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私の知らない世界

「#読書の秋2020」に乗っかろうと思いたち課題図書を眺め、まずは前から気になっていた伊藤亜紗著『目の見えない人は世界をどう見ているのか』を読んでみたら、いきなり素晴らしくて驚いた。

読み終えた後に、視野が広がった、ものの見え方が変わったような感覚になることが希にあるけど、久しぶりにそういうのに出会った。ちょっと興奮。


感想は、、、冒頭の福岡修一さんによる一文が秀逸すぎて、

(見えない)ことは欠落ではなく、脳の内部に新しい扉が開かれること。テーマと展開も見事だが、なんといっても、やわらかで温度のある文体がすばらしい。驚くべき書き手が登場した。

これ以上の言葉が出てきません。いろいろ感じたけど、読み終えてもう一度この言葉に立ち戻ったら、これ以上の言葉がないです。

これでは感想文にならないですか、そうですか。


では、本書の余白にメモした言葉を書き出してみる。

・身体性、哲学

・スマホの世界と対照的

・哲学書だ、これは

・ハッとすることがたくさんある

・考え方、ものの見方のトレーニング

・(視覚情報で)いかに制限されているか、観念が作られているか

・異文化理解

・すげぇ

・この本はヒラメキがいっぱい

・この表現の背景にある知識量

・耳でない、方向性のある意識

・目のコスト、盲目の昆虫

・はっとした

・伴走者の本質

・視覚に頼ることで他の感覚が鈍くなっていないか

・ビジネス書!


言葉にしにくいものを言葉で表そう、想像力を啓発しようとする著者の姿勢が全体に貫かれており、その流れに任せて視点が揺さぶられるのが心地よかった。

美学とは、(中略)もっと平たくいえば、言葉にしにくいものを言葉で解明していこう、という学問です。

これは「哲学」にも同じことが言えるのではないかと常々思っている。もちろん「哲学」の中身はそれだけではないけれども、「哲学」の大きな役割のひとつには言葉で示すということがあるはずだ。

哲学書を読んでいるようでもあったし、ビジネス書を読んでいるようでもあったし、もちろん生物学的な視点がとても新鮮で科学書としても素晴らしいと思った。

そして、これは目の見えない人に配慮した表現だなぁと気づくところもあり、何度も「すげぇ」「うわぁ」と言っていた(心の中で)。


「見えない人」が全く違う感覚世界にいるということ、その世界を共感するのは難しいけど、想像することはできそうだ。

そう考えると、これまで読んできた本の中の「目の見えない人」達が気になってきた。


目の見えない人を描いた物語として、ぱっと思いついたところでは、谷崎潤一郎『春琴抄』、浅生鴨『伴走者』、尾田栄一郎『ワンピース』あたり。

『春琴抄』はずいぶん前に手放しちゃったので、昨日改めて買い直した。盲目師匠のために弟子も盲目になるというあらすじは覚えていたが、師匠の春琴の態度は思った以上にキツかった。けど、障害を抱えている人が自分らしく生きるには、当人の感覚としてそういう振る舞いはおかしなことではないのだろう。

三味線奏者というのも目の見えない人の代表的な生業だったそうで、この辺りも『目の見えない〜』の記述とつながってくる。

※ちょうどNHK「100分で名著」で春琴抄を紹介するらしい。なんてタイムリー。


『伴奏者』はマラソンとスキーのパラスポーツをテーマにした物語である。目の見えない人の心の中は一切描かれず、視点は目の見えるサポート=伴走者からの視点で描かれる。伴走者からみると、盲目の競技者は別世界を「見て」いる「異者」であり、そのことに戸惑う姿が丁寧に描かれ、読む側は何度もハッとさせられる。

本書『見えない人~』と『伴走者』との親和性をあげている感想が、ネット上で複数みられる。これは私も全く同感だ。浅生鴨氏は自らの選書に伊藤亜紗氏の著書を複数あげており、おそらく本書の内容も熟知しているのだろう。

障害者スポーツ云々の背景抜きに『伴走者』は素晴らしい小説なので、本気でおすすめです。

そういえば、『春琴抄』でも、盲目である春琴の視点からの記述はなかった。目の見えない人の「世界」が違うことは、谷崎潤一郎も知っていたのだろう。読者は基本的に目の見える人が大多数だから、小説として描くときには見える人からの視点にならざるを得ないのではないかと、妙に納得した。


『ワンピース 』のイッショウは座頭市をモデルとしたキャラクターで、盲目になった理由が独白として語られる。

自業自得なんですよ……この目はねェ
自分で閉じちまったんだ
見たくねェもんいっぱい見たから

イッショウは気配を関知する超感覚(作品中では「見聞色の覇気」と表現)を持っているため、生活にはほとんど困らないようである。『目の見えない~』に書かれているように、視覚を失うことでその他の感覚器官を発達させた、なんていう風にも読めそうだ。

しかし、主人公の言動に感銘を受け、

どんな顔をしてんだい?
めェ……閉じなきゃ良かったな
あんたの顔――見てみたい……
優しい顔してんだろうね

とつぶやくシーンには、ちょっとホロっとするし、これも見えない人の感覚なんだとハッとする。


他の本の話に脱線してしまった。

とにかく『目の見えない人は〜』は、視野を広げてくれる素晴らしい本である。

オススメ。


#読書の秋2020 、この企画いいですね。

次は何を読もう。

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