鬼のように厳しい。私が参加権をとった予選もご多分に漏れず、参加者がちょうど400人もいた大会で、予選ラウンド9回戦で当たったプレイヤーも全国大会で見た人ばかり。ここを8勝1敗で決勝トーナメントの8人で争ったのだが、その顔ぶれも8人中4人が世界大会の常連であり、いわゆる”プロ”と呼ばれる格上の人達だった。
しかし何かの間違いで、ここをうっかり勝ってしまった奴がいる。

 私だった。



そんなこんなで2005年1月末。私は同行者とともにプロツアー開催日の前日に、大会会場で受け付けをしに行った。

「・・・おお。これがプロツアーか!外国人ばっかり!ここ日本だっけ?」

2005年1月。ポートメッセ名古屋。
年に4度あるプロツアーだが、当然世界大会なので会場は毎回バラバラ。シアトル、シドニー、バーミンガム、パリ、シカゴ、ベルリン・・・こんな具合だ。日本開催は2年に1度、8大会で1回くらいの頻度なのだが、私が権利を得たのはなんと日本開催のプロツアーだった。

 当時発売された最新のカードセットのタイトルが”神河物語”。この大会でも使用されるカードセットだ。それまでのカードセットでは”ドワーフ”とか”エルフ”といったファンタジーっぽいカードばかりであったが、今作はがらっと雰囲気が変わって日本が舞台のセット。カード名も”狐の刃使い”とか”呪われた浪人”とか”野伏の炎”とか日本的なものが多い。英語版でも”Nobushi-Flame”とかかかれている。そんな事もあって、日本開催だったのだろう。


「はしゃぐなんてみっともないですよー、ジョーさん。まあ初参加なんで仕方ないかもですが。」

同行者は千葉1位、全国でも20位のプレイヤー、私より年下の高校生だ。千葉2位の私はよく練習台にされていたが、そのおかげで質の高い練習ができて、私もプロツアーの舞台に立つことができた。

「そいうやそっちは2回目だよね。前回はどうだったのさ?」

「初日は抜けたけど、2日目にトッププロと当たりすぎて、ぎり賞金圏外でした」

「初参加で2日目残れるだけでもすごいんじゃね?」

「そう!ジョーさんも俺にあやかって下さいね♪」

「ふーん。じゃあさ。もし俺が賞金圏内でフィニッシュできたらなんか奢って」

「ハイハイ!松屋でも吉野家でもOKですよー」

「・・・全然そう思ってないでしょ。あと発想が高校生。」

「高校生ですもん!・・・それはともかく。とりあえず雰囲気に呑まれちゃ無理なので会場に慣れましょう!」

会場はすでにイベントステージや実況席、参加者の試合エリア、対戦ボード、一般観戦者の席、サイドイベントコーナー、海外のカードショップ出店者のブースなどが並んでいた。
前日だというのにすごい熱気だ。

めったに買えない海外ディーラーからカードを買い求める人、翌日のプロツアーの最後の参加権をかけたラストチャンス予選に参加する人、慌ただしく準備をするスタッフやジャッジ、そして参加登録をする我々本戦参加者。

こんなイベント、観戦するだけでもめちゃくちゃ楽しいのに、参加できるなんて本当に夢のようだ。

 「早く受付して帰りましょーよ!」

 「雰囲気に慣れろっていったでしょ!ほんと試合以外興味ねーな!風情を楽しめ!風情を!」

「初参加さんはこれだからー。でも宿も手配してもらったし付き合いますよー」

 

 会場を一回りしたあと、選手受付カウンターにいく。運営会社はアメリカの会社なので、当然受付はアメリカ人。まごつく。

「ねえ、受付ってどうするのさ?外国人だよ!参加2回目の先輩?」

「ジョーさん大学生でしょ!高校生に聞くことじゃないです!テキトーでいいんですよー」

当時の私はTOEIC500点台。いまですら通訳者だが、当時は英語に自信など全くなかった。
仮にも翌日から英語使って賞金3万ドルをかけて世界のトップと戦う人間だがこんな体たらくであった。

”Hi...”
"Hi!"
"I came here, in order to resist tomorrow's pro tour!"
"OK, please fill in this form, and show us your ID"

「なんて言ってるのかな?」
「身分証みせてだってさ」

学生証を見せると、記念の参加Tシャツとプレイヤータグを貰えた。このあともいろいろ説明を受けたが、当時の私にはよく聞き取れなかった。
テキトーに相づち打って、集合時間だけ聞いて解放された。

「なんか俺、英語でプレイするってだけで普段通りプレイ出来んかも。」

「じゃあホテル戻ったら英語でプレイしますか。」

「頼む。つか、そんなに英語出来たんだ。」

「いや、用語と何をしたいかを英語で言えば大丈夫なもんですよ。ちょっとやれば慣れます。」

「ほんとかな・・・まあとりあえず宿に行って飯食いますか。」


実際のところ、ホテルに帰って3時間ほどお互いにカードを英語でプレイしてみると、本当に慣れてきた。
そもそもアメリカ生まれのゲームなので用語は殆ど英語。あとはカードをプレイするタイミングがafterなのかbeforeなのか、何を対象としてカードをプレイするのか、今のライフは何点か、手札は何枚か・・・などを英語で言えれば事足りたので、付け焼き刃でも試合だけなら英語はなんとかなりそうな気がした。

私が雰囲気に飲まれず,大会を戦い通せたのは間違いなくこの時の練習のお蔭だろう。

 
 翌日。プロツアー初日。

「おー!ジョーじゃん!頑張れよ!」
「ありがとう。」

「まさかジョーがもうプロツアーデビューなんてね」
「ラッキーだったけど、貴重な機会なので楽しんでくよー」

「初日落ちしたら風呂ツアーで慰めてやっから楽しんでこい!名古屋はいいらしいってね。」
「えーと、もう少し健全な応援の仕方って無いんですか???」

千葉や東京の仲間達もカードの購入やサイドイベントの参加がてら観戦に来てくれた。
年齢もバラバラ。年もバラバラだが大事な仲間だ。
ついでに応援もバラバラだが嬉しい。

・・・貞操がかかってしまったが。

軽口もそこそこに時間が来る。
私達プレイヤーは会場の参加者しか入れないエリアに集められた。
ちょっと経つとプレイヤーミーティングが始まり、大会の注意事項がヘッドジャッジから告げられる。

 参加者236名。プロツアーにしては少ない方だ。うち日本人は、日本開催だというのにたったの30名。あとは皆さんいろんな国からの参加者だ。周りからは海外の人がよく使っているボディクリームの匂い。本当に海外に居るみたいだ・・・と、匂いに気を取られていたが、よくよく参加者の顔を見るとそうそうたるメンツだ。過去のプロツアー優勝者、つまり世界チャンピオン経験者が20名ほど、各国の王者がいっぱい、みんな雑誌で見たことがある顔だ。
中学時代、雑誌で記事を読んで勉強させてもらい、憧れていたプレイヤーがそこには多数いた。
あ、そう言えば私の目の前も、日本人のランキング2位だった。黒田さんではないか。緊張で気づかなかった。

 こんなプレイヤー達と戦うことが出来る期待と、1勝すら出来るのか?という不安を抱えながら、私は終始キョロキョロしながらプレイヤーミーティングの時間を過ごしていた。まあ英語だからわからんけど。

・・・Good luck, and you may begin!

