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12 なんとなくの仏教徒が多い理由/葬式仏教という宗教③


おおらかな日本人の信仰

 日本には、こうした「なんとなくの仏教徒」が多いのであるが、そもそも仏教徒というのは、どのくらいいるのだろうか?

 文化庁の『宗教年鑑』令和元年度版によると、8433万人が仏教系宗教団体の信者ということになっている。日本の人口は、1億2615万人だから、人口の67パーセントが仏教徒だということになる。

 ちなみに神道系宗教団体の信者は、8721万人の信者があり、この二つを足すと、日本の人口を大幅に超えることになる。

 多くの日本人は、檀家としてお寺に属していながら、同時に氏子として神社に属している。家庭の中にも、仏壇と神棚の両方があるという家が多い。この二つの宗教を、あまり明確に区別していないというのも、日本人の特徴でもあろう。観光寺院などに行くと、賽銭を投げ入れた後に、「ここは、拍手をしていいんだっけ?」などと同行者に聞く姿を良く見る。お参りに行く時ですら、そこが神社なのかお寺なのか、あまり気にしない。

 信者数を足すと人口を超えてしまうというのは、こうした日本人のあいまいでおおらかな宗教観によるところが大きい。

あなたは宗教を信じていますか?

 ところが、現代の日本人に、宗教を信じているか、という質問をすると、驚くほど数字が低い。

 平成20年に読売新聞が行った世論調査によると、〈あなたは、何か宗教を信じていますか?〉という質問に対して、〈信じている〉と答えたのは、26.1パーセントに過ぎない。それに対して、〈信じていない〉と答えたのは、71.9パーセントである。

 前述の文化庁による統計は、宗教団体の自己申告によるもので、それぞれの宗教団体に登録されている人数であるが、読売の世論調査は個人個人の自己申告である。

 この数字を単純に見ると、名簿の上では何らかの宗教団体に属していながら、「自分は宗教を信じていない」と答える人が多いということである。

「宗教」という言葉

 こうしたズレが生じる最大の理由は、「宗教」という言葉に対する認識が、人によって異なるということである。

 宗教という言葉で、ほとんどの人がイメージするのは、新宗教に見られるように熱心に布教をする宗教や、キリスト教のように毎週のように教会に通ってお祈りをするような宗教である。

 一方、お寺の檀家になっていることをもって「私は、仏教を信じている」、あるいは神社の氏子になっていることをもって「私は、神道の信者である」と言う人はほとんどいない。

 ところが、「自分は宗教を信じていない」と考えている人も、ほとんどが、お墓参りをするし、葬儀があれば数珠を持って参列する。明らかに仏教徒としての行動をしている。

 こうした人たちが、「自分は宗教を信じていない」と考えるのは、「自分はきちんと仏教(神道)のことを知っているわけじゃない」と考えていることが大きい。

 例えば、キリスト教徒に対する一般的なイメージは、毎週日曜日に教会に通い、そこで神父さんや牧師さんの説教を聞き、教えを学び、神に祈りをささげているというものであろう。キリスト教徒は、日々教えを学びながら、自己の向上に勤めている人たちだと、多くの人は考えている。

 それに対して自分たちは、「お寺の檀家にはなっているけど、教えを学んで自分を高めていこうという気もない。法事やお墓参りの時くらいしかお寺には行かないからなあ。とても自分は仏教徒とは言えないなあ」と考えるのである。

 もうひとつ、現代日本人の多くが、宗教という言葉にアレルギーを持っていると言うことも挙げられる。

 誰しも一度か二度くらいは、新宗教の信者から、しつこい勧誘を受けたことがある。それで、宗教というものに対して、あまりいいイメージを持っていない人が多いのだ。

 宗教団体の中には、オウム真理教や統一教会などのように、社会問題化するようなものもあり、これらも宗教のイメージを悪くするのに一役買っている。宗教は恐いもの、宗教は迷惑なもの、と考えている人もいるのである。

 こうした中で、宗教、とりわけ宗教団体というものを嫌う人が多いのも、現代日本の特徴であろう。

 こうした状況が「自分は宗教を信じている」と考えるのを妨げているのである。

あなたは、自然の中に、人間の力を越えた何かを感じることがありますか?

 ところが、先の読売新聞の世論調査を見ると、〈あなたは、自然の中に、人間の力を越えた何かを感じることがありますか、ありませんか〉という設問に対して、五六・三パーセントの人が〈ある〉と答えている。

 実に半数以上の人が、自然の中に人間の力を越えた何か、を感じている。質問自体が漠然としたものなので、それが、一神教的なゴッドなのか、神道的な八百万の神なのか、仏教的な仏なのか、木や石や風にやどっている精霊のようなものなのかは、人それぞれであろう。ただ、半数以上の人が、神的な存在を感じているというのは確かである。宗教団体に属しているということに関係なく、日本人は、科学では説明できない、見えない何かを信じているということである。

あなたは、自分の先祖を敬う気持ちを持っていますか?

 さらにこの世論調査には、〈あなたは、自分の先祖を敬う気持ちを持っていますか、持っていませんか〉という設問がある。これに対しては、実に94.0パーセントの人が〈持っている〉と答えている。先祖を大切にするという、先祖供養の気持ちは、ほとんどの人が持っていると言っても過言では無い。

87.2%が仏式葬儀

 さらには、一般財団法人日本消費者協会の第11回「葬儀についてのアンケート調査」(平成29年1月)によると、葬儀を行った人の中で、仏式を選んだ人は、87.2パーセントである。

 近年、無宗教葬や直葬が増えたと言われているが、現実としては九割近くの人が仏教での葬儀を選んでいる。

 こうした人たちが、果たして無宗教だと言えるだろうか。

大多数が素朴な信仰心を持っている

 つまり「宗教」という言葉を、熱心に宗教施設に通う、教えをきちんと学ぶ、という枠組みで理解している人が多いため、「自分は無宗教」と考えがちなだけで、実は大多数の人が素朴な信仰心を持っていると言うことである。

 そして「自分は無宗教」だと考えている人たちが、仏式で葬儀をあげている。頭では「宗教なんて」と思っていながら、仏式で葬儀をしないと気持ち悪いのだ。

 日本には、自分では仏教徒でないと考えているのに、その行動があきらかに仏教徒の行動となっている無自覚的な仏教徒、つまり「なんとなくの仏教徒」がたくさんいるのである。「なんとなくの仏教徒」にとって、仏教は空気みたいなものなのかもしれない。もちろん、いい意味で「空気みたいなもの」である。(続く)


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