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中期経営計画「無理」論

昨今、会社の経営戦略や中期経営計画が定まらない、定められない事態が全世界的に蔓延している。直近数カ月で考えればやはり新型コロナウィルスによる世界情勢全体の変化が要因と言える。しかし、それ以前から既に中期経営計画を精緻に作り込む事に無理が出始めていると思われる。

21世紀においては、従来型の中期経営計画の策定及びそれに沿った戦略・戦術の展開という手法が限界に来ているのではないか。今の時代に合った新しい経営の在り方を考えてみたい。


■経営方針が立てられない?

中小企業のような経営戦略の策定に資源を割けない組織だけでなく、大会社や有力なグローバル企業においても同じことが起きているのではないか。変化が激しくプロダクトサイクルが短いこの時代はVUCAと呼ばれている。先の見通しがつきにくく、いつでも即応性が求められる。予想出来ない事件が起きて、それが業界や自社の環境に否応なく影響を及ぼして、それを自社がコントロール出来ない。方針や戦略は3カ月単位で陳腐化し、毎年中期経営計画の練り直しを要求される。それは最早、中期経営計画とは呼べないだろう。

各部署や従業員は、方針がコロコロ変わり、その度に戦略の練り直しを求められ、「戦略資料を3カ月おきに更新する」という不毛な作業に忙殺されている。または本質とはかけ離れた数字的な帳尻を合わせる為だけの「無理・ムラ・無駄」な仕事をこなさなければならない。やがて戦略的な方針は形骸化し、毎月や毎年の年間行事を遂行する事(及びその戦術的改善)にのみ焦点を絞らざるを得なくなってしまう。

経営陣が経営方針を定められない。経営方針や全社戦略、目標設定が決められない(or定められず常に変更を求められる)、そんな状況下では何が起きるだろうか。当然のことながら毎日時間は経過し、ビジネスは止まらないのだから、そうなったら各部署でボトムアップ式に進めていくしかなくなる。決して望ましくはないが致し方ない、という話だ。

しかし、ここでやはり問題は生じる。例えば、人事戦略とその施策を部署で考えろ、と言われてもどうしようか迷う。人事戦略は経営方針並びに経営戦略の直結的な下流に位置する為、経営方針次第で全然違う方向性になるからだ。これが継続的で歴史のある事業部門であれば、当面の施策は現在の延長線上で行う、という事は出来る。戦術的改善に集中する事で当面の売り上げを10%前後まで伸ばそう、というような目標設定は動きやすい。しかし、企画系の部門はそうはいかない。

例えば、モノづくりの会社であるから一般的に堅実な会社組織を作っていこうとすれば、従来型組織形態の踏襲となる。一方、従来の戦略ではVUCA時代についていく事が出来ないから、リクルート社のようなイノベーティブな組織を創ろうとすれば、全く異なる文脈から人事制度等を変えなければならない。人事部であれば、毎月の給与支払いや社会保険業務の運用、定期採用や研修等を運営するだけであれば戦術的改善だけを行っていれば良い。しかし、新たな価値を生み出す戦略的な方針を打ち立てるとなれば話は別だ。

どんな施策が妥当で目標に近づくのか、という測定やレビューは、目標をどこに設定するかに依存する。社会インフラを担う会社を目指すのと、ダイナミックで躍動的な会社を目指すのとでは、人事施策の基準の全てが異なる。どちらが正しいではなく、文脈に沿うかどうかだ。

当たり前だが、何の方針や戦略も示さず各部署からの提案を個別に考えていけば、よほど各部署が他部署と連携して全体最適に即したものを出さない限り、各部署が個別最適化し、全体として整合性のない施策が乱立する。経営効率は下がり、企業のポテンシャル発揮は難しくなることは明白だ。

だが、単純に経営陣を責める事は出来ない。これだけ変化が激しい時代に中期経営計画を定める事の虚しさは、経営陣が誰よりも分かっている。コロナ問題はもちろん、今の時代は変化が早すぎて戦略を立案出来ない、若しくは戦略の練り直しを幾度も必要とする。ならば戦略や方針は決めずに、目の前の状況に合わせてやっていこうという考えも出てきて不思議ではない。

変化の激しいVUCAの時代に、方針はコロコロ変えねばならず機能しない。かといって何もしなければ組織はバラバラに各部署が勝手に動き出す。では、一体どうすればよいのだろうか?