”You may begin!”は、このゲームのプロツアーのミーティング終了時の決まり文句だ。私も雑誌で日本人のトッププロのプロツアー参戦記で何度も読んで知っているものの、生でこれを聞くことが出来たと思うと、とても感動した。

you may beginとはいうものの。この大会はすぐに試合が始まるわけではない。この大会はリミテッド(限定戦)、しかもロチェスタードラフトだ。
これからドラフト、つまりデッキを作るためのカードの取り合いが始まる。

この大会のフォーマットは限定戦。
もう1つの形式としては構築戦がある。こちらは一般の人考えるような、いわゆる”事前にデッキを作って戦う”という形式。

しかしこの限定戦は、未開封のパックを使って、出たカードで戦うという形式だ。弱いカードを駆使して戦うという、原始的かつ総合力が問われる戦いである。

ゲームを知らない人にこの競技の概念を説明をするのであれば、私はよく料理対決に例えることが多い。

 食材集めをして、料理を作って美味しさを競う料理対決に似ている。例えばパックの中には最高級の人参、腐りかけの豚肉、スーパーのパクチー・・・など使い方も品質もバラバラな材料が入っている。開けるまで中になにが入っているかはわからないが、カードセットだけは解っているのである程度の出現率はわかる。あとは現に出た食材の中から、順番に材料をドラフトしていき、カレーなのか、中華なのか、和食なのか・・・何を作るかを思い浮かべながら材料を収集するような作業ににている。
当然、同じ料理を目指す人がいれば、卓内で同じ食材を取り合うことになるので2人とも満足いく食材が集まらずいいものは出来ない。
キツいのは時間だ。
パックを開封してから確認する時間は30秒。
順番にカードを取っていくが、1回に割り当てられているのは僅かに4秒。このわずかな時間で他人の動向を観察し、自分がいいものを作れるようにカードを取る戦略をたてたり、カードをドラフトしていく。

大事なのは、如何に限られたカードの中で他のプレイヤーの戦略を察知し、いかに自分だけデッキをつよくできるかが勝負の分かれ目だ。無論、カードは全て英語版。
もちろん参加者は全カードの効果なんて嫌というほど諳んじてはいるが。

第1ドラフトのポッド分けが掲示板に張り出された。参加者が掲示板に殺到する。欧州系のプレイヤーが多いので背が高い。187cmの私ですら平均身長くらいだ。
ポッド分けは成績順、といっても大会開始時はみんなスタートラインなのでこの振り分けは完全に運任せである。正直、初日から世界トップと当たる、なんてことは避けたい。

 絶対に避けたい。


大事なことなので2回言った。これがフラグなのかどうかは読み進めてみていただけば分かるだろう。





「ジョーさん、俺のもみといてー」

身長160cmの千葉1位様は、相変わらずのマイペースだった。

まず自分と同行者の確認を終える。私はポッド13、千葉1位はポッド2。
続いてポッド13の顔ぶれを見る。
日本人が私含めて4人、後の海外のプレイヤーは、アメリカの去年の新人王がいるくらいであった。
かなりマシな部類で、ほっと胸をなで下ろした。

円形のテーブルについて周りを見渡す。
日本人が多いものの、半分は外国人。やはりいつもの大会とは違う雰囲気だ。

私の席番号は3。
1番目のプレイヤーが開けたパックの中身を3番目と14番目に取れる位置だ。
とはいえパックの中身の15枚は玉石混交。強いカードは一握り。3番目に取れるものは使えるだろうが、14番目にとれるカードはあまり役に立たないだろう。使う属性、料理でいったらピックする順番が近い両隣と料理の方針が被らず、食材の取り合いが発生しないように他のプレイヤーに対し取ったカードで自分が何を使うかを主張する必要がある。
1→2→3→・・・→8→8→7・・・→2の順番。
ちなみにパック2は2番目のプレイヤーが開封し、3番の私は2番目と15番目、3パック目は私が1番はじめに取る・・・といった流れだ。

最初のパックが開封される。
いきなり強力なレアカードの黒属性のドラゴンが出現し、そのまま開封した人が取る。間違いなくこの人は黒に行く。問題は2番手だ。残された中で一番強いカードもなんと黒。1パックに1枚しか出ないレア枠の次に希少である1パック3枚のアンコモン枠、その中からも黒の超強力カードである”忌まわしい笑い”が出てしまった。敵味方全てのクリーチャー(モンスター)に-2/-2を与える、要は全体破壊のカード。自陣にも被害が出るので大したことないように見えるが全然そんなことはない。自分が有利な場では打たなければいいだけの話だ。不利なときに一方的にちゃぶ台返せるというのは凄いことである。そして、この序盤に取れれば、自分はこれを使うことを前提にしたデッキになるように他のカードを取っていけばいい。次点でかなり劣るが白のコモンカード、狐の刃使い。
 2番手はどうする?

彼は上の人と同じ色を使うのを避け、狐の刃使いをピック。1番目と、下の私と被らないことを選んだ。
「俺は黒は使わない。代わりに白は流してね」という言外のメッセージだ。
こうして私の色のうち1つ(限定戦では2つの色を使うのがセオリー)は黒ですんなり決まった。

2番手のパックからは強力カードは出なかったが、普通に「俺は黒をやる!」と言うことで黒の優良カードを取った。

さて、パック3。私の開封パックだ。

・・・あ。

またアンコモン枠から忌まわしい笑いが出た。3パック目のドラフト順番は私が1番。

”pick me!”


カードがこう言っていた。

こうして僅か3パックで、忌まわしい笑いが2枚。料理でいったら完全にメインディッシュが決まってしまった。

パック8あたりで全員の色がだいたい決まってきたので、私は上下のプレイヤーの色のチョイスを加味して、被りの無い赤を2色目に選んだ。

 この赤で私が遅い巡目でかき集めていたのが、抑えきれない怒りである。4マナ。クリーチャーに修正値,+2/+2。珍しいインスタントタイミングでも使用できるエンチャント。ただし、つけられたクリーチャーは毎ターン攻撃しないといけない。4マナにしては正直弱めなので、ほかのプレイヤーも進んで取りたがらない。


 ここでもう一度、忌まわしい笑いについて解説。

忌まわしい笑いの効果は、敵味方問わず全てのクリーチャーに-2/-2。

-2/-2と言えばこのセットのだいたいのクリーチャーは死ぬが、逆に言えばタフネス3以上にすればいいのである。抑えきれない怒りは、必要コストの割にあまり強くない強化系のカードである。4マナも使う割にデメリットまである。はっきり言って2軍~3軍レベルだ。

しかし、忌まわしい笑い使うことを前提にするのであれば自分で使うのは効果が跳ね上がる。逆に、相手に使われると忌まわしい笑いが打ちづらくなる。自分で回収し、自分で使いつつ相手に使われるのを妨害する。

 そして、これも単体ではコストに比べてあまり強くない黒ずべらというコモンカード。レアリティが低いの出やすい。単体では1/2で、攻撃も守備も頼りない。死亡したときに”このターンに死亡したずべらの数だけ相手はカードを捨てる”と言う能力がついているものの、普通1ターンに死ぬのは多くて1対なので、落とせるのは1枚だけだし、その捨てるカードも相手が選ぶのであまり効果がない。が、それは通常に使ったらの話しである。もし2体出してそれが”同時”に死亡したら?答は2枚×2枚で4枚落としだ。初手が7枚で、1ターン1枚しかカードを引けないこのゲームでは4枚落としなど言われた日には手札は壊滅的になる。
この状況を意図的に作れるのが敵味方全て-2/-2を与えられる”忌まわしい笑い”だ。幸い2枚もあるのでこのコンボが出来る可能性は高い。意図的に回収して、ずべらは3枚を集めることに成功した。

 ハイレベルなプレイヤー同時のドラフトではまず強いカードがドラフト中で放置されることなんて起こらない。
40枚のデッキのうち、24枚はスペルカードになる。ドラフトでとった45枚のうち24枚は使わないといけないが、まともなカードはこのレベルだと16枚くらいしか取れないので、どうしても8枚程度は弱いものを使わざるを得ない。この弱い枠をうまく使えるような工夫も出来た。かなり満足なデッキが完成し、意気揚々と第1試合の組み合わせを見に行き、いささかホッとして緒戦のテーブルに向かった。




「おはようございます…ここだけだとグランプリみたいですね」

相手の方は北海道の代表だ。確か雑誌で見た。プロツアーは2回目の参加だったはず。

「一応プロツアーなんだけどね。まさか初っ端から日本人とあたるとはね」

「同感です」

「まあ初戦をお互い母国語で、気楽にプレーできるのはいいんじゃないんですかね」

「頑張りましょう。お願いします!」

試合開始。相手も日本人だが、私の世界戦が始まった。
限定戦と言うのは、食材集めからの自由な料理対決と言った。
ドラフトが食材集めなら、デュエルは調理のようなもの。プレイングの差が勝負の分かれ目。
私はこの大会で間違いなく最下層だ。相手も世界的には無名とは言え国内の雑誌には登場するレベルである。デッキの強さのアドバンテージでどこまで逃げきれるかだ。気を引き締めて試合に臨んだ。

