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月に1冊ディックを読む➇「偶然世界」

今年の1月から毎月1冊、ディックの長編を読んでブログに書くことにしています。5月が連休のために2冊書いたので、7月で8冊目です。ディックは高校から大学にかけて読みふけったSF作家の1人です。凄く自分の価値観に影響を与えているのか、価値観が近いから読みふけったのか…。「ユービック」「火星のタイムスリップ」「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」「流れを我が涙、と警官はいった」「宇宙の操り人形」「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「時は乱れて」の次に選んだ8冊目がコチラです。

【原題】「SOLAR LOTTERY」(アメリカ版)。「WORLD OF CHANCE」(イギリス版)。ちなみにディック自身がつけた原稿時点の題名は「QUIZMASTER TAKE ALL」。

【読んだ邦訳本】ハヤカワ文庫SF 241 小尾芙佐 1977年5月31日発行

【この作品が書かれた年】1955年

【この作品の舞台】2203年

【この作品の世界に存在する未来】火星のワークキャンプ、九惑星連邦、頭を2つもつジャージィ種の子牛、執務庁専属の占師、ボトル、ワゾウーリル・ヒル、有級雇用者、無級者、惑星間視業公社、パワーカード、ボトルの無作為運動、走査機、ヒル・システム、クイズマスター、ミニマックスの基本原理、フェノバルブ自動販売機、ロボット・タクシー、ミニマックス・ゲーム、テレパス、ティープ、ロボット事務員、プレストン会、大陸間宇宙船、バタヴィア時間、ボトル撃動、ランダムな権力トイッチ、光り輝く商品を分配する精巧なクイズ・マシン、最終戦争、太陽系の謎の第十惑星、伝説の《炎の月》、公認の刺客の指名大会、磁気誘導着陸装置、プロタイン、政府クイズ、超光速エンジン、イプヴィック、木星のワークキャンプ、大きくなったら刺客になりたい、自動着陸装置の磁波、異文明からの通信、C=プラス・エンジン、思念指令

まあ、凄い作品です。もともとハヤカワSFシリーズでは「太陽クイズ」というタイトルで刊行されています。横須賀の顧客訪問の帰りに16号沿いの古本屋で購入しました。しかし、ハヤカワSF文庫では「偶然世界」となってます。最初はアメリカ版の訳、今はイギリス版の訳ということだったんですね。

まさに「偶然世界」、ランダムですべてが決まる世界です。そして、そこには「ティープ」と呼ばれるテレパスたちがいます。9つの惑星世界の最高権力者であるクイズマスターは、公共的偶然発生装置ボトルのランダム権力トイッチによって決められます。要は世界を統治する最高責任者がくじで決まるわけです。物語の冒頭で最高権力者であるヴェリックがこれにより失脚します。代わって最高権力者につくカートライト。最高権力者はその座についた時点から公認の刺客に命を狙われます。刺客は公認の刺客指名大会で決められます。最初の刺客が失敗すると、次の刺客が専任され、これが続きます。なんだ、もうこの設定は、という感じですね。カートライトにさし向けられた刺客はキース・ぺリグ。この設定がさらに凄い。最高権力者クイズマスターは、大勢のティープと呼ばれるテレパス部隊に守られています。刺客の動きはティープ部隊により事前に察知され、目的を果たすまでに多くは命を落とします。しかし、キース・ぺリグは違う。彼は人間ではなく、有機アンドロイドなのです。そして彼の人格にはランダムに交代して多くの人が入れ替わり立ち代わり入り込みます。人格が一定時間でランダムに切り替わるため、キース・ぺリグ自身も次に何の行動をするのかを知りません。次の人格を担当する人の行動は想像できないからです。ということは、テレパスがいくら彼の心を読んでも彼の次の行動はつかめないわけです。ランダムに意思が変るのです。で、結果、ティープ部隊は全滅します。でも、新クイズマスターのカートライトは事前に月に避難していたため、殺害は免かれます。それに気づいたキース・ぺリグは月に跳びます。ほんとに飛ぶんです。高性能宇宙船と同じスピードで彼は宇宙空間を飛ぶことができるのです。アトムみたいです。まったくもって、派手過ぎる話なのですが、結構、特に前半はサイドストーリーもあり読み込ませます。ど派手なあらすじだけではないのです。そして、今、ここまで書いて気づいたこの作品の凄さ、これだけプロットを説明しても、まだ主人公であるベントリーの名前が出てききていませんでした。なんだこれは。ベントリーはクイズマスターの立場を失ったヴェリックにだまされて、ヴェリックと誓約を結び、月にいる新クイズマスターのカートライトにとどめを刺す瞬間には、キース・ぺリグの人格の中にいました。そこで、ヴェリックの裏切りに気づいたベントリー。で、中略ですが、刺客は失敗し、キース・ぺリグは月面から切り切り舞いになって宇宙空間の果てに跳んでいきます。そこでは、カートライトが所属していたプレストン会の数名が、宇宙船にて伝説の《炎の月》を目指しています。そしてそこに現れるのは、はるかな過去に宇宙に消えたプレストン会の教祖プレストン。もはやついてこれますか、このストーリー展開。本作はディックの長編第1作だといわれていますが、執筆されたのは「宇宙の操り人形」の方が早かったようです。ただ、出版されたのがこちらの方が先だったので、長編第1作とされているようです。ここまで紹介しきれていない、エレノア・スティーブンスとリタという二人の女性、ムーアにウエイクマン、なかなか魅力的な登場人物が多く、展開の速さと相まってじっくり読まないと混乱をきたします。それにしても、偶然世界。最高権力者を偶然で決め、刺客の意思はランダムに切り替わる、この設定だけで凄いのに月に行ったり、宇宙の果てまでいったり、判事が突然ジャッジをしたり、《炎の月》で出逢ったプレストンの正体まで…、誠に激しい物語でした。いいんじゃないでしょうか。



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