チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』


まず、サイトウ・キネン・オーケストラと小澤征爾の演奏をぜひ聴いてほしい。


実にいまから30年も前の演奏である。息づく音の圧力、迫りくるようなうねりが聴こえますでしょうか。

いわゆる昔の桐朋サウンドである。20世紀後半、高度経済成長と並走する西洋近代音楽への挑戦の残滓を、そこに感じることができる。決して歴史的な産物にとどまらない、チャイコフスキーの中にあったであろう熱い内的衝動をそのまま感じ取ることができるような名演である。

ただ、本流にあるべきモダンな演奏は、例えばConcertgebouw Kamerorkestの演奏だと思う。

https://youtu.be/M2ZU-1EyVOw


第一楽章の頭から、イ長調のメロディでありながらハ短調の主和音、チェロの伴奏はハ短調の音階という、”陰”の部分がびんびんに伝わってくる。チャイコフスキーはこの曲についてモーツァルトへのオマージュと述べていたとのことだが、一見陽気なようでいて実際には深い憂鬱さが潜んでいるようなところをそう評しているのかもしれない。歴史に残る素晴らしい作品を書いた天才も現世では使用人でしかなかったというモーツァルトの深刻さ。

ただ、むしろ音楽の作り方はチャイコフスキーの他の作品(有名どころではくるみ割り人形のパ・ド・ドゥ)でもみられるような「音階に手を加えて音楽にする」手法や、ワルツを中間楽章に配置するような構成などチャイコフスキーらしく、楽章の調性も5度進行と典型的ではある。

第1楽章の冒頭と第2楽章ばかり有名になってしまっているが、第3楽章、第4楽章こそ、じっくり聴いてもらいたい。じっくり聴くと、静謐さの中に強いものを感じ取ることができると思う。

keep distance、stay at homeの時代なればこそ。

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