1本目。初手の7枚の中に早速忌まわしい笑いが。このカードは上手いこと使うと1枚で勝てるときがある。相手がこれ1枚で全滅し、手札にもろくなものが残っていない一方で、こちらの手が充実しているような状況が完成すれば勝ったも同然である。問題はどうやってその状況を作るか。


私は3ターン目に出せるクリーチャーがあるにもかかわらず、何もせずにターンエンド。私の場には2ターン目に出した貧弱なカード1枚。
それをみた相手は此方の手札が悪いと考え、一気に手札を使って4体ものクリーチャーを並べた。
何もしないとあと2ターンで私のライフは0になるが、もちろんここで忌まわしい笑いを唱える。

「あー!持ってたか!ブラフだった!」

これで相手の手札は2枚だけ、私は温存していた分、5枚もある。

返しで一気にためていたカードを並べる。
その返しのターン、相手はとっておきのクリーチャーを出してきた。コイツがいるかぎり私の展開したクリーチャーは攻撃に出せない・・・が、私もそれくらいは想定内。返しでとっておいた除去カードを使って相手のとっておきを破壊し、無人となった相手を3ターン全員で攻撃し、勝利を収めた。

2本目。
カードゲームである以上、どうしても初手が悪いときがある。例えばこのゲームの初手7枚。
土地カードが1枚もないのである。

土地カードはこのゲームの基本であり、1ターンに1枚、あれば出すことができるカードだ。このカードからは魔力が出せる。つまり1ターンに1点ずつ使う魔力が拡張でき、ターンが進むにつれ強力で高コストのカードが使えるようになる。
土地が1枚もないと言うことは、つまり7枚の手札のどのカードも、後のターンで十分な土地を引いて並べるまで唱えることが出来ないということであり、はっきり言って勝負にならない。
こういうときは次の初手を1枚少なくする代わりに、カードを引き直すことができる。
相当不利になるが、負けるこの手札よりはマシだ。

手札をデッキに戻し、お互いにシャッフルをした後、6枚を引き直す。

土地5枚、コスト6のスペル1枚。
今度は唱えられる呪文がない。もしも序盤から速攻でクリーチャー展開されて畳みかけられたら引きによっては1枚も呪文を唱えることなく5ターン目には死んでいる。
どうする、5枚に引き直すか?

このゲームにおいて5枚スタートというのはそうとうキツい。将棋で言えば飛車角落ちのようなものである。

・・・多分さっきの展開もあるし、相手は速攻展開した後に忌まわしい笑いで壊滅させられるのが嫌なはず。

「キープします」

そう宣言した。

第2ゲーム。

「・・・手札、今5枚ですよね?」
自分のメインフェイズで相手の状況を確認し少し考える素振りをし、わざとらしく見えない程度に手札のクリーチャーを出すかを考える・・・振りをする。

手札は何度見ても土地ばかり。攻められたらひとたまりもない。
これで私の手札の中に忌まわしい笑いがあると思わせて展開を遅らせてもらえばチャンスが生まれる。
この時全力展開されていたら為すすべもなくこのゲームを落としていただろうが、よほど先程のゲームの負け方が堪えたのだろう、全部を展開するようなことはされなかった。

先手第9ターン。
私が引いてきた1体のクリーチャーだけではすでに戦線が限界であり、一方的に攻撃される場になってしまった。手札は相変わらず土地でいっぱい。なにもしようにも出来ない。

後3ターンでライフは0になる。

後手第9ターン。また土地だった。さすがに覚悟を決める。

先手第10ターン。流石にココまでくると私が忌まわしい笑いを持っているならとっくに打っている段階なので、相手も私の手札が悪いことに感づく。クリーチャーをさらに追加し、私の命は後1ターンになった。

後攻第10ターン。
私がブラフを入れていなければ本来迎えることがなかったターン。自分がブラフで、自らの意志で作ったワンチャンスだ。
カードを引く。本来引けることのなかったカードだ。忌まわしい笑いは残り24枚の中に2枚。

・・・信じられないようだが、そのカードは忌まわしい笑いであった。
すぐに打って場をまっさらにする。

相手の4体のクリーチャーが全滅し、とりあえずの危機を回避できた。
これで場だけはイーブンだ。

「引くのかよ…」

私も同感。

ただ、自分のプレイングで可能性を追い続けたからこそ生じた結果だとも言える。

さて返しのターン。
流石に相手もさっきのゲームで懲りたのか、まだ1体を温存していた。私に手札には1枚の除去カードがあるが、そんなにクリーチャーとしては強くないカードだ。正直打つのが勿体ない。が、それはこちらに何かクリーチャーがあればの話だ。なにもいない今は十分脅威的。次のターンから攻撃してくる。

とりあえずマナだけは潤沢にある私は、あいつ以上のカードを引けないか様子見する事に。

後手第11ターン。

呪われた浪人を引いた。
4マナなのに1/1.能力として黒マナ1点を支払うと、ターン終了まで+1/+1の修正を得られる。
普通はそんなに強くない。4マナにしては割高であり、私もどっかのパックの9手目か10手目に取った、数合わせ要因である。

が、私はこのゲーム、土地ばっかりしか引いていないのでマナは潤沢。なんとこの時点で沼が7枚も並んでいた。8/8にまで成長する。相手の20あるライフも3ターンで削りきれるし、相手の場の2/2クリーチャーはこちらのサイズからすると相手にならないので攻撃もしてこれない。この状況下においては、デッキ内最強のカードといっていい。

先手12ターン。相手が3/2飛行を出してくる。私のライフは6。これは浪人もブロック出来ない。放置してたら2ターンで殺されるので流石に除去する。

後手12ターン。浪人で攻撃。相手は2/2でブロックしないことを選択。沼を全てタップして黒マナ7点出して浪人を8/8に強化。相手のライフが20から12へ。ターン終了。

先手13ターン、2/2が攻撃してくる。浪人はさっき攻撃してタップされているのでブロック出来ず残りライフ4。相手2/1出してターン終了。

次に浪人を攻撃に出しても、削りきれず追加のブロッカー出せなきゃ返しで4点喰らって死亡である。
普通に考えればもう攻撃出来ず、浪人をブロッカーにして膠着状態となる。

だがそれは削り切れなければの話だ。

後手13ターン。1枚のカードを引いて場を見渡す。場には浪人、沼が7枚、山が5枚。

手札は3枚。山、抑えきれない怒り、そして今引いた氷河の光線。2マナで対象のクリーチャーかプレイヤーに2点を与えるカードであり、是が非でも欲しいカードだった。これで相手のクリーチャー数を減らせる。俄然有利になる・・・いや違う!もっといい手がある!

・・・うまくいけばだが、相手をミスリードすればこのターン中に勝てる、そう思った。

「戦闘に入ります。」
カードを引いてから5秒ほど間をおいて、私はそう告げた。
「浪人で・・・攻撃します!」

相手からすると不自然だ。
ライフ12点。沼は7枚。場だけを見ればスルーしても最大8点で4点残る。削り切れない。
返しで私にはブロッカーが居ないので4点が入り勝てる。普通に考えれば私が引いたのは追加のクリーチャーで、戦闘後にブロッカーを出すと思うだろう。であれば浪人に対しいま召喚した2/1を差し出す意味がない。スルーだ。

・・・そう思うのは承知の上。

「スルーします。」

勝った!後はショータイムだ。

「分かりました。ではダメージ確定前に抑えきれない怒りを浪人にエンチャントして+2/+2します。4マナは全て山で支払います。で、更に沼7枚タップしてダメージが10点ですね。・・・残りは2点、と。」

戦闘終了。
私の場には僅かにアンタップの山が1枚。

「第2メインフェイズで手札から山を出します。」
相手の顔が凍りつく。だがもう遅い。
2マナ。手札は1枚。

「氷河の光線をあなたに。」

プレイヤーに2点。2点だった相手のライフは、0になった。

「ありがとうございました。」
「ありがとうございました。頑張ってください。」

相手が手を差し出してきた。
国内の大会では滅多にないが、プロツアーでは試合終了後に握手するのが礼儀だ。

「はい。お互い頑張りましょう。」
「じゃあ、呼びますか。」

”Judge!”
”hi"
"We've finished."
"winner?"
"Me. with2-0"
"OK, write down your name here."

