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帝国ホテル特製ビーフカレー。2年ぶり『極論で語る麻酔科』の刊行を前に…。

こんにちは。

いち編集部のリアルです。

森田先生…。

先生にお会いしたのは、確か2016年9月のこと、慶應義塾大学病院11階のラウンジにある帝国ホテル系列のレストラン「ザ・パーク」だ。窓の外には建設中の新国立競技場の工事現場がパノラマで広がり、東京の空はこんなにも広いのか、などと眺望に目を細めながら、少し早めに到着した編集部(中の人)と制作担当のシホさんは席で控えていた。ほどなくして現れた森田先生は、(え、ごつい)想像していたドクター然とした風貌とは異なり,柔道で鍛えられた四肢は頑強そうで,いかつい肩幅と青く絶壁のようなスーツの背中の感じが,「この方が,森田先生…」と,まったく「極論」シリーズでは初めてのタイプのお医者さんなので,妙な肩透かし感と期待感を覚えたのを記憶している.接した雰囲気はとても温かく,安心感を覚えるようだ.

この先生がどんな「極論」を紡ぐのか,そのときは即座に想像できなかった.

少し遅れて登場した香坂先生はポロシャツ姿で,いかにも忙しい合間を縫って抜け出してきた感じ,(その後の仕事のことを考慮されてか,お腹に優しい)野菜スープを注文され,森田先生は帝国ホテル特製のビーフカレーで午後の空腹を満たされた.

それが「極論で語る麻酔科」のローンチの瞬間だった.

上記は「極論」シリーズに新しい著者をお迎えする際のお初の打合せ風景だ.極論のコンセプトや書き方,イラストはどうするか…などなど,監修の香坂先生と著者の先生,そして編集部が対面して,レクチャ・意見交換を行う.もちろん「極論」の著者は基本海外の臨床を経験された医師であり,海の向こうにいるケースも多いが(その場合は打合せはなし),できれば,こういう機会があったほうがよい.直接あってお話する.それはたぶん何かの「約束事」,半ば契約に近い宣誓の空気感を参加者全体に醸成されるからだ.後日,こうした面通しがあるとないとでは,制作停滞時の打開力がやはり違うように思う.


さて,前置きが長くなったが,今年の7月ようやく2年ぶりの「極論」と相成った.その名も極論で語る麻酔科』(森田泰央著, 香坂 俊監修, 龍華朱音イラスト)

極論で語る麻酔科   書影

そう,麻酔科なのだ.なぜ麻酔科なのか,今回は著者の森田先生(米国メリーランド大学麻酔科心臓血管麻酔部門指導医)に香坂先生との出会いや執筆秘話を聞いてみることにした.

香坂先生との出会い

編集部 こんにちは.ご無沙汰しています.にわかに信じがたいのですが,慶応大学病院で先生にお会いしたのが4年前なのですね.2年くらい前かと思っていたのですが….
森田 4年前になりますね.4年間も格闘してしまいました(笑).
編集部 あのとき,別れ際に先生と交わした握手の印象をとても強く覚えていて,大きな手で,がっちりと握られたのです.「極論」の先生方は米国で働かれている方が多いので,結構握手されますよね.神経内科編の河合真先生と初めてお会いしたときも,挨拶替わりに握手されて,日本人としては「お~」という感じでした.
森田 それは、失礼いたしました。
編集部 「極論」シリーズは,著者になってくれる方を探すのにいつも苦慮するのですが,香坂先生も「この先生に話をしてみます」とオファーされても,忙しいからと断られる方がいたり,あるいは「極論」のスタイルに遠慮されてしまう方もいて,シリーズ全体の次の一手を考えるときがなかなかひと苦労です.それで,ある日香坂先生から森田先生のお名前をいただいて,「何科の先生ですか…」と聞いたら,「麻酔科です」といわれ,(え,麻酔科?)とまったく想定していなかった科目でしたので,驚いたのを覚えています.
森田 香坂先生も循環器内科,「極論」は主に内科メジャー系の科目をテーマとされていますからね.
編集部 香坂先生からは「後輩なんです」みたいな紹介を受けたのですが,そもそもどういうご関係でしたか?
森田 私が医学部の学生だった頃、ニューヨークの病院を見学しに行ったときにお世話になりました。香坂先生は,当時セントルークス・ルーズベルト病院で内科のチーフ・レジデントだったと記憶しています.確か、お住まいの同じアパートには、河合真先生や岩田健太郎先生もおられ、皆で集まってホームパーティーをやりました。
編集部 ゴージャスすぎるメンバーですね.
森田 そのとき、サーモンのムニエルに適当に塩をぶっかけてたら、香坂先生に「ちゃんと測量しろ」と怒られたのを覚えています(笑)。
編集部 測量ですか….
森田 測量…です.
編集部 「塩」を「測量」….
森田 ええ.量をちゃんとスケールで測れ…と.
編集部 香坂先生らしい(笑)、言い回しですね.
森田 それからも進路等の相談に乗っていただき、香坂先生の論文や書籍にも参加させていただきました。

