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大人の"学び"の地平~『地図帳の深読み』

独立系の地理研究家と泣く子も黙る帝国書院がタッグを組み、大人になった僕らに、地図帳の読み方と楽しみ方を説いてくれる本。なにやらめっちゃ売れてるらしく手に取ったが、たしかにこれは相当面白い。

等高段彩(高さ毎に地図の色が違うやつ)で海面下の土地を表す”深い緑”を探せ!とか、分水嶺を辿ってみよう!とか、普通に地図帳を眺めるやり方からちょっとだけ視点を変えるだけで地図上に浮かぶ景色がガラッと変わり、文字通り新しい世界の構造が{開ける|啓ける}。

小学校~高校の時分にはただの目録/辞書的な位置づけと教わって、特に馴染むことなく通り過ぎた地図帳が、こんなにも奥深く、歴史や政治、産業のメカニズムなど様々な事柄を教えてくれる書物だったとは。

各ページの図として地図帳のキャプチャがベタベタ貼ってあるだけで、文中で言及してる箇所がどこか分かりにくいことが結構あり、そこだけは若干減点だけど。

大人の学びの"三次元性"

さて、地理然り、歴史然り、その他全部の科目然り、「あのとき学校でもこういう風に教えてくれてればな~」と思うことはとても多い。先日記事にした『大人のための社会科』とか、『サピエンス全史』とかもそう。山川の”大人の再学習シリーズ”みたいなのもここ数年人気である。

でも、よくよく考えてみるとそれは単なる後知恵バイアスなのかもしれない。

いま大人になった自分がこういったことに興味を持てるのは、様々な生活実感や知識のストックと連関が、当時とは段違いに沢山ある。だから、そこに本書のような”補助線を引き直す系”の本がうまくハマると面白く読めるっていうメカニズムであるように思われる。

個々人が生活の中で、この世の中を捉えるモデルを少しずつ構築していって、それを広げたり壊したり組み直したりしていく過程で、小さい頃はすべてが標高ゼロでフラットだった”情報マップ”上に、様々な知識/関心が点描されていく。それらが形作る固有の地形が、新たな興味関心や学びのトリガーになる。新たに入ってくる情報に、濃淡がつく。

子どもの頃よりもずっとずっと豊穣な「意味」の束に囲まれた世界を生きる大人たちは、当時はまったく気づけなかった「ファクト」の大事さに気付くことができる。ファクトフルな世界があるのではなくて、われわれ自身が世界をファクトフルに彩っていくのだ。”ファクトフルネス”は、実は人間そのものにぴったりと付帯している。


ときに、ビジネス上の能力開発の文脈では、よく「T字型人間」とか「π字型人間」になろう、とかが語られる。

地図のアナロジーをもうちょっと引っ張ると、例えば能力におけるT字型は、富士山と富士山麓みたいな関係だったりする。とにかく山を作ろう、と。
幾つかの山がたまたまうまく繋がったら「Connecting Dots」とか言われたりするが、これは尾根線のことだ。

ただ、本書を読み、大人の学びについて考えていると、どうしても学びそのものも地図のイメージと結びついてしまう。地図は、地形は、三次元である。そして本来、人間個人が持つ興味関心や知識/技能は、T字型/π字型みたいな、あるいはN角形のレーダーチャートで表されるような二次元的なものじゃなく、もっと立体的であり動的なものであるのではないか。そう思えてくる。

よく世間で語られるような任意断面を2次元で切り取るより以前の、各々の興味、知識、能力の凸凹が織りなす三次元マップとしての地形を明瞭に捉え、その中で能力開発や理想の地形を考えていくことが肝要なのではないだろうか。

そう考えると、例えば任意の二次元断面(XY軸)上での任意の分布(T字型とかπ字型とか)を考えるのから一歩先に進める気がしてくる。ただただTの山を伸ばすのではなく、Z軸も踏まえると山の幅、奥行きが大事だとか、山同士が三角関係で相互作用を及ぼせると良さそう、とか。任意のXY分布がZに対してこういうモメンタムを持っている/持っていると良い、みたいな話も多分にあるだろう。本書の実例を引くと、ただただ高い山から海に直滑降する地形ではなく、うまく勾配を緩めて途中の山を回避できた川だけが海に達することができる、とかもあり、すべての地点が励起してれば美しい地形ということでもないのが難しい。


個人的には”計画的な能力開発”っていう思想が昔ほど好きじゃないのだけれど、それでも地形で考えることで、これまでより数段突っ込んだ"味のある"示唆が取り出せそうで、「深読み」したい気持ちになった。

本書は、そんな”大人の学び”のあり方についても見つめ直すキカッケを与えてくれる一冊だった。

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