ジャッジ立ち会いの元、結果記入シートにお互いのサインを入れてジャッジに渡す。これで試合終了だ。

「それでは。」
そう言って、プロツアーエリアを後にした。

僅か30分程度の試合であったが、ひどく緊張したせいか疲れた。相手も一筋縄で勝てる相手などいない。これをあと最長で14試合もやるのか。

1ラウンドは60分+延長10分程度。
次の試合までにはあと40分ある。
私は気になっていたプロツアー参加者しか入れないエリア、プロラウンジに行くことにした。

受付でパスを見せる。今回は会場が日本なので会場全体としては日本人が圧倒的に多い。中にはパス無しで入ろうとする不届きな一般参加者がいるため、パスを確認するのは必須らしい。

「おお!お疲れ様!どうだった?」

仲のいい東京のカード仲間だ。関東の大会の決勝ラウンドでぶつかる間柄だ。

「勝ったよー…って何でここいるの?お前参加権ないだろ。」

「ああ、この参加者タグね。知り合いのプロに借りた。」

当時はラウンジ黎明期。セキュリティーはガバガバであった。

「ここいいねー!飲み物も食べ物もただ!落ち着いて座れる場所もある!」

ジュースもピザも無料。
リンゴが高級そうな銀皿に山のように積まれていて、アメリカの参加者がみんなこぞって丸かじりしていた。私も彼らに倣う。

「それで・・・モゴモゴ・・・デッキはどうなのさ」

「モゴモゴ・・・これ見て」

リンゴ丸かじりしながらの会話。

「へー。プロツアーにしてはかなり強いじゃん!あ、忌まわしい笑い2枚もあるの?」

「でしょー」

「2-1か3-0狙えるね。」

「ありがとう、そういってもらえると心強い」

ちょっと仲間と話せて元気が出た。そのうちに千葉1位様も来て、お互い勝って、”現在暫定世界1位!”などと宣って2回戦を迎えた。

第2ラウンド。
ポッドが8人なので、1ラウンド後には4人の勝者と4人の敗者に別れる。2ラウンド目は勝者は勝者同士、敗者は敗者同士で当たる。
要は次当たるのはもっと強い人やデッキの可能性が高いと言うことだ。
相手はカナダ人。遂に国際試合デビューだ。

1本目。
今振り返ると私はとても恵まれていた。
初めての国際試合で、これ以上ないような楽な初手を引き当てられたのだから。
沼×2山×2ずべら×2忌まわしい笑い。
思惑通り、2,3ターンにずべらを展開し、相手の第4ターンで忌まわしい笑いを撃った。
自分のずべら2体と相手のクリーチャーが敵味方全滅。

”Discard 4 please.”

手札は相手だけ全滅。

手札もマナもない相手に対し、私の手札に残った4枚の強力カードが止まるわけがない。

第2ゲーム

ゲームである以上、引きの偏りは仕方ない。後手で土地2枚の手札をキープしたら、そこから土地を引けずに死亡。4割が土地なので、3ターン中に1枚は引けると思ったのだが。

第3ゲーム。

今度は先手スタート。軽いカードが多く、2,3ターン目に2/1や3/1を2/2を出して序盤から攻め立てる。
第5ターンではすでに相手はライフ11。2/1は相打ち取られたがまだ3/1と2/2は健在だ。
相手は返しで2/1、2/2を召還してターンを返してくる。これで攻撃するとブロックされて相打ちになりお互いまっさらになるのが普通だが、そうはさせない。

"attack with 3/1 and 2/2!"
"OK, then block in this way."

相手は2/1を3/1の前に、2/2を2/2の前に置いた。

"Then, I will maniacal rage to 3/1 , in block assign step."

抑えきれない怒りを3/1のネズミの浪人にプレイ。
こいつは対クリーチャー戦だけ+1/+1になる能力があるが、2/1にブロックされるとそのままだと4/2 vs 2/1 で 死ぬので+2/+2の強化をする。

これで6/4 vs 2/1.一方的に相手の2/1を打ち取った。


(知らない人向けの解説)

ちなみに。

クリーチャーのステータスの表記は

パワー(攻撃力)/タフネス(HP)

である。クリーチャーは戦闘で、パワーに等しいダメージをプレーヤーもしくはクリーチャーに与える。クリーチャーがダメージを受けた場合、そのダメージがタフネス以上であれば、破壊される。

例えば、①3/1 と ②1/4  が戦闘で戦った場合、

①は②に3点のダメージを与える。②のタフネスは4なので4-3で1残る。なので生存する。

②は①に1点のダメージを与える。①のタフネスは1なので1-1=0。破壊される。

結果、この戦闘では②だけが一方的に生き残ることになる。

(以上解説)


何度も言うが本来こいつは割高のイマイチなカードだ。入れている主な理由は忌まわしい笑いと相性がいいからだ。自分のクリーチャーに付ければ、一方的に被害を回避できる。が、こういうような先手を取れた場合には強い時もある。

ok...意外そうな顔をしながら、相手は2体を墓地エリアにおく。私もこの戦闘で死んだ2/2を置く。
場には5/3(戦闘の対クリーチャー時は6/4)となったネズミの浪人が残った。

返しのターン。相手は4/3を出してきた。
抑えきれない怒りがイマイチな事の最大の理由は、エンチャントをつけてしまうと毎ターン必ず攻撃しないといけないことだ。6/4 vs 4/3なので、今度こそ返しのターンで相打ちかと思っていた。

が、次のターンで引いたカードに目を丸くした。

そのまま戦闘フェイズに入る。ネズミの浪人のアタックは強制だ。アタックする。4/3ブロック。

たった今引いたカードを見せながらこう言った。

”I'll play another rage!

そのカードは2枚目の抑えきれない怒り。さらに+2/+2. 相手の4/3を一方的に打ち取る。
7/5になったネズミの浪人は、今度こそ止まらなかった。

"Good game!"
数ターン後、相手がこう言って手を差し出し、私の第2ラウンドは終わった。

”you too!"

試合後、5分ほど感想戦をした。
どんな初手だったかや、引いたカード、考えた戦略についてなど。不思議なもので、好きなことだからなのかTOEIC500レベルでもしっかり意志疎通できた。そんなもんかもしれないが、とにかくその時は海外の人と話せる英語ってすごい!と思った。

ともあれ2連勝。
足切り判定の第6ラウンドまでに、あと2勝2敗以上でokとなった。

第3ラウンド。
私は2連勝なので、卓内のもう1人の2連勝のプレイヤーと戦う。卓内最強決定戦だ。
もしもここを勝てれば、3-0という素晴らしいスコアで第2ドラフトと第4~第6ラウンドを迎えられる。相手はアメリカ人。だが言葉の壁は先ほどの試合でなくなった。英語に対する気負いはもうない。あとは純粋な勝負だ。

カード同士の組み合わせによるコンボがあると言うことは、当然カード同士、デッキの相性が存在する。

相手は青緑。
その意味で私のデッキとの相性は最悪であった。
緑のクリーチャーは頑丈なやつが多く、タフネス3が多く存在する。ここまで必殺技扱いだった忌まわしい笑いがこの相手だと途端に弱体化する。
そして青。飛行能力を持ったクリーチャーが多く、飛行の少ない赤黒では止めにくい。さらに極めつけは青特有の打ち消し呪文。自分のターンにマナを使えない、相手が意図通りの行動をしてくれなければ無駄になるリスクはあるが、相手のカードを無かったことにできる。
私が忌まわしい笑いという爆弾カードを2枚も取った、と言うことは公開情報だ。公衆の面前でピックした。
打たれる可能性が高い、と事前に解っていれば対策も立てやすい。もっともそれを実行しやすいのが彼のデッキであった。

相手はプロ。それも全勝中の手練れだ。
不利なゲームを運勝負に、運勝負を確実に勝つのがプロであるし、相手の運勝負の目を確実に摘むのもプロ。
為すすべもなく2連敗だった。

感想戦。

”I think your deck is best in the pod, but just a little bit unfavorite to mine”

"I cant agree with you any more"

自他共に強かったのは私のデッキだった。ただ相性が悪かったのだ。
ただし、好相性になるようにくんだのは相手の力。それを実感したのがこの台詞。

”Do you remember 5th player's pick? It made me pick blue card.”

"What?"

"He pick ○○ and next player ○○..."

