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オープンダイアローグとは~開かれた対話を実践する「オープンダイアローグ」の可能性①~

フィンランドで発祥した「オープンダイアローグ」という心理療法が、近年、注目を集めています。
オープンダイアローグとは、開かれた「対話」による治療のこと。入院や薬物投与はできる限り行わないかたちで、病や障害を抱えている本人と、カウンセラーや医師だけではなく、家族を含めた関係者をまじえて、ただひたすらに「対話」をする、というこのセラピーが、うつ病や統合失調症、引きこもりなどの治療に大きな成果をあげるといいます。
その実践のコツをわかりやすく解説した書籍『マンガでやさしくわかるオープンダイアローグ』の著者であり、カウンセリングの現場でオープンダイアローグを実践している、日本では数少ない臨床心理士である向後善之さんと久保田健司さんに、オープンダイアローグについてお話しいただきました。
(この記事は、2021年3月5日に行われたオンラインイベントを記事にしたものです)

オープンダイアローグの3つのポイント

向後:著者の片割れの向後です。よろしくお願いします。

最初に、なんでこの本を書き始めたかなんですが、まずオープンダイアローグというのは、僕らがいるカウンセリング業界ですとか、その他医療関係で話題になっていたんですね。統合失調症といったものも治ると非常に話題になっていて、そういう画期的な方法だということで、興味を持っていたんです。

いろいろ情報を集めているうちに、私自身いろんなことに気づきまして。
どんな方法なのか、オープンダイアローグってどんなものかは、この後久保田さんから説明していただきますけど、オープンダイアローグの大事なところというのは、3つあるんです。

その3つはどういうものかっていうと、1つは対等性なんです。対等な関係。
クライアントとセラピストの対等な関係と、あとオープンダイアローグでは、1人のクライアントに複数のセラピストで対応するんですけども、セラピスト同士の、あるいは専門家同士の対等性。それが非常に大事である。

2つ目は、不確実性への耐性すぐに結論をつけないということです。
何かがあると、すぐこれはこうだよって結論づけたくなっちゃうんですけど、そうじゃなくて、わからないものはわからないままに置いておく

3つ目は多様性なんですけども、いろんな意見が同時に存在できるような環境ですね。
そういったものが必要だというのが、オープンダイアローグの肝なんです。

僕は普段、個人カウンセリングとか、そういうのをやっているんですけれども、この3つはすべてセラピー全般に通用する概念だなと思ったんです。
しかも実際オープンダイアローグに関わってみると、なかなかいろいろ面白い効果がある。
そこで、僕だけじゃなくて僕よりはるかにオープンダイアローグの実践経験の多い久保田さんに一緒に参加いただいて、本を書くことになりました。

アメリカで感じた「オープンダイアローグの基礎」

向後:先ほどあげた3つの概念について話すと、特に日本の場合、対等性がなかなか難しいなと思ったんです。
例えば、僕は最初海外でカウンセリングをやってたんですけど、どんなに偉い先生が講演しても、反対意見が平気で出てくるんです。それがすごく面白い体験で。

大学院1年の時、マイケル・カーンという有名な先生の講義だったんですが、前のほうに座っていた男性の学生が、「私は先生の理論に反対です」って言うんです。僕は「そんなのあり得ないだろ」と思った。1年目でしたから、ビクビクしていたので後ろの端っこで聞いてたんですけど、そしたらマイケル・カーンは、「お前に単位なんかやるか」というようなことを言わずに、「君の意見はどうなんだい?」って、ディスカッションが始まったんです。
まさにそれは対話で、有名な大学院の先生も、大学院1年生も対等に話すのを目撃して、すごいなと思ったんです。これが対等性だろうな、と。
だからそれを伝えていくっていうのは、すごく大事なことかなと思ったんです。

僕は今セラピストをやっていますけど、昔は会社員だったんです。
日本では、ちょっと何か意見を言うと、「お前の言うことは10年早い」「黙れ」という感じでしょっちゅう怒られていたんですけど、アメリカにいた5年間は一度も怒られたことがない。何か意見を言うと、「おお、それはなかなか面白いね」って一応聞いてくれる
そういうのがオープンダイアローグの基礎だなと思って。それはセラピーの基礎でもあるなと思うんです。