麻酔科編のお話をいただいたときの感想

編集部 「極論」のお話が舞い込んだときは,どう思われましたか…?
森田 正直、いままでの「極論」シリーズのそうそうたるメンバーに戦々恐々としました.でもそのとき改めて過去の「極論」シリーズを拝読して、今までの教科書にない「ズバッ」とした物言いに、とても共感を覚えました。
編集部 慶応大学病院での顔合わせのときは,いかにも穏やかな感じで,「真正面から受け止めてやるぞ」みたいなオーラを感じました.打合せに際して,綿密なメモも用意されていて,ステップ・バイ・ステップで確実に仕事を進められる方…という印象を受けました.
森田 打ち合わせで食した、慶応大学病院のカレーライスがおいしすぎて、

「これは前に進むしかない」

とも思いました(笑)。
編集部 帝国ホテル特製のビーフカレー,効きましたか(笑)。

極論を書いてみてわかったこと

編集部 先生には「極論」の作業に4年間もお付き合いいただいたわけですが,取り組まれてみて,どうでしたか?
森田 「実際の臨床で行っているPRACTICE」と「それを裏付けるSCIENCE」の乖離を,どう表現するかを悩みました。
編集部 具体的にいうと….
森田 本編の「著者・まえがき」にもちょっとだけ書きましたが、『Miller Anesthesia(ミラー麻酔科学)』に載っているような学問としての麻酔科学と、『Clinical Anesthesia』に載っているような臨床麻酔の違いです。米国の麻酔指導医も「I would do this(私なら、こうする)」と言うことは多いのですが、その理由があまり客観的でない場合もあります。そういった点を注意して書きました。
編集部「その理由があまり客観的でない場合」といいますと….
森田 例えば、米国の病院では定期的に、Quality Assurance Committee meetingという、麻酔の合併症症例などを議論する会議があるのですが、そこでは、この根拠のない「I would do this (私なら、こうする)」というのは、御法度です。例えば、ガイドラインなどの客観的な拠り所や、その時の臨床状況を考慮したRationale(論理的根拠)が論点となります。 
編集部 なるほど,「極論」は臨床の正論(Clinical Practice)を述べる本ですから,まったくアンチ教科書ではないにしても,通常の教科書でフォローしきれない臨床の正論の炙り出しの作業は,どの先生も執筆の際,とても苦心惨憺取り組まれているようです.
森田 それが「極論」の「極論」たるゆえんだと思います.