ビックリした。
確かにこのロチェスタードラフトでは全てのパックの中身が公開される。
だが全部で360枚のカードがなにがでて誰がどの順番で取ったかなどこの時の私には出来る人などいないと思っていた。たまにテレビで神経衰弱が滅茶苦茶強い人がいるがそのたぐいだ。

天才だ。そう思った。

人として興味がでたので、練習がてら同じデッキでプレイしながらたどたどしい英語でいろいろ質問した。

仕事のこと、家庭のこと、趣味とのつきあい方。私が知るような大人とは一線を画す人だった。
こんな人になりたい。そう思った。

そして、第2ドラフトではもっと集中しよう。彼ほど把握はできないにせよ、相手のデッキ内のカードをすべて知っているというのは相当なアドバンテージだ。そう決意した。

全カードの把握。天才だけに許された技(のように見えた。)
まさか、大会中にそれが出来るようになるとはこのときは微塵も思っていなかった。

第2ドラフトのポッドが発表される。
同じ成績の人が集まるので、私は2勝1敗のプレイヤーのポッドだ。3戦全勝のプレイヤーの集まるポッドの次に厳しい卓だ。
第7ポッド。さてメンバーは・・・

あ、JPN(日本人)がいる。だれだろ。
・・・・・・顔が青ざめる。

そこにあったのは、日本最強プレイヤーの石田格氏の名前だった。

私が小学6年の時に初めて買ったゲーム雑誌に日本最強プレイヤーとして紹介されていたプレイヤー。それから8年間、ずっと日本のトップを走りつづけている私の憧れだ。昨年は団体戦で世界2位にもなっている。その人と同じポッドを囲むことになる。組み合わせによっては直接対決もあり得るのだ。
続いてアメリカのグランプリチャンプ、ジェイコブ氏。世界最強のアメリカの中でもトップクラスのプレイヤーだ。この人もヤバい。
その他、各国を代表するプレイヤー5名。
そして、私。場違いも甚だしい。

第1ドラフトに比べてかなり厳しい面子だ。私が戦った中で文句なく1番ハイレベルな卓である。
が、ここを2勝1敗以上で切り抜けなければ私のプロツアーはその時点で足切りだ。間違いなく私の人生で一番エキサイトな、夢のような時間が僅かあと4時間で終わってしまう!

絶対にいやだ。

相手が誰だとしても。
何としても勝つ。
そう決意して、テーブルに向かった。


卓につく。当たり前だが雑誌で見た人ばっかり。
当たり前か。世界トップの戦いだもの。私も一応はその1人としてこの場に立っている。日本代表として恥ずかしくないドラフトと試合をしよう。

”Open 1st pack!”

ジャッジのアナウンス。

かくして私だけが新人の第7ポッドの第2ドラフトがスタートした。

見れば見るほどキツい面子だ。先程よりもいいドラフトをしなければ。少しでも必死に情報を得ようともがこう。


1パック目が開封される。並べられたら15枚を見ながら私はカードの強さや色の関係から誰が何を取っていくかをピック前から予想する。1枚、また1枚とピックが進んでいく。ほぼ私の予想通り。1枚だけ違ったが、想定の範囲内。どうなったら自分の番で何を取るかもパックがあいた時点で考えている。

2パック目。同じように中身が並べられた時点で予想を3通りくらい立てる。今度は1パック目で取られたカードも勘案しながら。

さっき彼はあれを取ったから、次はこれを取るはず、あっちの彼は次はこれを取るはず・・・自分はこれをとろう。もし彼がアッチを取ったら次の彼はこうなるはずだから・・・こんな作業を5パック続けて、自分の開封番になったときふと気づいた。




あれ。


・・・誰がなに取ったか全部解る。

そっか。これが3回戦の彼が見ていた景色なんだな。

 いつもより深く集中できる。ピックの間の4秒もさっきよりもずっと長いように感じる。そして、出たカードや相手のピックの中からデッキ構成を予測し、それに応じたpickが出来る。さっきの卓で彼が勝てたはずだ。

今回でた360枚の中からはタフネス1の、線の細いカードが多かった。なので、私は普段よりも優先して対象に1点ダメージを与えられるカードを集めた。兜蛾を無視して霜投げを取ったときには驚かれたが、お陰でいい赤青デッキが完成。終盤に3手目に伝説の青カードを回してもらえたため、デッキが一気に引き締まった。

 結構ドラフト失敗していて見るからに弱いデッキも多かったが、流石に石田氏とジェイコブは綺麗に強いデッキを作っていた。当たりたくないな…と思っていると第4ラウンドの組み合わせがでる。


良かった。失敗していた人だ。

第4ラウンド。

彼のデッキのクリーチャーは殆どタフネス1。私の2枚の霜投げと赤本殿が刺さる。何しろ1枚出すだけほぼ完封なのだ。1本目をサクッと取ってからの2本目。初手が弱い。引き直しても弱い。5枚スタート。流石に死んだ。

3本目。また初手が弱い。引き直しても弱い。5枚スタート。飛車角落ちだ。


嘘だろ?こんなんで負けるのか?


幸い手札は軽い。2マナ1/1飛行と3マナ2/1飛行、氷河の光線に島と山。

既にカード枚数では3枚の差。持久戦では勝てない。もう速攻で殴り切るしかないと、手札を早々に全部並べて攻め立てた。
ターン4。土地2枚と3/1飛行を引き込み土地4枚とクリーチャー3体。手札はたった1枚、氷河の光線。

相手の初動は3ターン目の狐の刃使い。無視して攻撃して相手ライフ16。
4ターン目に蛾乗りの侍。これは飛行持ちなので返しで氷河の光線で破壊。全員攻撃。ライフ10。土地を引いたので1/1飛行の能力で引き直す。秘境の抑制!相手百爪の神。また飛行だ。こちらの攻撃が通らないサイズである。だが止めさせるか。返しで秘境の抑制で沈黙させる。全員攻撃。ライフ4。ターンエンド。

もうネタは尽きた。相手に何もなければ。
相手がカードを引く。何かあったらもうしょうがない。

相手のアクション。



”I consider...”

相手が出したのは、カードではなく右手だった。

"Good game.And good luck!"
"You too!"

初手には恵まれていなかったが、展開には恵まれていた。しかし,キツいゲームだった。

プロエリアをでて仲間に報告。
「勝ったよー♪」
「3-1?後1勝じゃん!」
「でも石田さんとジェイコブいる卓だからなあ」
「次、当たらないといいな」
「全くだ」

3勝1敗。あと2回のうち1回勝てれば足切り回避だ。ただし明らかな格上が2人いる。この2人は勝っただろうか。次に当たるかもしれないが、勝者は4人。2人が勝っても3割は当たらない。当たらないといいなあ・・・と思いながらラウンジで休憩。やはり相当消耗しているようで、糖分がやたら美味しい。
チョコレートをバリバリ頬張って、5ラウンドの組み合わせを待つ。

時間が来た。第5ラウンドの組み合わせにはこう書かれていた。

ジョー vs Jacob Michael

当たってしまった。

世界トップとの、生き残りと賞金をかけた試合が始まる。

「風呂ツアー!」
「うるせー!(笑)」

テーブルに向かう前の仲間の激励(?)
そいうや貞操もあったか。

"Hi."
"Hi."
プロツアーにおいては凡ミスでもペナルティーは重い。例えばドラフトしたときのカードの記入ミス。やらかしただけで1ゲーム負け扱いだ。
遅刻。これも無条件に負け。だから相手を間違えてゲームを始めて遅刻した日には目も当てられないので普通は名前を確認するもんだ。
が、相手は有名人。顔みりゃわかるので割愛。

第5ラウンドが始まった。
相手は超格上であり、デッキも私と同じくらい強いのだが・・・相性の差で1ゲーム目はあっさり勝利。ここでも線の細いクリーチャーに私のドラフトしたカードが刺さる刺さる。
 霜投げが2体並んだ時点で勝負あり。

2本目。先程のラウンドでは私が初手が酷くひどい目にあったが今度は相手が初手が酷いらしく手札5枚でスタート。
 おまけにこちらは相性がいい霜投げ2体と赤本殿搭載。相手の出したクリーチャーを丁寧に潰していき、持久戦に持ち込んであっさりと勝利。

