土木工事業の見える化(管理会計)

管理会計を活用して自社を「見える化」することの重要性を、土木工事業を例にして説明します。中小企業、とりわけ土木工事業のような現場作業が多い業界では、日々の業務に追われる中で経営状況を把握するのが難しく、結果として利益を圧迫する要因が見逃されがちです。管理会計を導入することで、収益構造や経費の詳細を数値データで把握し、経営改善の道筋を明確にすることができます。

土木工事業の現状と課題

土木工事業を営むA社は、従業員10名の零細企業です。主な業務は、マンション・施設などの大型物件の基礎工事の下請け。10名を3チームに分けての稼働。現場ごとに異なる工程や人員配置、経営者は毎日の現場管理に追われる日々です。

工事ごとに利益率・利益額が異なるため、どのプロジェクトが収益を生んでいるのか、あるいはどの現場が赤字になっているのかを正確に把握することができていませんでした。

A社の経営者は高校卒業後、すぐに地元の土木会社に就職し15年の経験を経ての独立。現場作業の経験が豊富で、現場運営には自信があるものの、経営の数字には疎く、会計処理は税理士に任せっきりでした。売上は出ているものの、毎年の利益が思うように増えないことに悩んでいました。特に、繁忙期と閑散期で資金繰りが苦しくなることが多く、資金不足に陥ることが頻繁に起こっていました。

管理会計の導入

このような状況を改善するため、A社では管理会計を導入することにしました。管理会計を用いることで、現場ごとの収支や固定費・変動費を把握し、経営判断をデータに基づいて行うことを目指しました。以下に、具体的な管理会計の導入ステップとその効果を紹介します。

工事別の収支管理

まず最初に取り組んだのは、工事ごとの収支の「見える化」です。これまでは、全体の売上や経費をひとまとめにして帳簿をつけていたため、個々の工事ごとの採算性が不明確でした。そこで、工事ごとに収入と支出を分けて記録し、利益を分析することにしました。各プロジェクトごとの材料費、外注費、人件費、機材費、現場経費を計上することで、どの工事が利益を生んでいるか、どの工事が赤字になっているかが明確になりました。

この分析を行った結果、ある小規模な工事が実際には赤字であることが判明しました。理由は、材料費の高騰や現場の追加作業によるコスト超過が原因で、当初見積もりでは予測できなかったコストが発生していたのです。このようなプロジェクトが複数存在していたため、会社全体の利益が圧迫されていました。これにより、今後は見積もり時にリスクを見込んだ価格設定を行う必要があることが分かり、現場管理の強化が進められました。

また、大規模プロジェクトでは利益が出ていると思われていましたが、管理会計を導入して詳細に分析したところ、外注費や機材レンタル費用が想定以上にかかっていたことがわかりました。これにより、今後は外注業者との契約を見直し、コスト削減の余地を見出すことができました。

人件費と機材費の最適化

次に取り組んだのは、人件費と機材費の「見える化」です。土木工事業では、多くの作業員や重機を必要とするため、人件費や機材費が大きな負担となります。A社でも、各現場に何人の作業員を配置するべきか、どの機材を使用するべきかは経験則に頼っていました。しかし、管理会計を導入することで、実際の作業時間や機材の使用時間を正確に記録し、現場ごとに必要なリソースをデータに基づいて計画できるようになりました。

たとえば、ある現場では作業員を過剰に配置していたことが判明しました。作業の進捗に対して必要以上の人員が配置されており、その結果、人件費が無駄にかかっていたのです。管理会計のデータを元に、各現場の作業進捗と人員配置を調整することで、過剰な人件費を削減することができました。

また、機材費に関しても、使用頻度の低い重機をレンタルしていたため、無駄なコストが発生していました。機材の稼働状況を記録し、稼働率の低い機材については、購入ではなくレンタルを利用するか、あるいは他のプロジェクトで共有することで、コスト削減を実現しました。

キャッシュフローの改善

A社では、繁忙期と閑散期で売上が大きく変動するため、資金繰りが安定せず、特に閑散期には運転資金が不足することがしばしばありました。管理会計を導入することで、キャッシュフローの予測(資金繰り表の作成)が可能になり、どのタイミングで資金が不足するかを事前に把握できるようになりました。

具体的には、各プロジェクトの収入と支出のタイミングを詳細に分析し、繁忙期に余剰資金を確保し、閑散期に備える資金計画を立てることができました。また、材料費や外注費の支払い条件を再交渉し、支払いサイトを延長することで資金繰りを改善しました。これにより、閑散期でも無理のない資金運用が可能となり、資金不足に陥るリスクを回避することができました。

固定費の見直し

さらに、管理会計を通じて固定費の詳細も明確にしました。特に、事務所の賃料や光熱費、保険料などの固定費が全体のコストにどの程度影響を与えているかを分析しました。その結果、事務所のスペースが過剰であることが判明し、事務所の縮小やリース契約の見直しを行うことで、賃料を削減することができました。また、保険料に関しても複数の業者と交渉し、より安価な契約を結ぶことに成功しました。

意思決定の迅速化

管理会計の導入により、経営者はこれまで現場の直感や経験に頼っていた意思決定を、具体的なデータに基づいて行うことができるようになりました。たとえば、新規プロジェクトに参入する際には、過去の工事ごとの収益データを基に、どのような条件下で利益を上げられるかを予測し、無理のない受注判断を下すことが可能になりました。これにより、赤字を生むリスクを減らし、利益を最大化するための戦略的な意思決定が進められるようになりました。

結果

管理会計を導入した結果、A社は短期間で大きな経営改善を実現しました。まず、工事ごとの収支が明確になり、利益率の低いプロジェクトを排除することで、全体の利益が15%向上しました。さらに、人件費や機材費の無駄が削減され、コスト全体を10%削減することに成功しました。また、キャッシュフローの改善により、閑散期でも資金不足に悩まされることがなくなり、安定した経営を維持できるようになりました。

この事例は、土木工事業のような現場作業が多く、経営資源の管理が複雑な業界においても、管理会計を活用することで経営の「見える化」が可能であり、経営改善に直結することを示しています。特に、工事ごとの収支やコストの詳細な把握が、利益率向上やコスト削減の鍵となることが明らかになりました。

まとめ

管理会計を導入することで、土木工事業においても経営を数値データで可視化し、経営改善のための具体的なアクションプランを策定することが可能になります。工事ごとの収支管理、人件費や機材費の最適化、キャッシュフロー管理など、経営の重要な要素を「見える化」することで、データに基づいた意思決定ができるようになります。土木工事業に限らず、中小企業全般において、管理会計は経営改善の強力なツールとして機能するのです。

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