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北京で進む「未来の家プロジェクト」・下

前回からつづく)「未来の家プロジェクト」のモデル住宅建設現場を視察した後、徳留弘孝社長は遠藤教授を中国政府建設部信息中心(情報センター)へと案内した。そこで2人を待ち受けていたのは未来之家置業有限公司(Future House Real Estate Co.)の林宇氏(董事長兼総経理:Chairman of the Board, Director)であった。同公司は、「未来の家プロジェクト」を中国建設部とともに推進している事業体であり、林氏はその要職にある。その林氏、徳留社長、遠藤・鹿児島大学教授が、中国の木造住宅市場の現状について語り合った。

高評価住宅は政府の後押しで団地造成の核に

遠藤教授
  「未来の家プロジェクト」についてもう少し詳しく教えて欲しい。

林董事長兼総経理
  中国では都市化の進展に伴って、住宅市場が年々拡大している。年間20億㎡(建築面積)のペースで建築が進められている。しかし、その9割がエネルギー消費の大きい住宅建築であり、今後改善が必要だ。そこで中国政府が打ち出したのが省エネ。設計段階から省エネを重視した家づくりを進める方針をとっている。「未来の家プロジェクト」はこうした背景から進められており、一言でいえば「環境に優しい家づくり」を目指している。日本や欧州など海外の先進技術を取り入れたモデル住宅を展示することにしている。
  
遠藤
  プロジェクトへの参加国はどのようにして募ったのか。


  プロジェクトは2003年から始まった。募集は在中国各国大使館商務部を通じて行った。応募した国々の中から、環境共生、省エネ、ハイテクというコンセプトを主な基準として採択を決めた。その結果、日本を含む10か国が参加することになった。
  
遠藤
  モデル住宅完成後はどうなるのか。

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林宇氏


  2つの途がある。1つはモデルハウスを見て、気に入った国のモデル住宅を、個人や団体が建てること。もう1つは、中国政府が組織したモデル住宅評価委員会で、ある国の住宅が高い評価を受けると、政府の後押しで商業的な運用が始まる。具体的には、北京、上海などのコミュニティー(住宅団地)造成が決まると、高い評価を受けた企業へ、当社と共同の住宅市場調査を行わないかと提案する。同意が得られれば、土地の取得計画を立て、団地造成が行われ、住宅建築が始まる。おおまかに言うとこんな感じだ。

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徳留弘孝氏

日本の先進技術と豊富なノウハウに期待

遠藤
  なるほど。徳留社長が喩えた「モデル1棟値千金」(前号参照)という言葉が実感できる。では、輝北プレスウッド(株)のモデル住宅づくりをどう見ているか。
 

  鹿児島県を中心に、公営住宅、公共施設建築の実績があることに加えて、1戸建て住宅も得意としている点に注目している。現在、中国では森林伐採が禁止されている。自国の木材が使えない。しかも、中国には大断面集成材製造技術の蓄積がない。したがって、1戸建て住宅はもちろん、病院、学校、会議場、体育館などの公共建築に、輝北プレスウッド(株)のノウハウは大いに役立つと思う。
  
遠藤
  今後の課題は何か。


  コストが高いことだ。
 
徳留
  それは生産拠点(製材加工、プレカット)を中国につくることによって克服できる。

中国の風土にあった木造住宅の提案へ


遠藤
  
この3月に開催された第10期全国人民代表者会議(全人代)で、胡錦濤指導部は「弱者との共存」を強調した。急速な経済発展は沿岸部と農村部の貧富の差を拡大している。同大会で採択された「新農村対策」では農村の基盤整備が重点課題になっているが、農家住宅も例外ではないと見ていいか。
 

  そのとおり。年間20億㎡ペースの建築のうち、7割は農村部と公共施設、残りの3割が都市部だ。いかに農村部の住宅需要が大きいかがわかる。その農家住宅は問題を抱えている。例えば、生活排水はそのまま近くの溜め池や川に垂れ流しており、環境汚染の一因になっている。雨水の有効利用、排水処理技術の確立は焦眉の課題だ。その際の整備費用は、農家住宅1棟16万人民元(約240万円)が1つの目安になる。
  
遠藤
  徳留社長は15年間にわたって中国の住宅市場をつぶさに見てきたわけだが、今回の「未来の家プロジェクト」への参画を通して感じたことは何か。

徳留
  最終的には、中国の木造住宅とは何かを提起することが重要だ。欧州でもない、日本でもない、米・加でもない、中国の風土や生活慣習にあった木造住宅があると思う。北京の天安門は木造だ。中国にもかつて木造住宅建築の技術はあったのだが、歴史のどこかで途絶した。それを新たに復権することが課題だ。その共通のゴールを目指して日中双方で汗をかきたい。それが私の願いだ。

◇          ◇

  日本の林業・木材産業界は、急成長を遂げる中国に対し、丸太や製材加工品の輸出攻勢をかけようと躍起になっている。しかし、その多くが中途半端だ。何故か。マーケティングが不十分だからだ。中国は驚異的な経済発展→だから丸太や製材加工品が売れるはず、という安易な考えで中国に進出し、目先の利益を追っている。その点、徳留社長は違う。15年前から中国調査を行い、「(「未来の家プロジェクト」に)出るもリスキー、出ないもリスキー、同じリスクを背負うなら出て勝負を賭けたい」と明言している。その徳留社長が、中国独自の木造住宅を提起することが自分の最終ゴールだという。「燕雀安(えんじゃくいず)くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」である。
  (注)前回及び今回の「ルポ&対論」では、ジェトロのLL事業:事前調査(中国市場)の支援を受けた。記して感謝の意を表したい。

『林政ニュース』第292号(2006(平成18)年5月17日発行)より)

次回はこちらから。


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