・・・勝っちゃったよ。
僅か20分足らず。
運が良かったのもあるが一番楽な試合だった。

大金星&初日突破&貞操死守。


「・・・マジで?」

「うん。勝っちゃったよ。てことで夜のプロツアーは不参加です」

友人に報告。どこか残念そうだ。


程なくして千葉1位も試合を終えて来た。

「勝ったー!」

自分から嬉しそうに言いながら走ってくるのが高校生らしい。まあ気を使わないですむので有り難い。

「あ、ジョーさんはどうでしたか?ジェイコブとだったでしょ?」

「よくぞ聞いてくれました!」

お互い4勝1敗。共に初日突破である。とはいえ一つでも上を目指さないといけない。ベスト8を目指すなら、最終的に11勝4敗以上が必要。6ラウンド目も勝っておきたいがこれが難しいのは第1ドラフトの通り。各ドラフトの全勝同士の3試合目は卓内最強決定戦なので、これまでの相手よりも強いのだ。

そういやウチのポッドのもう1つの勝者対決はどうなっているんだろう。気になって組み合わせを見る。 やはり石田さんは勝っていて、もう1人の勝者と戦っている。

あ・・・終わった。どっちだ。


順当に、石田さんが勝っていた。
と、言うことは第6ラウンドでは組み合わせは・・・



第6ラウンド。
千葉2位 対 日本最強。

当然こうなる。

将棋で例えるなら、新人プロが羽生善治永世名人に挑むようなものだ。ただし、私は藤井総太さんのような力も華やかさももってはいない。



「おつ」
「おつ」
「南無」

仲間の慰め。だが世界トップと普通に当たるのがプロツアーだ。そんなもんだと思っている私は別に落胆していない。

それに、このドラフトで出たカードは殆どを覚えている。特にジェイコブと石田さんのカードはマークしていた。向こうも把握しているだろうがこれで対等にはなっている。プレイングは向こうが旨いだろうが、差が出にくい簡単なデッキだし、相性はこっちのやや良い。前ラウンドでジェイコブを倒したこともあり私自身は全く落胆せず、

「見てろよ。これ買ったら飯奢りだからな!ヤバトンのわらじカツで宜しく!」

仲間にそう要求した。

テーブルに向かう。既に石田さんはスタンバイしていた。実は、初対面ではない。向こうは覚えていないかもだが。


「プロツアーって、どんなところなんですか?」

1999年、中学3年。
1度だけお小遣いを貯めて、渋谷のDCIトーナメントセンターのトーナメントに参加したときのことだ。
そこに石田さんがいたため、これはチャンスと憧れのプレイヤーに私はそう質問した。

「めったに戦えないような強い人ばかりと戦えるとても楽しいところ!出ると成長出来るよ。」

「オレ、大きくなったら出てみたいんです!アドバイス貰えないでしょうか?」

「いっぱい試合に出て、強い人と戦って、その内容をしっかりと反省する事かな。頑張って!」

その言葉を胸にしまって4年。大学の合格発表日には、それまで封印していたカードを開封し、私は地元のトーナメントに出始めた。3ヶ月後。700人参加の日本選手権予選で5位入賞を勝ち取り、始めての全国大会に出た。6勝6敗。世界で活躍している日本人とも何度も当たり、レベルの違いを思い知った。
翌年。再び日本選手権予選を抜け、日本選手権で今度は9勝3敗。日本のトップレベルとも昨年よりは渡り合え、順調に実力がついてきたことを実感した。そして3ヶ月前のプロツアー予選でこの大会の権利を得ることが出来た。そのきっかけをくれた人と、今から私は戦う。ワクワクしてしょうがない。

そんな事を回想しつつ、卓につく。

「よろしくお願いします。」

「はい、よろしくお願いします。」

そういや4試合振りの日本語での試合だな。
だが、一番キツい試合になることを、日本語をしゃべりながら再認識した。

ダイスロール。私が先手だ。私のデッキは今回は速攻系。これは大きい。

1本目。初手もかなりいい。2ターン目空民の先達、3ターン目浪人の犬師とクリーチャーを並べていく。相手の初動は3ターン目の空民の雨刻み。これは助かる。先達と相打ちならokだし犬師は止まらない。第4ターン、とりあえず土地をおいて攻撃したがスルーされた。相手ライフ13。4マナ。考えどころだ。霜投げを出す?私のデッキにコイツが2体入ることは石田さんも知っているはずだ。となると当然返しで除去してくるはず。でないと雨刻みが落とされる。鏡渡り?雨刻みと相打ち取られる。
ここは1マナ損だが、激憤の本殿で。こいつなら対処はされまい。本殿を出した。

返しのターン。
氷河の光線が犬師に飛んでくる。
で、エンド。あ、ランド止まってる。

ならば攻め時である。
返しで雨刻み除去してかまどの神と鏡映の神。
相手のハンドに土地がないと言うことはスペルのみ。相当数の除去があるが、除去がおいつかないペースで展開すればよい。相手の除去もピックがわかっているのでやられることは想像がつく。相手ライフ12。
返しでランド引かれて霜投げが出てきたが、時すでに遅し。これを山伏の炎で破壊し、フルアタック。相手ライフ7。青ずべらを出したところで勝負あり。

1本取った。
相手の展開が悪かったとは言え、自分でも信じられない。

2本目。
代わって相手が先手。今度は相手がよく回る。
必死に抵抗する。
”あれ”を持たれていなければ耐えれると思いブロッカーを展開するも。あれが打たれた。

そのカードは、私が第1ドラフトで愛用した忌まわしい笑いである。ウチの子たち、小粒なんです。相手の咆哮の神だけ2体残って死亡。

3本目。
初手は島、山×2、空民の先達、空民の雨刻み、山伏の炎、咆哮の神。4ラウンド目の手札のようだ。ただしハンドは7枚。安定度がちがう。とは言え先程のように忌まわしい笑いでの全滅は避ける必要がある。

気をつけながら攻めていくと、また相手が3ランドストップした。

一気に攻めると相手ライフ1。手札2枚。私は18あるが、クリーチャーは全滅。
ようやく攻めが終わったように見えたが、私の手には2枚のカード、霜投げと霜剣山の暴れ者。
どちらも出して,次の自分のターンを迎えれば確実にダメージを与えられる。相手ライフ1なので勝ちが確定する。

相手のピックを思い出す。
この試合では引いていないが、確かに山伏の炎を取っていた。これを入れると相手のデッキ内の除去呪文は3つ。あとは氷河の光線と忌まわしい笑い。こいつらは霜投げは破壊出来るが3/3の霜剣山は破壊出来ない。どちらも持っている可能性。次に引かれる可能性。全てを勘案して正解を出す。

両方出して相手に1ターンだけを与えた場合。
これは一番早く試合を決める可能性があるが、相手が上記3枚のうち2枚の除去いずれの組み合わせを持っている場合私が攻め手を失う。
忌まわしい笑い+氷河の光線の場合目も当てられない。相手は土地を少なめに引いているので、あれらはスペルの可能性が高いのだ。他の選択肢を検討する。

先に弱い1/2の霜投げだけを出す場合は?
生き残れば勿論勝利。また、もしも除去が山伏の炎だけしか無いとか、忌まわしい笑いと山伏の炎の組み合わせの場合、大量破壊である忌まわしい笑いを温存して山伏の炎を打つ場合もある。というか彼の立場ならそうせざるを得ない。相手にとっては私の手札は見えていないし、こいつらだけが課題と言うわけではない。この状況では私にクリーチャーを連続で引かれて数で上回られた瞬間死ぬからだ。

最悪のカード、山伏の炎を持たれていたとしても。
それを確実に消費させられる手だ。

私は1/2の霜投げだけを出してターンエンド宣言。
「ターン終了前に山伏の炎。霜投げに。」

やはり石田さんは持っていた。相手にとっては仕方ないとは言え、相手にとって勿体ない除去の使い方をさせることが出来た。

返しでクリーチャーを展開される。が、もう関係ない。私は返しで霜剣山の暴れ者をプレイしてターンを渡す。
もう、相手のデッキにコイツを除去出来るカードは理論的に残っていないのだ。

石田さんはカードを引いた後、「負けました」と言いカードを片付けた。

「ありがとうございました。」

試合でそれまで見ていなかったカード。確かに石田さんがドラフト中にピックした山伏の炎。360枚のカードのたかが1枚。たかが1枚、されど勝負を決めた1枚。
第2ドラフトで、全てのカードを覚えていたからこその勝利だった。

