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インド人宝石商(ジャイナ教徒)がつなぐ御徒町と世界の宝石市場


御徒町のインドの方にジャイナ教徒が多いらしい、というのは以前聞いたことがありましたが、その内容については全く無知に等しい状態でした。

例えば、CGL Gemmy 149 号 「小売店様向け宝石の知識「宝石大国・インド4」」


ジャイナ教の教えは、「うそをついてはいけないから約束は徹底して守る」。それが信用と成功につながっている。また「ジャイナ信徒は死後に、生前の善い行いと悪い行いが会計簿の債権と債務のように計算され来世が決まる」。だから「生前の行いは正しくあれ」という。ジュエリー・ビジネスは商品・金銭の貸借があり多額になるので信用がなければ取引は成り立たない。だから信用の厚いジャイナ教信者は圧倒的な存在感がある。

たまたま映像を見る機会があり、ジャイナ教というもの自体に興味がわきました。


礼拝の様子など、なかなか観ることが難しい貴重な映像ですね。

すべての肉のみならず、魚や卵、蜂蜜すら禁止の方もいるとのことなので、取引に伴う会食や、特に雇用関係においては留意しておく必要がありそうです。

少なくとも、インド人宝石商の方たちと接するときに、最低限の知識を持って、失礼が無いようにしたいと思ったので、本なども可能な範囲で調べてみました。

知識ゼロの状態から、少し知っておきたいという方のための勉強メモのシェアのため、正確さや解釈などについては原典に当たって下さい。

※もちろん日本語の文献で調べられる範囲の不十分な理解なので、おそらく誤りもあると思われますのでご承知おきください。

1 ジャイナ教の戒律とは?

「インドには仏教と並んで発展した宗教としてジャイナ教という宗教がある。それはいろいろの点で仏教と似ているので、仏教の姉妹宗教のように見なされているが、異なって点も少なくない。ジャイナ教とは「ジナ(勝者)の教」という意味であるが、勝者とは煩悩に打ち勝った人という意味である。戦場で敵にうち勝つよりも、自分の煩悩にうち勝つことのほうが、むずかしいというのである。ジャイナ教の開祖マハーヴィーラは厭世観をいだき、業に束縛された悲惨な状態を脱して永遠の寂静・至福の状態に達するためには、極度の苦行を実践して、霊魂をきよめることが必要である、と教えた。このジャイナ教は、後世、仏教と並んで発達する大宗教となったのである。」(155頁)

ジャイナ教がまず第一に遵守すべきものは、次の5つの大戒です(同著281頁)。

1 不殺生 生きるものを殺すなかれ

2 真実語 真実のことばを語れ

3 不盗 盗むなかれ

4 不淫 淫を行うなかれ

5 無所有 なにものも所有するなかれ

中でも、ジャイナ教のいう不殺生というのは、人間に限ったものではなく、動物や虫でさえも徹底して禁止だそうです。なので、

・夜遅く暗くなってからご飯を食べてはいけない、口に虫が入って殺してはいけないので、口にマスクをしている(同610頁)

・ジャイナ教の行者は髪や髭を剃らないで、抜いてしまう。剃刀で剃ると、毛髪のなかにいる虫を傷つける恐れがあるからである。(同112頁)

などが紹介されていました。

2 南方熊楠が高く評価していたジャイナ教

『十二支考』や『南方マンダラ』で有名な博物学者、南方熊楠は、ジャイナ教を次のように「すぐれた思想」と評価しています。

「仏教よりも、キリスト教よりも、まさっているのは、ジャイナ教である。「すなわち、思考、言語、行為を善にして、語ることなき動物のみが、植物までも信切にするなり。この動植物を憐れむことは、仏教またこれをいうといえども、ジャイナ教は一層これを弘めたり。すなわち動植物みな霊魂ありと観て、病獣のために医療を立つるを慈善業とす。・・・階級の差をもって得道を妨ぐるおとなく、誰人にても涅槃に入り得ると主張す」。キリスト教は人類の平等を説くが、ジャイナ教はその上に生類の無差別を主張し実践する点でよりすぐれているのだと南方は評価した。」(鶴見和子『南方熊楠ー地球志向の比較学』(日本民族文化体系4、講談社1978年)81頁)