対等な関係だからいろんな意見が出るわけです。簡単に結論がつかない状況が起きる。
そこにもし上下関係があったら、「これは昔からこれに決まってんだよ」「俺が言うんだから、俺が正しい、俺の言うことに従ってりゃいいんだ」みたいな感じになって、すぐに結論が出ちゃうんだけど、みんな対等ですから。ああでもない、こうでもないって意見が出やすい。
それが不確実性への耐性です。そういうことをすることによって、本当の意味での多様性が生まれる。いろんな意見が同時に存在することができる。

僕は音楽のことは全然よくわからないんですけど、音楽ではいろんな旋律が同時にあるような状態を「ポリフォニー」と言うんですね。オープンダイアローグの本の中では、このポリフォニーという言葉がよく使われているんですけど、対話の中で対等性や不確実性への耐性を実践していくことで、ハーモニーでも、モノフォニーでもなくて、ポリフォニーの状態(=多様性が保たれた状態)が実現できる
それで初めてオープンダイアローグの環境の中で、セラピストとクライアントの関係性の中から、いろんなことが出てくる、起こってくる。

そういうことに興味を持ちまして、ぜひそうしたことを伝えていきたいなと思って、久保田さんと一緒に本を書いたということです。
オープンダイアローグについては久保田さんのほうから説明していただけますか?

オープンダイアローグとは

久保田:今日の流れとしては、オープンダイアローグの実際について少しお話しした後、会話と対話、セラピーとオープンダイアローグの違いといったところを話していく予定なんですけど、聞いている皆さまのほうで、こういうことを疑問に思ったとか、こういうことを話してくださいみたいなことがあったら、チャットに書いていただければ、拾える範囲で拾えればと思っているので、よろしくお願いします。

いやぁ、オープンダイアローグとは、っていう説明はなかなか大変ですね(笑)。ネットとかで調べると、定義とかは出てくると思うんですけど。僕の中では、困っていることがあったときに、その困っていることをみんなで(複数人で)話すっていうのが、オープンダイアローグなんだろうなと思っています。

オープンダイアローグは、フィンランドのある地方の病院で生まれたんですが、その病院では「患者さん」と「先生」みたいな立場じゃなくて、そういう関係性もありつつ、「みんなで話そう」っていうのも大事にしていた。そこがオープンダイアローグのポイントなのかなというふうに思っています。すごいざっくりしてますけど。

実際僕がアウトリーチとか、クリニックの現場で話すときも、やっぱり3人以上で話している状態が基本なんだと思っているんです。やっぱり1対1で話すと、どうしたって「話さないでいられる間」みたいなものが、なくなっちゃうっていうんですかね。どっちかが話さなくなっちゃうと、沈黙が訪れて、どうしても「何か話さなきゃ」みたいな空気になっちゃうんだけど、3人いると自分が話したくなくても、ほかの2人が話してくれるんじゃないかみたいなのもあると思うんです。
そういう意味で「間が担保される」っていうのは、オープンダイアローグの発明の1つかなと個人的には思ってます。
このぐらいの説明でいいのかな? すごく突っ込んで説明してくださいみたいな方がいたらまた考えると思うんですけど。

向後:じゃあ、ちょっと補足しましょうかね。

久保田:お願いします。

向後:オープンダイアローグっていうのは、チームで対応するんです。精神科医、心理士、看護師、ソーシャルワーカーなどのチームで、2人とか、3人とか、もっと多い場合もあるのかな。それで対応していく。

そしてミーティングリフレクティングという2つのセクションにわかれるんですね。
ミーティングは、要は、複数の専門家とクライアントでセッションを行うわけです。これは普通のセラピーセッションと思っていただければいいかなと思います。
次に、これが特徴的なんですが、リフレクティングといって、クライアントの目の前で専門家たちがディスカッションを行うんです。今のミーティングについて「どうだった」「こうだった」「感じたことはどうだ」といったことを、専門家同士が話しているのをクライアントが見る、観察するっていうプロセスがリフレクティング。
この2つのプロセスを何回か交互にやったりする。それがオープンダイアローグのやり方です。

