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読書感想 : アメリカ黒人とキリスト教 ― 葛藤の歴史とスピリチュアリティの諸相

さて、今回も120%独断と偏見で読書記録を書き綴ろう。

今回の本は「アメリカ黒人とキリスト教 ― 葛藤の歴史とスピリチュアリティの諸相」です。

著者は黒崎 真(くろさき まこと)氏。
神田外語大学外国語学部学科准教授で、そうなんです、キリスト教が絡む内容の本でありながら著者はキリスト教徒でないのが興味深いんだよね。
(個人的な意見だがクリスチャンとして、非クリスチャン的視点からのキリスト教絡みの意見や読み物は大切だと思う)
まず、読んでみて思ったのが、テレビであれほど騒がれるのにそもそも"黒人差別"について自分はなにも知らなかったんだなってこと。さらに言うと自分のキリスト教観って"日本に住んでいる日系ブラジル人"の価値観だなってこと。
歴史的にも社会的にも黒人差別って想像できる以上に深いものなんだって思わされるし、太平洋の向こう側にいる彼らのキリスト教ってのに触れる機会をくれた本だった。

この本はシンプルに分けると前半の "黒人キリスト教信仰の歴史"、後半の "各文化の分野での黒人キリスト教信仰の影響"、そして最後に "預言者と治療者の違い" について話が展開する。
そしてなぜ黒人たちの苦しみの根源である白人文化がもたらした"白人の宗教"であるキリスト教を黒人たちは受け入れるに至ったのかということを見つけ出すことをある意味、目的とした本だ。
といっても見つけ出せるかはハッキリしないが・・・

では本の内容の話をしよう


前半はもっぱら歴史の勉強です。

大航海時代の新大陸発見に伴う労働力の確保をヨーロッパ諸国はアフリカ大陸の黒人を奴隷とすることで解決しようとしました。

世界史の授業でさわり程度ならみんな勉強した内容がいかに表面的なほんの一部であるかを気づかされました。

例えば;

・最初期の黒人たちは奴隷ではなく、今でいう出稼ぎのような形でアメリカへ働きに行っていたこと。
・すべての奴隷主が悪人だったわけでなく中には黒人奴隷たちにむしろ好待遇をしていた者もいた。
・奴隷主の子供たちと奴隷の子供たちは成人近くまで交流があった。
・奴隷たちだって祝日や休日があった

などなど、書こうと思えばキリがない。

自分の母国であるブラジルでも奴隷制はあったが、アメリカで大きく違ったのが州によってその奴隷制度に対して"キリスト教的な疑問"を抱いていたかなのではないかってこと。
知っての通り、疑問が最終的には南北戦争に発展した。北側が勝利し、制度としての奴隷制は終わりを告げた。しかし、一度できてしまった社会制度を変えるのはそう簡単なものではない。身分上は"奴隷"なる人はいないということになったが、それでも黒人と白人は"同じではない"という概念は残っていた。

制度上の奴隷制は撤廃されたがそれに代わって訪れたのが公民権上の人種差別だった。当時はそもそもそれを差別だとすら思っていなかったようだが。
黒人たちは多くの社会的な面で劣等的扱いを受けた。選挙権が認められなかったりは、職業の自由がなかったり、等々。

奴隷制撤廃後は長いことそういった苦しみの中にいたが、18世紀末から19世紀初頭にかけてことは動くようになってきた。と言ってもその動きはノロくて、最終的には20世紀末に入ってキング牧師をはじめとする動きがあって初めて公民権上の平等を黒人たち手に入れることができた。

ここでキリスト教的な見方を説明しよう。
いくつかの疑問がまず生じると思う。仮にこの世でもっとも最悪な隣人だろうとも "愛しなさい" という宗教であるのがキリスト教である。さらに言うと聖書でははっきりと、女も男も、奴隷も自由な人も、律法に従うものも異邦人も、神の前では平等であると言っているし、同じように大切な命であると言っている。
ならなぜ、白人は人の尊厳そのものを著しく損なう "奴隷制" というもので黒人たちを苦しめたのか、ということである。
この本ではいくつかの理由を述べているが、長くなるので一つだけ紹介する。
それは単純に肉体的な自由と救いは、精神的な自由と救い、そして霊的な自由と救いとは関係がないという見解を当時の(白人)クリスチャンたちの大半が持っていたということだ。だから例えば、奴隷主は奴隷たちの魂が救われるためにむしろ積極的に黒人たちを礼拝に参加させたり、洗礼を受けさせたりしていた。奴隷というみじめな生活を地上で送っていても、最終的には天国へ行ければ問題ないとでも彼らは思っていたんだろう。

はぁ、なんてバカなんだろうか・・・同じクリスチャンとして恥ずかしい・・・

他にもこの前半部分では "隠れた教会" "南部から北部への逃走" "黒人説教者の出現" など、ほかにも興味深いことが書かれている。一つずつ説明すると長くなるしネタバレになるのでやめておくが、隠れた教会の解説の部分は読んでいて日本の隠れキリシタンに似ている部分があると思った。

