見出し画像

”理不尽な体験”は人を成長させるか?

もう30年以上も前の話である。当時、私は旅行会社の営業2年目であった。学生時代からヒッチハイクで日本中を旅行したり、未知の世界に足を踏み入れたりすることに何の抵抗もなかった私は旅行商品を販売する、ということは
辛いと思ったことはなく、当時もノリノリで新規開拓営業を日々こなしていた。
そんなとき、某県で不動産を経営されている新規のお客様を自社パッケージツアーのハワイへ送客した時の忘れられない出来事がある。
その不動産経営者ご一行はデラックスホテルのツアーで3~4つあるデラックスホテルのいずれかに宿泊出来る、というものであったが年末年始というピークシーズンでもあり、ホテルの指定はできないという条件のツアーであった。
だが、不動産経営者ご一行はたまたま誰もその宿泊するホテル名を知らなかっただけなのだが、そのことに帰国後、クレームがついた。
「自分たちが知らないホテルだったのでショックだった」、「ショックすぎて全然面白くなかった」、「ツアー代金を返してほしい」、「事情を説明しにこっち(某県)まで来てほしい」、ということを一方的に電話の向こうでまくし立てて、「あんたじゃ埒が明かないから上司を出せ。」という始末にこちらも困り果て、一旦電話を切り、上司に「電話をお願い出来ますか?」と頼んだのだが次の瞬間、その上司は淡々とこう言ったのである。

「上司を出せ、と言われる度に、上司である私が電話に出て、次に私ではだめだから社長を出せ、と言われたら、はいそうですか、と社長に代わるのかな?」

それっきり、私の上司は何も言わなかったのである。
それから私なりに色々と考えて、自ら不動産屋に電話をして
「私が今からお伺いします」、と伝えたのである。


そこからが地獄だった。某県に着くまでに2時間、それからその不動産経営者の事務所に行くと、いきなり床に正座をさせられたのである。
間違いなく宿泊したホテルはデラックスであること、欧米では認知度のあるホテルであること、日程表通りツアーは消化したのでツアー代金は返せないこと、等等を相手のプライドを傷つけないように、下手、下手に出て根気よく何度も説明することを繰り返して、気が付いたら4時間が経過していた。
最後は根負けして、なんとか開放されて東京に戻ってきたときはすでに陽が暮れていた。身も心もボロボロだった。不動産屋を出るときに、およその東京駅到着の時刻を上司には電話で伝えていたのだが、東京駅八重洲口の改札正面に、その上司が待っていた。
「腹減っただろ、ついてこい」と言われ、八重洲口近くの寿司屋に連れていかれた。「好きなだけ食え」と言われた。
そのとたん、上司の前で泣いた。泣きじゃくった。泣きながらウニと中トロを頼んだ。

画像1

今回の出来事を、理不尽な上司と捉えるのか、否か。
私は、上司が私に対人折衝力、交渉力、そしてクレームに対する場数を踏ませて成長を促したかったのではないか、と今なら思える。
(当時は寿司は奢ってもらったとはいえ、それほど割り切れない日々を過ごしたが)

100人の人がいれば100人みな違う性格や個性の持ち主である。
営業をする上でも、相手に合わせた対応は千差万別で、人によって異なる。
上司たるもの、部下の育成は非常に難しいといえるが、なんでもかんでも
上司や先輩に依存するのではなく、自分なりにまず何をしなければならないのか、今の自分に何が出来るのか、をまずは自らが考えてやってみる、ということが重要な気がする。指示を出すのは簡単だが、それではいつまでたっても人に依存する、想像力や判断力の乏しい部下を作ることになってしまう気がする。私の上司も、おそらくその時の私の行動に、かけてみたのではないか、と思える。そのおかげで、その後、似たようなクレームが生じた時には自分なりに冷静な判断と対応が出来、それが“場数を踏む”ということにつながったような気がする。
お客も理不尽だったが、私の上司も“理不尽”であった。だが、その理不尽さが人を作っていく気がしてならない今日この頃である。


ちなみにその“理不尽な”上司とは今も定期的に下町で一献傾ける仲である。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
やったー!
ADの番組配属、ITエンジニア派遣、学生クリエイターによるweb制作、シニア派遣、映像制作、IP事業を展開する(株)シオンステージ代表。→https://sionss.co.jp/ 受付接客に特化した派遣なら→https://ssskanoa.com