【2月オンラインセッション報告記③】前島芳子

中国は権威主義国家ではない、民主主義国家だ。


香港問題について議論していた際に、北京大生が胸を張って主張してきた言葉だった。


これを聞いて、正直とても驚いた。高校の社会の教科書には、中国は「権威主義体制」だと書いてあった。大学の政治の授業では、「ヘゲモニー政党制に基づく一党独裁体制」と教授が言っていた。ニュースを見ても、中国に関して目に入るのは、香港国家安全維持法を制定した権威主義的な共産党政権、香港市民を暴力で押さえつける警官、コロナ発生を隠蔽しようとした習近平・・・ 私のイメージにある中国は、民主主義国家とは程遠かった。


2月中旬におこなわれた東京セッションでは、香港問題とコロナ問題を題材に、中国の権威主義の拡張というテーマを扱った。詳しい議論の内容や日中それぞれの主張内容などは最終報告書に譲るが、東京大学の学生と北京大学の学生では議論の根本で認識が食い違う状況が多く、議論が紛糾することも度々あった。


例えば、「人権」の捉え方。「人権は個々人が生まれながらにして持っている基本的な権利」という、私が、そしておそらく多くの日本人が当たり前だと思ってきた価値観に対しても、根本的に異なる視点が突きつけられた。人権とは何か、何をもって人権が制限されていると判断するのか。今まで深く考えてこなかったことについても改めて考えさせられた。また、「国家安全保障」の捉え方にも大きな差があった。市民の人権と国家の安全保障が対立している香港問題においてどちらが優先されるべきだと思うか、という日本側から提示した議題に対して、「香港で人権と安全保障が対立しているという捉え方がよくわからない」という返事を受けたことは特に印象的だった。


私は国際関係論を専攻していたこともあり、中国側の主張を全く知らないわけではなかった。思い返せば、様々な文献にあたる中でしばしば目にする議論だったかもしれない。ただ、今までの私は、こうした議論を見ても中国政府が国際社会からの批判を交わすために主張している屁理屈としか捉えず心の中では軽く見なしていた。しかし、この東京セッションで、同じ学生団体に参加している友達が、直接、真面目な顔をしてこの主張をしてきたということは、私にとって大きな衝撃だった。


正直、私は北京大生の主張にあまり納得できていない。1週間の議論を振り返ってみても、やはり中国が「民主主義」だと信じることはできないし、中国で行われていることは「人権侵害」だと思うし、中国の国民は無意識のうちに政権への支持意識を植え付けられているだけだろうと疑う気持ちも消えていない。これは、どちらの認識が正しい、どちらの認識が間違っているというように白黒をつけるべき問題ではないと思う。むしろ、受けてきた教育も接しているニュースも違うことを鑑みれば、白黒つけることは不可能であるだろう。ただ、日本と中国の認識に差異があるというその事実には、目を背けず正面から向き合わなくてはいけない。


東京セッション1週間の最大の学びは、中国の学生は日本の学生とはまったく違う考え方や認識を持っているということを身にしみて感じられたことだと思う。それと同時に、今まで自分が当たり前だと思っていた観念から一度離れ、相手の主張にきちんと向き合い理解しようとすることの大切さを学んだ。相手の主張に「納得」することはできなくても、意思さえあれば「理解」することはできる。少々オフトピックな議論ではあるが、一帯一路政策に対する中国脅威論をどう捉えているか尋ねた際、「中国は単に他の国を助けようとしているだけだ。それを脅威と捉えるのは中国が西洋諸国とは違う価値観を持っているからであって、我々中国も日本の憲法改正の議論を憂慮している。中国が国際秩序を脅かそうとしていないと主張するのは、日本が再軍備をしようとしているわけではないと言っているのと同じだ」と情熱的に語られたときにはハッとした。もちろんこの主張を鵜呑みにするべきではないだろう。ただ、一度自分の主観を離れ、相手の視点に立ってみることの重要性を学んだ気がした。共通の価値観や背景を共有しない相手であっても理解しようと努めることが、国際交流の第一歩なのかもしれない。


国家間関係は、究極的には個人ひとりひとりの人間関係の積み重ねである。特に、様々な主体が国境を超えて活動するようになった現代の国際社会においては、国を代表して交渉する外交官だけが国家間関係の担い手ではない。企業や民間団体、そして文化交流をなす市民ひとりひとりが国家間関係を形成する担い手となっている。そのような現代国際社会において、日本と中国それぞれの将来を担う学生が互いを正確に知り、より深く理解することは、良好な日中関係を構築するために欠かせないだろう。


だからこそ、相手を理解しようと努める姿勢を今後とも大切にしていきたい。同時に、その姿勢の大切さを教えてくれた京論壇に感謝している。そして何より、今年画面越しにしか顔を合わせることができなかった北京大生たちと、実際に直接会って語らえる日が来ることを心待ちにしている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?