一昨年、上野の国立科学博物館で開催された南方熊楠展を観るために『十二支考』を読破したことがあるのですが、南方の万物に対する知的好奇心や愛情を注ぐ思想と、ジャイナ教の不殺生、そして「正しい知識をもて」という教えは、たしかにどこか親和性があるような気がします。

3 宝石ビジネスとの親和性

ウソをつかない、酒も飲まないなど、厳しい戒律を守る生活を送るため、信用があること、またその厳しい戒律のためにできない職業を除いていくと、その結果残るのが商業だけだったこと、というところで、宝石商という仕事に従事する方が増えていったようです。

あのマックス・ウエーバーも次のように行っています。

『宗教上の戒律が経済上の職業的分野をこれほど厳しく拘束している例は他には類例に乏しいであろう。インドの土着商業資本の研究のためには、まず第一にジャイナ教に注視せねばならない。』(Max Weber: Hinduismus und Buddhismus, 訳は前掲中村元・614頁)

また、特に御徒町において定着していったジャイナ教宝石商コミュニティについて実際にフィールドワークやオーラルヒストリーとして調査された論文として注目すべきはこちらです。

飯島芽美『東京都台東区御徒町のインド人宝石商にみる徒弟制~トランスナショナルな継承~ 』(2018年)

https://www.toyo.ac.jp/-/media/Images/Toyo/academics/faculty/soc/dscs/thesis/2018sotsuron/1520150044.ashx?la=Global&hash=BD3F4DB0F71F5C6CB116237517E8CFF23F87BC7E

実際に御徒町を歩いて分布を調べ、6人のインド人宝石商からインタビューし、スワーミワッスルというランチ会に参加したという社会学らしいアプローチが実に面白いです。

本論の調査は、2017 年 10 月から 2018 年 11 月にかけて、御徒町で宝石店を営むインド人男性 6 人に、宝石商になった経緯や宝石商の修行を中心にインタビュー調査を実施した。
また、2018 年 8 月 25 日に御徒町で日本人経営の宝石店とインド人経営の宝石店がそれぞれどのように分布しているのかを明らかにするために、町を歩いて地図に記入した。(中略)
 結論として、御徒町のインド人宝石商の仕事が継承されていく過程は、第一に宝石商を始めるためには家族や親戚が宝石の仕事に就いていなければならないこと、第二に宝石の勉強やビジネスの仕方をインドの宝石店での徒弟としての修行を通して学んでいること、第三にインドでの修行を通して学んだ知識を持って御徒町に移住してきたジャイナ教徒は、「Tokyo Jain Sangh」に参加することで日本でビジネスを営むことができている。インドで親方‐弟子という徒弟制による修行によって宝石商になったジャイナ教徒は、昔からの日本の宝石店との繋がりを生かして日本でのビジネスの基礎を形成し、「Tokyo Jain Sangh」へ参加することによって、国境を越えて宝石商という仕事を継承している。(2頁要旨より抜粋)


この論文は東洋大学でも表彰されている他、すでに今年3月に福岡の宝石商の井上さんがこちらをシェアしているツイッターがバズっているのを見つけました。

井上さんもコメントしているとおり、「取引はあるけど宗教のことはセンシティブな内容だからこれまであまり触れられずにいた」という方が多かったようで、隣人として気にはなっていたという方が多くいたようです。

御徒町のジャイナ教コミュニティについての数少ない研究として、注目に値する論文といえます。

4 おわりに

これまでも日本のジュエリー業界と密接なつながりがある、インドのジャイナ教徒ネットワークですが、「取引はあるけれど実はあまりよく知らない」という方も多いのではないかと思います。

少しでも相互理解のための一助となれば幸いです。


御徒町の本格インドカレー食べたいです。



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人形町のジュエリー弁護士⚖️ ジュエリーコーディネーター(JJA-JC2/GIA-AJP)💍 ウオッチコーディネーター(CWC) パールエキスパート(SA) 法律サービスの面から宝飾文化の発展に貢献する💎 https://jewelryandlaw.com
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