人思いのエゴ、ポジティブの弊害
いつかの新興宗教で「定説です。」と言う人がいた。髭面でいかにも教祖といった風貌。他人がとやかく言うでもないけど、うさんくささも相まって、特に批判的なことすら思わずスルーした。
自分にだって、これは信じる、というものがある。ふと、信じて疑わないことに、教祖や犯罪者と似たような側面はないかと考えた。もしかして、自分の知らない観点や価値観で、自らを批判できていないのかもしれない。
たとえば、誰かにアドバイスをするとき、自分の信じる中から役立つことを探そうとする。スキルの長けた人