見出し画像

「公的債務は財政問題の解決策でもフリーランチでもない」

***

ライプツィヒ大学経済政策研究所 グンター・シュナーブル、村井大樹
原文:"Japan Embraced Debt as a Way out of Its Budget Crisis. It's Not Working.", Mises Wire, 2020年10月10日

***

安倍晋三首相の突然の辞任を受け、世界中のメディアがアベノミクスに対する総括的評価を出した。その中でも「大胆な金融政策」を称賛する声は特に多い。日銀の国債、社債、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など金融資産の爆買いリストが長くなるにつれ、数十年にわたり停滞していた日経平均株価や不動産価格が上昇した背景があるためだ(白井 2020, ファイナンシャルタイムズ 2020)。一方で、2014年の5%から8%、2019年の10%への消費税率の引き上げについては間違った経済政策や景気回復の鈍化要因など、失敗の烙印を押す論調が見受けられる(エコノミスト2020)。たしかに、安倍内閣の増税は財政健全化をめぐる懸念を払拭できなかった点でも失敗である。実際、日本の根深い財政問題の視点から見れば、消費税増税による税収増は焼け石に水に過ぎない。

図表1:中央政府の税収の推移

画像3

出典:財務省

そもそも日本の財政問題は1980年代後半に株式・不動産バブルを引き起こした日銀の金融政策に端を発する長期的な症状である。バブルは税収を一時的に激増させたが、その崩壊は「失われた30年」と呼ばれる未曾有の長期停滞の始まりであった。1990年から安倍首相が就任した2012年にかけて、法人税・所得税を合計した税収は43兆円から23兆円にまで落ち込んだ(図表1)。

図表2:社会保障費と地方交付税が中央政府の税収に占める割合

画像2

出典:財務省

同時期における中央政府の支出面では、高齢化の進行により公的年金・健康保険への政府負担が12兆円から36兆円へと三倍に膨れ上がった。また、疲弊する地方経済とともに財政難が深刻化する地方へ再配分される地方交付税交付金は毎年約16兆円と、引き続き中央政府の財政に重い負担をのしかけている。これらの支出は順循環的ではないため、2007年から2008年に勃発した世界金融危機は両者だけで中央政府の税収を遥かに上回る結果をもたらした(図表2)。

バブル経済の崩壊以降に日本の財政赤字が恒常化した原因は政治的・経済的制約と深く関連している。社会保障や地方交付税の削減は、高齢者と地方有権者を勢力基盤にもつ万年与党の自民党にとって政治的ハラキリに等しいと受け止められてきた。出口の見えない経済停滞のさなか、増加を続ける歳出の負担を法人税や所得税を通じて企業や従業員に転嫁する政策も打ち出すこともできなかった。

そのため、税収を増やす選択肢として1989年から僅か3%に据え置きされていた消費税を引き上げ、国民全体に負担を分散するしかなかった。しかし、日本の有権者の税金に対する強い反感など消費税増税議論は世論を幾度も二分してきた歴史があり、この手段でさえも厄介なものである。したがって、国の借金である公的債務で目下の財政問題を棚上げすることが政治的に最も都合の良い解決策であり、バブル経済崩壊以降の政権の常套手段であった。数十年にわたって税収を超える支出を続けた結果、一般政府の債務総額は対GDP比で1990年の67%から2019年には240%にまで激増した(図表3)。このような政治的手段を経済的に実現可能にしてきたのは日銀の超低金利政策と国債買入である。一貫して継続されてきた金融緩和は長期金利をゼロにまで徐々に押し下げ、公的債務危機の勃発を防ぎ、国の利払い費を抑えてきた(図表3)。

図表3:日本の長期金利と一般政府債務残高(名目GDP比)

画像3

出典:財務省

1990年初頭から日銀は日本経済を先進国中もっとも金融緩和された状態に置いてきたにもかかわらず、物価の足取りは鈍く政府との協定で定められた2%の物価目標は依然達成できていない。長期化してしまった超金融緩和はフリーランチではなく、その代償は経済成長の麻痺という形で最も顕著に現れており副作用であるゾンビ化は地方経済において著しい。また、所得水準の向上に必須である生産性の伸びは下降傾向にあり、1998年以降実質賃金は低下している(村井・シュナーブル 2019)。このような日本経済の暗い見通しは特に若年層の経済的選択に大きく影響を与え、出生率を押し下げる要因にもなっている。より良い就職先を求めて多くの若者が地方から大都市圏へ移動するにつれ地方の高齢化は急速に進み、並行して減少する顧客は多くの中小企業を廃業させる原因になっている。「失われた30年」の日本の金融・財政政策は一握りの都市経済が大部分の地方経済を支える図式をより鮮明にする結果となった。

安倍内閣の消費税増税はいわば自業自得の結果である長期経済停滞の中で失われた税収を部分的に回収したに過ぎなかった。日銀の金融政策によって暗黙的に支えられてきた巨額の財政赤字は、バブル経済崩壊以降の日本経済の回復や若者の経済的未来を犠牲の上に成り立っている。今回のコロナ危機は安倍内閣による税収の回復を逆転させる可能性が高い。後継者である菅義偉新首相が日本経済の再生を目指すのであれば、過去30年と同じ道筋を歩むのではなくまったく新たな発想をする必要があるだろう。

***

グンター・シュナーブル ライプツィヒ大学経済政策研究所教授

村井大樹 ライプツィヒ大学経済政策研究所研究員


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?