さっき久保田さんが言っていたみたいに、1対1というよりも、もっと複数の人が関わってくるので、いろんな見方が同時にできるわけです。
そうすると、僕が気づかなかったことを、もう1人のセラピストが気づいてくれるということがある。専門家2人でセラピーをやった場合、2倍以上にもっとたくさんの、いろんな視点が見えてくるようなところがあるんです。

さらに言うと、リフレクティングのプロセスでは、クライアントは専門家同士が自分のことを話している内容を聞くわけです。そうすると自分を客観的に、俯瞰的に見る視点が新たに生まれてきて、さらにいろんな視点が出てくるんです。オープンダイアローグは、そのいろんな視点の中から、今悩んでいることに対するヒントに気づいていくっていうプロセスですね。いろんな視点があるから、ちょっとした変化といったものが非常に見えやすいやり方だなと思います。
それが、先ほどチャットでいただいていた「オープンダイアローグって何で効果があるの?」という疑問に対する1つの答えかなと思います。

ダイアローグが有効にはたらくとき

久保田:ダイアローグとは? といったところも少しお話しいただいてもいいですか?

向後:ああ、ダイアローグが有効に働いているとき、いないときの違いとかについてですね。それ話し始めると長くなりそうだな(笑)。

ダイアローグがうまく働いているときというのは、今説明したような感じで、いろんな視点が見えるときはすごくうまく働くんです。
例えば日本の場合、割と小さい頃から、いろんな人からこうすべきだ、ああすべきだって言われることが多い。だから、そういう嫌な扱いを受けた経験が長く続いていて、「他人が自分のことを話してるときはだいたい批判だ」と思っていたとするじゃないですか。そうすると、リフレクティングのプロセスに、非常に抵抗がある人がいらっしゃるんです。

「どうせ専門家2人で俺のことをジャッジするんだろう」
「あの人は発達障害ですねとか、どうせ言うんだろう」
「よくわからない専門用語を使ってジャッジするんだろう」

「そんなのまっぴらごめんだ」といって、リフレクティングを拒否した事例もありましたが、そういったときはうまくいかない。

それからこれはセラピー全般に言えるんだけど、セラピストが「俺がなんとかする」っていう気持ちがあんまり強すぎちゃったり、セラピーの技で、ショー的な感じになってきちゃって……ってなるとうまくいかないです。僕は、オープンダイアローグにはそんなにセラピーテクニックは必要ないと思っているんですけど、つい技を使いたくなっちゃう。
そうすると何が起こるかというと、「私はセラピストで、あなたはクライアントよ」という、対等性じゃない形になってしまうわけです。「私が教える」といった形になってしまうケースがあるので、そうなってしまうとあんまりうまくいかなくなってしまいますね。

ダイアローグによって生まれる変化

久保田:僕がオープンダイアローグをやってきて良かったなと思うのは、言葉を取り戻していくプロセスに立ち会うっていうところが、すごくあるなと思うんです。

「今まで誰かに話したかったんだけど、話す機会がなかった」とか、「話を真剣に聞いてくれる人がいなかった」といったときに、(ダイアローグを通じて)その気持ちとか言葉みたいなものを、そのクライアントさんって呼ばれている側の人が取り戻せる。そういう様子を見てると、参加している私も、「あ、良かったな」と思うんですよね。
学校教育とか、家とか、会社でもいいんですけど、「私も自分が話すっていうのを失ってきた時間があったな」といったことに気づく。そういうときにお互いにとっていい体験ができるな、というのはある気がします。

向後:あとリフレクティング。
最初抵抗がある人がたまにいるんだけど、実際に始まってみると、「あ、そんなふうに見られてるんだ」「そういう視点があるのか」っていう変化が見えてきて、ある時点から興味が湧いてくるんですよね。

実際僕もオープンダイアローグのクライアントやったことがあって、その時に面白いなと思ったんです。
自分でも気づかなかったところを気づかせてくれたり。専門家の人たちが一生懸命僕をテーマにして、ああだ、こうだって言ってるのが、健気だなと思うんだよね(笑)。
それでだんだんうれしくなってくるっていうプロセスがありますね。

「第2回 対話とは」はこちら


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