見出し画像

【アナ雪Let It Go】2 − 6.希望の虚偽【2.ひとと人間の境目から】

 日本では「アナ雪」の愛称で知られ、世界的な大ヒット作となった映画『FROZEN』の挿入歌、「Let It Go」を取り上げたい。日本語版では「Let It Go 〜ありのままで〜」というタイトルで話題になった、名曲として知られるこの曲だが、どのような文脈で歌われたかを考えるとなかなか壮絶である。映画自体はハッピーエンドに終わるものの、この曲が歌われたシーンを確認したうえで、改めて曲の持つ意味を考えたい。ある王国に長女として生まれたエルサは触れたものを凍らせたり雪や氷をつくることのできる魔法の力を持っているが、幼いある日、その能力で誤って妹のアナを傷付けてしまう。両親はエルサが自らの能力をコントロールできるようになるまで城を閉ざして生活することを決意し(のち海難事故により他界)、そのような環境もあってか周囲を傷付けてしまうことを恐れたエルサは自分の能力を隠しながら生きる。ところが年月が経ったある日、戴冠式の日にひょんなことからその魔法の力が暴走してしまい、能力を知った周囲から怪物呼ばわりされたエルサは王国から逃げ出すことになる。そして、魔法で築いた氷の城でひとり生きていくことを決意するのだが、そんな文脈で歌われるのがかの名曲「Let It Go」なのだ。以下に、歌詞の一部を引用する。

Don't let them in,
Don't let them see
Be the good girl you always have to be
Conceal
Don't feel,
Don't let them know…
Well, now they know!

Let it go, let it go
Can’t hold it back anymore
Let it go, let it go
Turn away and slam the door
I don't carewhat they're going to say
Let the storm rage on
The cold never bothered me anyway

(……)

It's time to see
What I can do
To test the limits and break through
No right, no wrong
No rules for me
I'm free![119]

つまるところ、ありのままで生きるという開放感のある曲であることは間違いないのだが、これが意味するのは、社会のなかでありのままで生きるということではなく、既存の社会を捨て去って、自分ひとりでありのまま生きるということなのだ。
 この姿勢は、『影をなくした男』であるペーターと似ている。社会と折り合いを付けることを諦め、そのなかで自分が生きる道を見つけるという姿勢である。とはいえ、エルサとペーターには大きな相違点がある。『FROZEN』では、最終的にエルサは「真実の愛」により魔法の力をコントロールできることがわかり、城を閉ざすことをやめ、社会のなかで生きることになる。俗に言うハッピーエンドというやつである。美しい姉妹愛が描かれた素晴らしい映画ということにはなるのだろうし、こうした清々しいほどの大逆転で幸福な人生を手にできるのであればそれに越したことはない。とはいえ、当たり前のことだが、映画のストーリーとして成立するだけあって、一般的な話、現実によくある構造とは言えないだろう。逆に、ある種のリアリティを持って描かれたであろう『影をなくした男』は、読んだが何を言いたいのかわからないとか、すっきりしないという感想を持つひとも少なくない。
 そのようなわけで映画を批判する意図は一切ないのだが、それにしても、「影」をなくしたまま社会と距離を置いたままのペーターが、社会規範を内面化し後悔していたことを考えると、エルサの思い切り、社会を捨て去ったことで解放された姿は刮目に値する。ここに平凡な一人の青年と、庇護のもと生まれ育った王女の心的に蓄えてきたものの違いが出ていると言ってしまえば身も蓋もないが、ときには開き直ることも必要だと考えることもできるのではないか。たとえば、学校に行かない子どもたちの手記を集めた本のまえがきには、以下のように書かれている。

学校に行く、行かないは、おおげさに言えば人生の一つの選択に過ぎないと思うのです。ですから学校をこよなく愛する人たちには、皮肉ではなく未来永劫学校に行ってもらえれば、それはそれで誠に結構な事だと思うのです。[120]

社会に適応する、適応しないは、おおげさに言えば人生の一つの要素に過ぎないと思うのです。ですから現在の社会をこよなく愛する人たちには、皮肉ではなく未来永劫社会に適応していてもらえれば、それはそれで誠に結構な事だと思うのです。そう言ったら、言い過ぎであろうか。

________________________________

[119]Kristen Anderson- Lopez、Robert Lopez作詞、「Let It Go」『アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック』。
[120]中沢淳「まえがき」『学校に行かない僕から学校に行かない君へ』、教育史料出版会、五〜六頁。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?