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放射線被害を隠す「過剰診断論」を問う~福島原発事故子ども甲状腺がん裁判をめぐって~

ーー東日本大震災と共に福島県及び東北地方を襲った原発事故。遅々として進まない復興と同じく、政府が一貫して逃げ続けている問題がある。放射能と甲状腺がん発症の因果関係だ。ネット上でも問題を矮小化するような言説が目立つ中、その欺瞞性を論じていただいた。(編集部)

大今 歩(高校講師・農業)

 今年1月27日、17~28歳の男女6人が福島原発事故のため、甲状腺がんに罹ったとして、東電に損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。訴えによると原告のうち2人は、甲状腺の片側を切除、4人は、再発によって全摘した(「朝日」1月28日)。
 5月26日、東京地裁で第1回口頭弁論が開かれ、原告が意見陳述を行った。原告Aさんは、「この裁判を通じて、甲状腺がん患者に対する補償が実現することを願います」と締めくくった(松本徳子「人民新聞」6月20日号)。

事故影響 否定根拠は過剰診断論

小児甲状腺がんは、通常100万人に1~2人程度の割合で見つかる稀少なガンなのに、人口約200万人の福島県では事故後、今日まで約300人に発見され、原発事故との関連を疑わざるを得ない。
 ところが、事故後甲状腺検査を実施してきた福島県民健康調査検討委員会(以下、「検討委」)は、「甲状腺がんが通常の数十倍のオーダーで多い」ことを認めながら、「放射線の影響とは考えにくい」との評価を繰り返している。
 その根拠となっているのが「過剰診断論」である。「過剰診断論」を正面から主張する『福島の甲状腺検査と過剰診断』(高野徹ほか/あけび書房/2021年)を検討して若者らの勝訴に少しでも寄与できれば、と願う。
 まず、本書の主著者である高野徹は、大阪大学講師で2017年11月、検討委および、その甲状腺検査評価部会(以下、「評価部会」)のメンバーとなった。高野を推薦した日本甲状腺学会の理事長は、かつて検討委の座長であった山下俊一であった。山下は事故直後「100mSvまでなら全く心配いりません」などの放言で知られる「被曝安全神話」の主唱者である。
 高野は以後、検討委や評価部会において「過剰診断論」を強く主張してきた。本書では、高野のほか、緑川早苗(宮城学院女子大学教授)や大津留晶子(長崎大学客員教授)ら検討委のメンバーが「過剰診断論」を唱える。
 「過剰診断論」とは、①福島原発事故は、チェルノブイリ原発に比べてヨウ素131の放出量は10分の1程度、②事故による被曝とガン多発の因果関係は考えにくいのに「過剰診断」によって小児甲状腺がんが多数見つかっている、③小児甲状腺がんの性質はおとなしく悪性化しないのに、ガンと診断された子どもは進学・就職・結婚のハンディを持つため、その検査は中止すべき、というものである。

国際機関にも日本の学者関与 「被ばく安全神話」を形成

以下、「過剰診断論」について順を追って検討した。

◆福島原発事故によるヨウ素131の被ばく線量は、チェルノブイリ事故に比べて低かったのか?
 初期被爆のデータは極めて少ない。2011年3月20日以降、国は甲状腺の被曝量の計測を実施したが、1080人というわずかな人数を計測したものに過ぎなかった。しかも限定的な検査は、意図的なものだった可能性が高い(榊原崇仁「福島が沈黙した日)」。

◆被曝と小児甲状腺がん多発に関係はないのか?
 小児甲状腺がんは、100万人に1~2人とされるのに、福島での先行検査(2011~3)では、116人もの患者が見つかった。ところが検討委は、先行検査について「甲状腺がんが通常の数十倍のオーダーで多い」ことを認めながら「先行検査を終えてこれまでに発見された甲状腺がんについては(中略)放射線の影響とは認めにくい」と評価した。放射線の影響は事故の数年後に出るものなのに多発見は「過剰診断」によるものだというのだ。
 ところが本格検査2巡目(2014~5年)でも71人の患者が見つかった。そして17年11月、評価部会は外部被ばく線量を線引きして4地域に分けて「避難区域の13市町村(10万人当たり49・2人)→中通り(同25・5人)→浜通り(同19・6人)→会津地方(同15・5人)」の順で甲状腺がん発見率が多いことを認めた。
 先行検査の後、本格検査が行われたため過剰診断の影響は考えられない。だが71人もの患者が見つかり、しかも外部被曝線量が多い地域ほど甲状腺がんの発生率が高い。原発事故の影響は明らかだ。
 ところが鈴木元評価部会長は「年齢や検査時期などを調整する必要がある」などと地域別の分析を投げ出してしまう。そこで鈴木らが頼ったのがUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の推計甲状腺吸収線量のデータであった。これに基づいて2019年2月に提出された中間報告は、現時点において「本格検査で発見された甲状腺がんと放射線被ばくとの関連は認められない」とした(実際には、UNSCEARの数値を用いても被曝と悪性率の関係は明らかである。牧野淳一郎「科学」2019年5月号)。