麻酔科編で、特に伝えたかったこと

編集部 今回,麻酔科編でお伝えしたかったメッセージ,これがドクター森田の「極論」だ,みたいなところはありますか?
森田 麻酔科医の仕事は「優先順位をつけること」だと思っています。例えば,「術中に血圧が下がったとき、何を最初にすべきなのか?」.患者情報、臨床的状況、および取りうる選択肢を頼りに「何を最初に対処すべきか?」が問われます。
編集部 本書の袖のメッセージにも「全科にわたる豊富な知識を蓄え,科を問わずあらゆる手術に関わり,患者の安全を守り,医療現場をファシリテートする」というキャッチがありますが,それは麻酔科医の凄み,みたいなものですか? 
森田 通じるところはあると思います。そしてその優先順位こそ、「極論」のズバッといっちゃうモットーに通じるのでは?とも思います。

読者へひとこと

編集部 最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします.
森田 時間はかかってしまいましたが,とにかく、教科書にとらわれず、実際の症例に基づいて自由に書かせていただくことができました。また、日本と米国で臨床をやってきた経験から感じた「今後の展望」なんかも少しだけ入れています。どのように受け止められるかは皆さん次第です。ぜひ、ご意見等をお聞かせください。
編集部 ようやくですからね.編集部も反響をとても楽しみにしています.


以上が,森田先生への一問一答だが,最後に本編の「著者・まえがき」を紹介したい.森田先生はこのまえがきを書き終えたあと,「じつは、この本の背景には、家族の多大な支えがあるのです。うちの子どもが魚や鳥の絵を書くのが好きなのですが、家族への感謝のしるしに、載せていただくことは可能でしょうか?」とごく控えめに申し出られた.もちろん編集部は即座に快諾.イラストの龍華先生もキジとマグロの絵の額装にと,額縁のイメージを提供してくれた.そして,この愛くるしい絵を目にしたときは, 4年間の苦労がすべて歓びに変わる瞬間でもあった.

著者・まえがき

私はもともと,【極論で語る】シリーズのひそかな(隠れ・笑)ファンでした.今までの教科書とは違った切り口で,ときに自由に,ときにシリアスに各専門分野にアプローチする展開に,いち読者として吸い込まれたのです.それが,あの香坂先生からお話をいただき,まさか自分が「麻酔科編」の担当になろうとは….なんとも世の縁,人の縁の不思議さを覚えます.

本書は,麻酔の教科書ではありません.たとえば麻酔の成書(聖書?)である『Miller’s Anesthesia』は素晴らしい本なのですが,実際の麻酔臨床とのあいだには埋まりがたい溝があるのも事実です.米国ミシガン州のヘンリーフォード病院に勤めていたとき,たまたまですが『Clinical Anesthesia』の著者であるPaul Barash先生(本稿の脱稿後、故人となられました)と話す機会がありました.彼は,

麻酔臨床は,いくつかある引き出しの中から
優先順位をつけていく点に面白さがある

といっていたのですが,折しも,香坂先生から【極論】のお話をいただき,「まさにそれだ! 【極論】こそ,ズバっと臨床の気づきを単純化してしまう点で,ずいぶん相通ずる点がある」と感じたのです.完成までにかかった時間のあいだに,社会は多くの変化を経て,苦心惨憺,何度も改編を余儀なくされましたが,その単純化するアプローチの真髄は変わりませんでした.

香坂先生をはじめ,参考にさせていただいた「極論で語る」シリーズの先陣の先生方(とりわけ,友情出演していただいた河合真先生),魅力的なイラストを担当していただきました龍華朱音先生,丸善出版の堀内志保様と程田靖弘様には,本当にお世話になり,ありがとうございました.

そして,私の麻酔科医としてのキャリアを支えてくれた家族にも,この場を借りて感謝します.この挿絵は,絵を描くのが大好きな息子の描いた「雉」と「鮪」です.「雉」は日本の国鳥で念願かなって先日見ることができたため,「鮪」は家族のお祝いで食べた刺身に感動したためだそうです.

2020年6月吉日
著 者 森田 泰央

キジとマグロ


毎年多くの研修医や医学生,専門医,他科の専門医の方に愛読され,読み継がれていく「極論」。本シリーズに携わるすべての方に感謝を申し上げて,『極論で語る麻酔科』デビューの寿ぎの言葉とさせていただきます.

次回は、香坂先生にご登場いただければと….

ご清聴(読)ありがとうございました。

2020.7.24


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