憧れのプレイヤー。いろいろ話したいことはあったがフルセットで1時間丸々の試合。後10分後には第3ドラフトが始まる。おまけに私は勝者だ。やめとこう。

「失礼します。」

その場を去った。



プロエリアを出て仲間のもとへ。

「おかえりー。」
「このあと第3ドラフトと7ラウンドでしょ?今日は後3時間くらいかな?」

誰も結果に触れない。期待してない。私は静かにこういった。

「5-1した。」

「は?」

「夕食はヤバトン、わらじカツな」


「奢りで?」


「うん。勝って帰ってきました!」

「おおー!」
「まじか!」
「もうお前に足向けて寝られねー!」

友人たちが笑う。奢りだというのに嬉しそうだ。


「お、抜けた!?」


歓喜ムードの中、声をかけられた。
野球のイチローならぬ日本mtg界のイチローさんこと、志村さんだ。隣県、筑波大の1つ年上のプレイヤーであり、関東で活躍している。プロツアーも何度も出られていて、上位にも何度も入っている日本屈指のプレイヤー。活動エリアが近いので大会で良く会う。私がプロツアーにでる前から声をかけてくれている気さくな方だ。
カードゲーマーなのにイケメンで性格もよく、年も近いので私の尊敬する先輩プレイヤーだ。

「はいっ!自分でも信じられませんが、なんと5-1です!」

「お!すごいじゃん!がんばって!賞金とってこいよ!」

憧れのプレイヤーからの応援は、やはり嬉しい。
が、今重要なことを言われた。賞金である。
ちょうど通過者も発表されたので、友人と一緒に確認にいく。

236名参加の大会も、6ラウンド目の足切り判定で88名に。150名のプレイヤーが4勝2敗のノルマをクリア出来なかったのだ。

全勝者は僅かに4名。勝ち点18。次点が私を含めた5勝1敗。26名。残りが4勝1敗1分と4勝2敗。
暫定5位タイ。正確に言うと、同じ勝ち点の場合は戦った相手の勝率が高ければ高いほど、つまり倒した相手の強さによって順位が決まるシステムなので現在17位ではあるが自分でも信じられない。
ベスト8すら狙える位置だ。

気になる賞金は。

1位30000$、2位20000$、ベスト8 7000$ ベスト16 3000$ ベスト32 1250$ ベスト64 500$
この間の順位はこれらの中間。例えば10位なら5500$も貰える。

これをたった88名で争う。
8割以上が賞金確定。しかも私は暫定5位タイ。夢が広がる。

「牛角・・・」

友人が呟く。

「ハイハイ!賞金とれたらね!」

30000$取れたらいいなあ…

そんな妄想を吹っ飛ばすようなポッドの発表が控えていることとはつゆ知らず、私たちはしばしこの僥倖を喜び合っていた。


程なくして、第3ポッドが発表され、私たち一同は凍りつくことになる。いや、あんまりすぎて笑っていた。
それは、私がキツいキツいといっていた第2ポッドですらマシに見える内容であった。

"Pod3 is featured pod!"

当然のごとくフィーチャリングポッドのアナウンスが入る。参加者、観客、ジャッジ。私のポッドは、誰の目にも断トツでこのラウンドの目玉であった。

フィーチャリングポッド。
その名の通り凄いプレイヤーばかりの注目ポッドだ。甲子園でも、たまに決勝でもないのに1回戦で大阪桐蔭対横浜とかの序盤から注目カードが発生することがある。その試合は決まって翌日のスポーツ欄に大きく取り上げられるがこれはそのMTG版だ。
強豪同士の対決。

何が普通と違うかというと、取材が入る。なんと公式のライターが何人もつき、公式記事を書いてくれるのだ。観客としてみる分には楽しい。
が、プレイする方には地獄である。

私は数に入っていないが、他が凄い。
この内容なら当然だろう。

1 Lebedowicz, Osyp 15→プロツアーチャンピオン
2 Carlsson, Simon 15→国代表
3 Remie, Jeroen 15→プロツアーチャンピオン
4 私→凡人
5 Johannsen, Dennis 15→国代表
6 Harkonen, Jarno 15→国代表
7 Kuroda, Masashiro 15→プロツアーチャンピオン
8 Wiegersma Jelger 15→プロツアーチャンピオン

「・・・これ、プロツアー決勝卓じゃね?
一人を除いて。」

「・・・うん。俺なんでここにいるんだろ。」

「骨は拾ってやるよ」

「行ってくる」

「ああそうだ。真面目な話。」
「今日はお前は2回も奇跡を起こしてる。凄い人2人も倒してるからな。お陰で2食もおごる羽目になった。」

「ゴチ♪」

実は3回だ。大会中にドラフトでカードを覚える力が着いたんだ、などとは言わない。
おそらくコレは今のモチベーションによる一時的なものだ。言ったら次のドラフトは精度が落ちる気がした。

「だから!」
「今日はツイている日だと思って思い切り行け!」

「・・・行ってくる!」

「全勝したら世界デビューだぞー!」

テンションが上がっていたので、定かではないが私の声がうわずった気がしたのは多分気のせいじゃない。

かくして。
世界チャンピオン4人。国内トップ3人。場違い1人

私のキャリア至上、最も厳しいドラフトが始まろうとしていた。


第3ポッドに着く。
チャンピオン同士が英語で談笑していた。おそらくこんな早々で決勝卓クラスの卓になってしまっていることをネタにしたり、次のプロツアーの構築戦のことを話しているのだろう。混ざりたいが、ダレヤネンが混ぜれる話でもなければ、英語力もない。
せめて英語がもっと堪能なら少しは会話が出来るのにと悔しい思いをした。だが今はいいドラフトをする事に集中だ。せめてドラフトで頑張らないと全敗は当然だし、何より公式記事に残る。第2ドラフトのように集中しろ、私。今一度自分に発破をかけた。

ふと、私の好きな麻雀漫画の”天”の東西決戦の決勝でも”一瞬でいい・・・最高の時!”と天が決勝で原田という強敵と相対したときに試合そのものを楽しみながらそう呟いていたことを思い出す。

ああ、これが自分にとっての最高の時なんだな。無意識にそう思ったからこそ、漫画がフラッシュバックしたんだろう。

 幸い、全員のピックを把握する能力は第2ドラフトに引き続いてまだ活きていた。全体のピックは公式記事に譲るとして、私は両隣とも色の取り合いなどの大したトラブルも無く(勿論被らないように譲り合いを行った)、早々に今回の色を赤緑に決めた。
両隣もそれを承諾した直後、氷河の光線が3枚も私の元まで流れてくるタイミングで出現。すべて回収する。この大会で1ラウンド目からずっと愛用しているカードだが、何が凄いかというと、2マナで大半のクリーチャーを破壊できることと、連携といって、もしも手札に複数枚の連携可能スペルがあると、手札消費なしでこのカードを使うことが出来る。ただでさえ強力なカードが2回使えるのだ。
2枚程度では1ゲーム中に複数枚引けることなどなかなか無いが、3枚ならそのうち2枚を引くことはよくある。そして、それを後押しするようにデッキの上から3枚のカードを見て入れ替えできる師範の占い駒2枚と、自身と引き替えにデッキから土地を持ってきた後でデッキを切り直せる故老2枚を搭載。
コレでデッキの上から3枚のカードが気に入らなくても切り直しで新しい3枚を引き直せる。

突出したレアカードは無いが、このレベルにも関わらず数合わせ的なカードが1枚もなく、みんなまんべんなく強いデッキが出来た。

料理・・・ステーキ皿で例えると、1,2ドラフトが超一流の高級ステーキにスーパーの人参やジャガイモを何とかしてうまくマシに調理したステーキ皿。
これはまんべんなく全てが一流~準一流の肉とジャガイモと人参とインゲンとバターとソースで作られたステーキ皿の食材を集められたと言うところか。

こちらの方が総合的に出来が良い。

全てのピックを把握していたからこそ言える。
卓内でも間違いなくいいドラフトができた。

材料7割プレイ3割。材料集めではリード出来た。大きなアドバンテージだ。少なくともここまでは引けを取っていない。

取ったカードを並べてデッキを作成し、ジャッジに提出。
残った時間で何度か初手を引いたり、ターンを進めてみる。
・・・よし!思った通りかなりいけている。

後は、プレイスキル勝負だ。望むところであるそれでも7回戦はチャンピオンには当たりたくないが。

程なくして7回戦の組み合わせが発表される。


これまで散々初手の悪さに悩まされたが、展開自体は良かったりして悪いことの後にはいいことがあった。そして、今回のドラフトではいいデッキを作れた。

良いことの後には、悪いことがあるものだ。

そう。
掲示板には無情にも、私の横にWiegersma Jelgerの文字が書かれていた。

日本最強の次は世界チャンピオンである。

もうどうにでもなれー。


Wiegersma Jelger。

プロツアーシアトル2004王者。当時は1年前だったので記憶にも新しい。

名人に名手無しというが、まさに「安定」を絵に描いたようなプレイヤーであり、プロツアーを賞金圏外で終えたことは滅多にない。

そして、後の2008年に殿堂入りすることになるオランダの伝説。

もちろんプレイング・もドラフトも正確無比。ドラフトでもいいデッキを作っていた。

ちなみに背も高く、205㎝くらいだろうか。会場でも一際大きく目立っていた。187㎝の私が小人扱いだ。

料理で言ったら誰も疑いようのない三ツ星シェフである。

この人に対し、せいぜい食堂のおっちゃんか、よくて1つ星シェフ程度の私がどれだけ渡り合えるか。楽しみだ。



"Hi."

