【他者の苦しみは否定できるのか】4−3.「認識の暴力」に抗して【4.終わるもの、終わらないもの】
「人間は、認識したいと思っていることをそこに認識する[143]」。しかるに、ひとは、「真の」、「客観的」な世界を認識することはできない。こうした命題はいまや自明のものとして、認識にまつわるわれわれの諸問題の前に鎮座している。つまるところ、人間は諸器官を通してしか外部世界を感知することはできず、そうした情報はまた脳、そして言語を通して存在することになるのであって、このようにひとはさまざまなフィルターを通してしか世界を見ることはできず、そこには必ず何らかの色メガネ=フィルターが