◆「福島県民健康調査」における小児甲状腺がん発見は「過剰診断」か?
①高野は「甲状腺がんは低危険度がんで進行は極めて遅く、その多くは生涯にわたって無害に経過する」と述べる。しかし福島県で甲状腺がんと診断された患者の大半の手術を執刀している鈴木真一教授(福島県立医大)は、2018年末までに180人のうちリンパ節転移があった患者は72%、組織外浸潤も47%あり、11人が再手術を受ける必要があったとする(白石草「週刊金曜日」2021・3・26)。
 実際、前述のように原告6人のうち、4人は再発によって甲状腺を全摘している。このように、高野の主張に反してガンは進行して患者に深刻な被害をもたらしている。
②高野は、「甲状腺がんが発見された人が口をそろえて言うことは、検査を受ける前に戻りたい(中略)これを強く訴える」(第33回検討委。2018年12月27日)として患者が進学・就職・結婚・出産などにハンディを負う、などとしている。
 しかし、進学・就職・結婚・出産などに被害をもたらすのは、福島原発事故により甲状腺がんに罹患することそのものである。前述原告Aさんも「待望の大学進学を果たしたものの、肺に転移・再発して辞めざるを得なかった」と述べる(前掲)。
③高野はIARC(国際がん研究機構)やUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の報告など、国際機関も「過剰診断論」を認めている、とする。
 確かにIARCは、2018年「被ばくの可能性がある場合でも甲状腺超音波検査をはじめとしたガン検診的なことはするべきではない」と提言。また、UNSCEARは、21年3月「甲状腺がんは被曝問題とは考えにくい」、「発生率の増加は過剰診断が原因」などとする。
 しかし、まずIARCには日本の環境省が36万ユーロを拠出。報告書の策定に関わったメンバーは原子力問題の専門家ばかりで、事務局は日本人スタッフが担っていた。報告書をお披露目する国際シンポジウムでコーディネータを務めたのは、前述の「被曝安全神話」の主唱者である山下俊一だった(白石草「世界」21年3月号)。
 また、UNSCEARは、「専門家を派遣しているのはほとんどが原子力を推進利用している国だ。いわば密猟者と狩場番人が同一人物という形なのだ(キースベーヴァーストック「福島原発に関するUNSCEAR2013年報告書に関する批判的検証」『科学』2014年11月号)。
 事実UNSCEARの17~19年の日本代表は、放射線医学研究所(放医研)の本部長補佐、明石真言だった。彼は2011年9月、日本財団の国際専門家会議で「チェルノブイリに比べれば大した事故ではなく、将来的にも健康にかかわる心配は何もない」と断言した。その後も検討委や、放射線によるがん多発論を否定した環境省の「専門家会議」のメンバーを務めた(和田真『DAYSJAPAN』17年4月号)。そしてUNSCEARの上級顧問を務め、2020年報告の取りまとめに携わった。
 このように、IARCやUNSCEARによる近年の報告には、「被曝安全神話」を唱える。高野と同じ穴の狢の日本人専門家が深く関わっている。

終わりに―安全神話から原発開発へ
暴走をやめて被曝被害を認めよ

 本来、国の責任で福島の子どもたちの健康検査を続けて健康被害が発見されれば、それに対応することが求められている。ところが高野らの検討委により、21年4月から小児甲状腺がんの学校検診はなくなり、福島県立医大に同意書を出した者のみの検診となってしまった(黒田節子 本紙22年1月5日)。
 「過剰診断論」は福島原発事故による健康被害を否定し、国や東電をかばい「被曝安全神話」を広める、そして甲状腺がん検査の縮小は事故と甲状腺がんの関係の解明を困難にする。そして「被曝安全神話」は「原発安全神話」につながり、政府が進める原発再稼働や「小型原発」開発を許す役割を果たしかねない。
 子ども甲状腺がん裁判が「過剰診断論」を打ち破って、国や東電に被曝により甲状腺がんに罹ったことを認めさせ、責任を取らせることを願ってやまない。

(人民新聞 9月5日号掲載)

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