"Hi.!... I't was terrible pod!!"

世界チャンピオンにとってもひどいポッドだったようである。


"Year, I can't agree with you any more!!!. As this PT is my first PT, so the featuring made me little nervous..."


"Oh? first? But I think you did well in draft!"

世界チャンピオンからみても今回の私のドラフトは好印象だったようで、私がPT初出場だというのは意外だったそうだ。素直にうれしい。

最初は自分より大きくて威圧感を感じていたが、ちょっと雑談したところでいい感じに緊張もほぐれ試合開始。

 第1ゲーム。

まさに理想通りの動きができた。

 ダイスロールに負けて後攻。
初手に1枚の氷河の光線と師範の占い駒と、櫻族の長老。

駒でデッキの上から3枚を見て、2枚目の氷河の光線がなかったため長老を使ってデッキシャッフル。新しい3枚を見たところ、氷河の光線がいた。

 相手の展開が早かったものの、光線2枚使って全滅させると相手がネタ切れとなる。そのスキに霜投げと本殿と血の信徒。

 相手の出したクリーチャーを、カードも使わずに場だけで全滅させる準備が完成してしまった。

世界王者の速攻を捌ききった!

・・・もう、誰であろうとここまでくるとどうにもならない。さすがに勝ち。



 なんと世界チャンピオン相手に1本目を取ってしまった。

今の自分は120%どころか、140%くらいの力が出ている。140%の力を出さないと勝てないと見るか、140%の力を出せば勝てると見るか。

私の思考はもちろん後者。・・・イケる!
こう言う時、楽天家な自分の性格はありがたい。

とんでもないことが起ころうとしている。そんな気がした。


2ゲーム目。
相手の先手。私の初手は悪くはない。
が、いささか重め。氷河の光線も無い。相手が理想通りの初手でも無い限り許容範囲である。
若干いやな感じはするが6枚引き直してもこれ以上にはなかなかならない。
"keep."といった。

相手2ターン目、薄膜葵の侍、3ターン目兜蛾、4ターン目長尾。
私が出来たことは、3ターン目狩猟の神と4ターン目霜投げ程度。

ここまでアドバンテージを取った”安定”の世界王者から逆転できる訳もなく5分足らずで取り返される。

”Too fast!”
"Year, it's lucky."

自分がプレイミスをしたわけではない。
多分私の手札がもっと強くてもこの展開なら負けている。

チャンプはラッキーだったと言っているがそうではない。こういうラッキーな展開になる爆発力を秘めたデッキが組めること自体、相手の実力だ。

泣いても笑っても3本目。

私の展開が早いが、相手もついて来て消耗戦。
とっておきの苔の神まで除去されるが相手もネタ切れで引き合い。こうなると私の方が有利。
なにせ駒があるのだ。
私だけデッキの上から3枚が見られ、好きな順番に入れ替え可能。合法積み込みだ。
ただし、現状デッキの上から3枚は全て土地。
ここでデッキをシャッフルできる桜族の長老を引く。2マナ1/1.戦闘能力は皆無だ。が、コイツにはこのデッキにうってつけな素晴らしい能力がある。

すぐにプレイし、生け贄に捧げ、土地を1枚デッキから出す。デッキを見たので、そこには当然シャッフルが入る。
3枚積まれていた不要牌である土地は、別のカードに入れ替わる。その後で、駒を使って新たな3枚を確認し、積み順を入れ替られるのだ。
相手は積まれた順にしか引けないのだから圧倒的な差だ。

自分がシャッフルした後、デッキを相手に渡してシャッフルしてもらう。駒を起動する。3枚のカードを引く。表をみる。


勝てる!世界王者に勝てる!
3枚のカードを見るまでは、そう思っていた。

が、無情にもそれは、全て土地であったのだ。



土地カード。魔力の源であり、マナを出せるというか、マナしか出せないと言うか。

ないとスペルを唱えられないので困るし、かと言って引きすぎても困るカードだ。
セオリーでは土地はデッキに4割。限定戦デッキは40枚。よって16枚入れるのがセオリーだ。

3枚続けて土地の可能性は 40パーセントの3剰。
およそ6.4パーセントだ。想定外である。
3秒ほど固まる・・・もこれで条件は5分になっただけ。

まだ希望はある。

返しのターン。
相手がトップから長尾を引いてくる。
お互いネタ切れの状況下での大型クリーチャー。
ヤバい。

私のターン。
デッキの上から3番目に氷河の光線。1番目と2番目は土地だ。
長尾は3/3.これじゃない。

相手、つぶやく神。
兜蛾が墓地にいるため光線打てない。

なんか引いてくれ。
私のターン。3枚目のカードは、土地であった。
ライフ的にもう追いつけない。私の負けである。

"I consider...good game!"
私は今日2回目の自分からの握手を求めた。

"Thank you! good game!"
チャンプは力強く私の手を握り返した。
流石2m超え。大きな手だ。

本日最後の試合が終わった。
今日はもう試合はない。
ラウンド終了まではまだ15分。

初参加なのにチャンプを手こずらせたことが感心されたのか暫く質問攻めされたあと、最後に1ゲームだけ”デッキの中身はお互いに他言無用”という条件で練習でフリープレイをさせてもらい、夢のような時間を過ごした。

おいおい、世界王者と練習してるよ私。
なお、私の勝ちだった。

もう少し英語喋れたら、もっといろいろ話せるのにと思ったのはこれで今日2回目だ。

最後に"good lick tomorrow!”といって解散した。


「ただいまー。さすがに負けたー。」
「でも内容的には互角以上だったじゃない」
「うん…」

そう。本当に惜しい試合であった。

俯く。
ふと、ルーキーズの初めての試合の後を思い出す。
ああ、川藤のいってた「たまらんだろうなあ」と言うのはこんな気持ちか。

「奢るよ。矢場とん行こう。おーい!」


俯いた顔が崩れる。



「ぎゃっはっは!」

「おお?」

「見た?ワールドクラス2人倒して、チャンプまで追い詰めたよ?俺だってやればできるっつーの!」

「まったく凹んでねー!」

「負けたにしても内容いいからね!飲むぞー!」

「あ、ビールは自腹ね。」

「ケチー!」

怒涛の1日の終わり。緊張からの解放。
そして、望外の成果。手痛い1敗であったが、チャンプと互角に渡り合えた最後のゲームは、翌日の自信に繋がることになる。

矢場とんに行ってわらじカツを食べた後、仲間と別れ千葉1位とホテルで合流。

「せーの。」

「5-2!」
「6-1!」


「「・・・」」「「凄くね?」」

「いや6勝1敗の方がすごいだろ」「いや初参加で初日5‐2はびっくり」


流石千葉1位。
隣の第2ポッドでも勝ったらしい。だが私もやつを驚かせる成績は取れた。

寝る前に1時間、デッキを使って戦ったり、お互いの卓のことやサイドボードの使い方の確認をして就寝した。

 なお、プレイヤー仲間のうち、1名は宣言通り風呂ツアーに行ったことを付け加えておく。


[day1 result]

ジョー
初日5勝2敗。暫定30位(236人中).

翌日6勝2敗でベスト8。


(後編へ)

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