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人間の弱さを知る --- 育児、仕事、乳がん、家族 --- 5年日記の終わりのその先

2020年12月31日に、5年日記を書き終えました。息子を出産してから、育児休暇中に毎日ミルクの時間、オムツ交換からお昼寝の時間まで細かな育児日誌をつけていた私を見て、職場復帰前に夫が買ってくれたものです。毎日追われるように過ごしてしまい、何をしたかも覚えていない生活になるのが怖く、強迫観念にかられてつけていた育児日誌。

その続きとして、息子が1歳を過ぎた2016年1月1日からつけはじめたものですが、図らずも、この5年の間に人生を大きく変える出来事があり、毎日5行程度の記録が、闘病の様子も含めることになるとは、書き始めたときは想像もしていませんでした。

5年日記の終わりのその先。あくまでも自分の記録のためにつけていた5年日記でしたが、「自分の経験が1ミリでも誰かの役に立てたら」「これから成長する息子が将来、私のメッセージを読んでくれたら」「世の中で重要だと私が信じていることを伝えられたら」--- この3つを思い、noteを書き始めることにしました。

私の闘病は2019年7月12日(金)の夜に始まります。郵便受けに入っていた乳がんの精密検査の結果のお知らせの手紙を開封して見たものは下記の文言でした。

「細胞診は残念ながら class V (悪性・乳管癌)でした。」

「細胞診結果の詳細をご説明し、今後の方針をご相談したいと存じます。(中略)ご都合がよろしければこの日時でご来院ください。」

手紙に書いてあるのはそれだけ。10日後に再診の予約が入れられていました。

私が乳がん?「class V」はもう末期ということ?息子はまだ4歳なのに、彼を残して死ぬかもしれないの?

初めて本気で死を覚悟した瞬間。

手紙で告知を受けたその時から、自分にとって見える風景が激変しました。

保育園に登園する何気ない日常。もう送迎もできなくなるのか、私。呆然としながらも、休み明けにいつものように、同じクラスのお母さんに「おはようございます」と挨拶をしました。

「彼女は癌じゃないんだ。癌じゃないだけで羨ましい。自分の命の心配をせずに育児ができるなんて私も彼女のようになりたい・・・。」

自分がこんな風に同じクラスのお母さんを羨望の眼差しで見ることになるとは思いませんでした。命の心配をせずに日常生活を送ることがどれだけ貴いことなのか。

当たり前だと思っていた日常。送迎するのがいつも自分で、夫じゃないことに対して不満を持っていた自分。なんて愚かだったのか・・・息子の送迎ができるだけで幸せなことなのに。

それから再診の日までの10日間、眠れない夜が続きました。

それでもようやく少しだけ眠れたと思って目が覚めると、「あ、私は癌なんだ…。夢じゃなくて現実だったんだ…息子を残してもうすぐ死ぬかもしれない…」と打ちひしがれる日々。

癌は告知されてから、さらなる検査で治療方針が決まるまでは、状況が分からずに不安になる「魔の期間」と言われています。私の魔の10日間は本気で死を覚悟し、息子を残して死ぬことへの不安に押しつぶされそうになる日々でした。

人間誰もが死を迎える。分かっていることだけど、息子はこんなに幼く、まだ早すぎるのでは・・・

そんな魔の10日間に、私を救ってくれたのが夫と両親を始めとした家族と友人の支えでした。特に前年に皆で集まったときに「乳がんを経験した」とカミングアウトしてくれた友人の話は、私を勇気づけました。

彼女とランチをし、自分のことを伝え、再診のときに先生に聞くべきこと、やっておけば良いことを聞きました。

彼女の病状も詳しく教えてもらいました。二度の手術、辛い抗がん剤治療を経て、ホルモン治療を続けている彼女はとても強くなっていました。

「大丈夫だよ!私でも、自分が死ぬとは思わなかったよ。だからあなたも大丈夫。やるべき治療をしっかりすれば、大丈夫だから!」

その言葉にどれだけ励まされたことか…

それから幸いなことに、私は必要な治療(手術)をして病理結果は「ステージ1」。1年以上経過して、現在も外見から見たら普通に生きています。いまも息子の保育園と習い事の送迎ができているありがたみをかみしめながら。

これまでワーキングマザーとしてフルタイムで仕事することを最優先にがむしゃらになっていて、周りが見えなくなっていたこと。病気になったことで得たもの。気づいたこと。

このnoteでは、敢然と逆境に立ち向かう姿ではなく、何かを諦めたり、今までできたことが、できなくなる「弱い人間」としての自分の姿の方が多くなるかもしれません。

物事がうまくいっているとき、自分が強いときは、弱い人の立場を全く分かっていなかった自分に今になって気づきます。経験しなければ、本当のところは分からないのかもしれない。

そんな「人間としての自分の弱さや愚かさ」を認め、受け入れて、それでも生きていく。私が経験したことを、息子や誰かに少しでもメッセージとして届けることができれば。

そんな想いで、5年日記の先に、noteを始めることにしました。

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