20世紀になり公民権運動の話になると、ついついキング牧師のことばかりを想像していたけれど、そもそも彼以外にも色々な活動家(キリスト教の人も、そうでない人も)がいて、それぞれの立場から黒人の権利を主張していた。
そして、その時の教会(特に黒人主導の教会)のほとんどがキング牧師と一緒に立ち上がったものだと思われがちだが、実はその逆で、ほとんどの教会は保守的な考えのもとで黙り込んだ。黙るだけではなく中には公民権運動に反対をした教会も多かった。
ここで言えるのは一部の人たちが立ち上がり声を上げることで、良くも悪くも目立つということだ。

後半は文化的な側面で黒人とキリスト教についての話だ。

ある意味 "黒人らしい" 文化を世俗的にではなくて、逆にそこにどういったキリスト教的な側面があるかにフォーカスを当てて話が展開する。

1つ目はアメリカ黒人が出エジプト記のストーリーを自分に投影していること。
この部分を読むまでは全く知らなかったのだが、読んでいて納得ができる。奴隷だったユダヤ人たちが解放され、自由を手に入れ新天地を目指したこと。奴隷である自分たちにそれを投影し、同じ結果を目指すのはある意味自然な流れともとれる。
これは後にキング牧師が自分たちを「モーセ世代」とし、オバマ前大統領が自分たちを「ヨシュア世代」と位置づけたのにもつながる部分である。

2つ目は黒人教会の霊的な側面にフォーカスを当てている。
黒人教会の礼拝は "歌" "祈り" "説教" の三大要素からなっていて、それがアフリカの文化や宗教であったり、奴隷時代の "隠れた教会" の名残、などなど、さまざまが影響を与え形成されている。そしてこの三大要素は別々に成り立っているわけでなくそれぞれが互いに影響し合っている。
また面白いのが、黒人教会の特に説教が他の教会にも少なからず影響を与えていることだ。

3つ目はなんとソウルフードについてだ。
この章ではそれほど霊的な/キリスト教的な側面については触れていない。
文化を形成する、気づかれにくいが側面である食文化もまた、大切な一部である。
黒人たちはのソウル、"魂" とは何なのか?また、ほかの民族とどう違うのか、その違いをどう明確化するのか。疑問や驚きが尽きない章になっている。大切なのはソウルフードと呼ばれるものは "地域" "時代" "世代" "作る者" "食べる者" "食材" "調理法" など多くの要素が複雑に絡み合い成り立っている。

話がそれるが、面白いのがブラジルで食べられている日本食の一つである焼きそばは日本のモノとだいぶ違う。むしろ中華料理に近いものになっている。これもソウルフードだけでなくエスニック料理と呼ばれるような料理がいかに複雑なのかを示している。

4つ目はヒップホップだよう♪
一般的にヒップホップの中で、特にラップ音楽はいかにも "世俗的" で "聖" を意味する教会とは真逆に位置するものだと思われて当たり前だと思う。確かにそうである部分も大きいが、クリスチャン・ラップなどそうでもない部分もある。それだけでなく、ラップ音楽は黒人たちが自分たちがおかれている状況、特に近代以降のストリートの暴力や貧困への霊的&精神的な応答であり、祈りであり、嘆きでもある。教会内外での神の再解釈への試みともとれる。

最後に、"預言者と治療者の違い"でこの本の締めくくられている。

"預言者" "治療者"と言われて、何のことかと思われるかもしれない。簡単に言うと、近代と現代でアメリカ黒人たちを代表する二人のことだ。

それは、
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアバラク・フセイン・オバマ2世の二人である。

一般的には、キング牧師が道半ば成し遂げられなかったことをオバマ前大統領が成し遂げたかのように受け止めているが、そうと言える部分もあるありながらも実際はそうではないのではと思わされる。

そもそもこの二人は本質が違う
片や、社会の不平等を訴える者、弱者に寄り添う者、構造を変えようとする者、間違いを批判する者であり、旧約聖書に出てくるような "預言者" のように荒療治で国を変えようとするキング牧師。
もう片や、勝ち取った平等を評価する者、全市民に寄り添う者、構造を保とうとする者、寛容を訴える者であり、"治療者"として傷つき弱ったものに寄り添いながら全国民のために国を変えようとするオバマ前大統領。

キング牧師はたびたび政界へ進むように勧められながらもあくまで社会のカウンター的な位置づけの聖職者であり続けたのと逆に、オバマ前大統領はむしろ積極的に政界へ進出することで政治家としての行動力を行使したといえる。

面白いのが旧約聖書の時代の預言者は、当時の最高権力者である国王を必要であれば批判する立場の者だった。公民権運動のために立ち上がり痛烈に国を批判したキング牧師とつながる部分である。

なので二者をイコールや前任者後任者などと関連付けるのは間違っている。だがキング牧師がいたからこそオバマ前大統領がいたといえるのも確かである。

今のアメリカに目を向けると、残念ながらオバマ前大統領によってキング牧師の夢が成就されたとは簡単に言えない。
むしろ現大統領によってむしろ寛容性が否定されていると自分には見える。まぁ、それをどうこう言う権利は僕にはないですが。

この本は驚きの連続でした。
差別や偏見といった言葉で片付けることができるほどアメリカ黒人の現状はシンプルではない。皆さんはどう思います?黒人の置かれている現状は、なぜああなのか?考えたことありますか?
ぜひこの本を読んで考えるきっかけにでもしてみてください。

結局今回もポッドキャストにしてみました!

念のためAmazonのリンクを貼っておきますので気になる方はポチってみてはいかがでしょうか?


ではでは、また次回(・ω・)ノシ

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