■経営方針に変わる新しい拠り所とは?

最も基本的にして妥当な対応とは、コーポレート・アイデンティティ(ミッション、ビジョン、バリュー)を明確に定める事だと思われる。自社はこの世界において一体何者で、どんな使命を帯びた組織で、一体どんな価値を提供する存在なのか。そのアイデンティティに沿う為の判断基準は何か?これを定めるのだ。

一般的にビジョン≒中期経営計画と言われることも多い。しかしここでは「実現したい世界のイメージ」を表現する方が妥当だ。具体的に数字で表す事も大事だが、何よりも、それを聞いた人々の中に具体的な映像として気持ちや躍動感が伴ったイメージが醸成されるか、の方が遥かに重要だ。

戦略を各部署任せにする代わりに、ミッション、ビジョン、バリューのみをしっかり共有する。自分達は何者なのか?何をなすべき存在なのか?自分達の社会におけるお役目とは何か?を徹底的に話し合い、経営陣から一般社員まで一人一人に腹落ちするまで共有する。

ミッション、ビジョン、バリューを明確にすると何が起きるか?方針や戦略等を決めずとも、これら3つの指針に従って各部署、各担当者が目の前の課題に取り組む事が出来る。何を優先するか、何をやらないか、をはっきり出来る。少なくとも3つの指針を軸足に社内で議論出来る。事後検証も出来る。時代の変化、状況の変化は激しい。即応性が求められる。となれば、外側に答えを持つのではなく、内側に軸を持ち、それに従って各部署が戦略を打ち立て、実行していくようにすれば、非常にスピーディーでかつ整合性のとれた組織運営が出来るのではないか。そして何より目の前にある課題や中長期的な課題に対し、「軸足となる指針」を明確に握ったうえで社内で深い対話を繰り返す事こそがVUCA時代に対応する最も有効なスタイルではないか。

ある側面において、これはティール組織的アプローチといえる。自然と自律分散型となるからだ。個別具体的な判断は各部署の統括マネジャーが行う。経営方針も中期経営計画も戦略もない。しかし「自分たちが何を大切にする組織であるか?」「私たちは一体何者なのか?」「私たちは何をなすべき者として社会に存在しているのか?」という問いが深く共有され、組織内で握られている状態であれば判断は早く、ぶれない。整合性の高い施策を各部署が自律分散的に繰り出すことが出来る。結果として時代の情勢に適応しながら、自社の指針実現に向けて邁進する事が可能となる。


■(追記)株主と上場企業の関係性の変化

21世紀においては、株主と上場企業との関わり方も大きく変化する(せざるを得ない)と思う。企業は株主に対し、数字によるコミットメント(と配当)を示す代わりに、自社が何を成すか、どんな貢献を社会に対して行うか、という話をしてその賛同を得る、というスタイルに変わるべきだ。もはや投機を目的とする株主には目もくれない。(投機的株主にはどうぞ自社の株を売っていただいて結構、と突っぱねるという事だ)

21世紀、数字的な成績と配当を期待して株を買うスタイルは廃れていくと思う。真に応援したい企業の株を買う、という流れが潮流になるのではないか?だとしたら、会社はもう目先の事ではなく、中長期の事を考えて企業経営することが出来るようになる。結果として無理に作る中期経営計画も不要となり、企業は純粋に自社の使命に向かって経営することが出来るようになる。

そういう時代が近づいてきていると思う。

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