見出し画像

英語だから言えること

ずいぶん前に読んだ版画家の故池田満寿夫さんの著書で、(確かパートナーの佐藤陽子さんとの対談だったか、海外にいて本が手元にないので拙い記憶で書きます。すいません。)NYでも活動されていて、アメリカ人女性とも付き合いのあった池田満寿夫さんが、キッチンで洗い物を手伝ってあげていたかなんかの際に、「あなたってどうしてそんなに優しいの?」と付き合っていた外国人女性(奥様?)から聞かれて、「もちろん、それは君を愛しているからさ。」(Off cause, I love you.)と英語で答えたけれども、そんなことは日本語ではとても言えないというようなことが書いてあったのが印象に残っている。

愛を言葉にする習慣がない日本

もちろん池田満寿夫さんがこの本を書いた時代から比べると、今はもう少し男性の女性への表現も変わって来てはいると思う。けれども、男性が「愛」という言葉を日常的に口に出して表現する習慣がない国である日本では、「もちろんそれは君を愛しているからさ。」(直訳)と仮に男性が日本語で答えても、なんとなく芝居がかったセリフに聞こえてしまいそうだし、女性の方も、おそらく「なんでそんなに優しいの?」とすでに付き合っている男性に問うことはないだろう。

要するに、日本人は、どちらかと言うと感情的なことは目で見て理解してほしい、察してほしい、というコミュニケーションを好む人種なのだ。

切羽詰まったときにはじめて出る「愛」という言葉

だから「愛」というダイレクトな言葉を日常的に使うのは、日本語ではやや重たくなってしまってハードルが高いと言うのもある。そして、男女の間で日本語で「愛」とか「愛している」という言葉を当人同士が面と向かって直接使うのは、よほどそう言ったことを言うのが好きな人以外は、かなり切羽詰まった状況(決意してプロポーズする時や、誰かから恋人を本気で横恋慕したいとき、または激しい喧嘩やゴタゴタで別れそうになったのを食い止める苦肉の策など?)の方が多いのではないかという感じもする。

英語は愛を伝えるボキャブラリーが豊富

そう考えると、英語のようには軽々しく愛を語れないのが日本語だし日本人ということになる。それに比べると、英語での生活には、あえて「 love 」を使わなくても、愛を伝えるための便利な習慣やボキャブラリーが数多く存在している。例えば、西欧諸国ではごく普通に行われているグリーテイング(挨拶)のハグの習慣もそうかもしれないし、英語でよく使われるような愛する人への愛情を込めた呼びかけに使う表現ボキャブラリーも、人と人とがよりよい関係で存在する為に作り上げられた「愛」のための潤滑油として人々の間で貢献している部分は決して少なくないと思う。

例えば英語だと、恋人や妻や夫、パートナーを呼ぶ名称だけでもざっと思いつくだけでもこんなにもある。

Baby/ babe,   Darling,  Sweetheart / Sweetie,  Honey, Hun, Sugar, Candy, Cutie, Beautiful, Gorgeous, Pretty, Wifey ,Handsome,Hubby, Angel, Doll, Princess, Love/my love, Dear/ My dear,Kitten,Hottie..などなどなど。

日常生活でも愛のある言葉は飛び交う

もちろんどれを使うのかは好みもあるし、関係性によっても違うとは思うのだけれども、男女間(または同性間)で、相手に対する愛情あふれる呼びかけの言葉がここまで氾濫している英語という言語には、さすがにロマンチックな印象を持つ日本人女子も(男子も?)少なくないのではないかと思う。こういった呼びかけの言葉のいくつかは、必ずしもカップルの間のみならず、親しい友達の間や、場合により店員さんからお客さん、看護婦さんから患者さんなどの間でも普通に呼びかけとして使われる事もあったりする。

惜しみなく愛を伝えるのが西洋式

だから、西洋人は英語で愛を伝えることに対しては、日本人のようには出し惜しみはしない。つまり根本的に「愛」の表現に対する考え方が違うのだ。日本人のように、普段から「愛」を表現しなくても、本当に「愛」を感じられていたりするのであれば、それはそれで悪いことではない。ただ、日本人は色々な意味で、「黙っていてもわかってくれて当然」という気持ちに全てを委ねやすい傾向が強いと思う。その考えは英語圏や欧米諸国ではなかなか理解されにくい。だから、あなたがもし今後の人生で、英語や他国語で誰かとやりとりする経験を持つことがあれば、愛情表現のみならず、少しばかり役者になって表現力を磨くのも悪くないかもしれない。

池田満寿夫さんは、70年代のNYでそれをやっていた。その時代の日本人の男性から見たら、それはとんでもない不謹慎なチャラ男だったかもしれない。けれども、英語圏での生活の中で、女性に対して「愛」を表現する喜びを誰よりも早く知ったのは少なくとも事実だと思う。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?