デザインと、移住と。
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デザインと、移住と。

株式会社日本ベネックス



長崎県雲仙市にある小さな温泉町、小浜町(おばまちょう)。

この小さな町には、デザイナーや新しいことにチャレンジをする、クリエイティブな人たちが徐々に集まり、町全体が活気づいています。

地域・人々の生活をつなぐデザインで、この町を輝かせている立役者、
デザイナーの古庄悠泰さん(景色デザイン室)。

今回は福岡県からIターン移住してきた古庄さんに、「移住とデザイン」というテーマで、東京からUターンしてきた社長室・木下が話しを伺いました。



1.師匠との出会い

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古庄:
エアコンとか切った方がいいですか?音とか入らないかな。

木下:
全然大丈夫です。
いつもの感じで、聞いていきます!

古庄:
はい、どうぞ(笑)。
よろしくお願いします。

木下:
よろしくお願いします!
えー、まずどんな経緯で古庄さんが小浜(おばま)に移住したか、というところから聞かせてください。

古庄:
どこから移住してきたかっていうと、福岡から小浜に、約9年前に移住してきました。

木下:
そんな経つんですね。

古庄:
きっかけでいうと、もともと大学でプロダクトデザインの勉強をしていました。授業の一環で、いろんなデザイナーさんが授業にきて、学生がデザインしたものに対して講評、批評してくれるっていうのがあって。

大学3年のちょうど今ごろ(12月)、先生が「今日は友だちのデザイナーを連れてきました」って紹介があって、そのゲストとして来ていたのが、

『スタジオシロタニ』(長崎県雲仙市小浜町)を主宰している城谷耕生さんだったんです。

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城谷耕生氏について:
長崎県雲仙市出身。1991年にイタリアに渡り、ミラノを拠点として活動。のち2002年に、故郷である雲仙市小浜町にスタジオシロタニを設立。1996年より2005年までイタリアの建築雑誌ABITAREの編集協力員を務めた。その後、唐津、小石原、波佐見、別府など九州の伝統工芸産地の職人たちとの共同作業を精力的に続ける。2012年には雲仙市小浜温泉の過疎化が進む刈水地区の調査・研究を行い、2013年この地区にデザインショップ・喫茶「刈水庵」をオープン。小浜温泉の街づくりそのものをデザインしてきた。2020年12月急逝。


木下:
はい。

古庄:
その授業で、城谷さんの話すことに、すごい感銘を受けて。もう少しこの人の話しを聞いてみたいな、話してみたいな、っていう気持ちが芽生えて。

木下:
どこに感銘をうけたんですか?

古庄:
考え方ですね、城谷さんの。根本的なデザインの考え方っていうか。プロダクトのその先まで見てるというか。

木下:
根本的なデザインの考え方、ですか?

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古庄:

城谷さん、つくっているものはもちろん美しかったし、きれいだったけど、何かきれいなだけのデザインは、大学の中でも勉強してきたし、見てきたんですよ。結局「プロダクトのその先」っていうのを、当時学生のぼくは、わかんなかったっていうか、考える必要もないと思ってたっていうか。

きれいなものを作るのが、デザイナーの役割だ!みたいな、浅はかな考えだったんです。

木下:
はい、はい。

古庄:
根本的に、なぜ今ものをつくる必要があるのか?とか、ものが溢れていて、星の数ほどプロダクトがある中で、さらにもう一個プロダクトをデザインするっていうことが、どういうことなのか?っていうところから、城谷さんは考えていたんです。

木下:
その考え方に、ガーンときたわけですか。

古庄:
目から鱗っていう感じでした。

自分の今までの浅はかさに対するガッカリ感と、デザインの世界っておもしろいな、っていう気づきが、この授業の1時間でありましたね。

木下:
城谷さんの考え方に、もとから賛同していたわけではなく、全く考えていなかったから余計に?

古庄:
このまま大学で勉強して、将来自分がデザイナーになったときに、どういう未来が待ってるか、っていうのがわかんなかったんです。

漠然とこのままでいいのかな?
っていうのがあったんですよ。学生ながらに。

木下:
あぁ、はい。

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古庄:
このままプロダクトデザイナーになって、毎年2回ほどモデルチェンジするものをつくり続けていく人生って、おもしろいの?みたいな。ちょうどその頃、就活してたんで、そんなことを、考えざるをえなかったんですよ。

でもプロダクトデザインとしては、メーカーに入って、というのがメインストリームで。自分もその道を歩もうとしていたんですけど、何か違うな、っていうのは思ってるけども、別の道を知らないし、わからないし、繋がりもないし。何か悶々としていました。

木下:
はぁ、そうか。

古庄:
で、そのときに城谷さんが現れたんです。

木下:
そのときに、出会っちゃったんですね。

古庄:
タイミング的にこう、ピタッときたんです。この人にもう少し近づきたいって思いました。

そう考えると、もう10年以上前か…。それがきっかけです。あ、聞きたいのは移住のきっかけでしたよね?(笑)。

木下:
そうですけど、それが全てですもんね。


2.共にはたらく

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古庄:
そうです、いまここにいるのも、その授業の1時間がなかったら、ここにいないです。

結局その授業のあとから、卒業まで小浜にある城谷さんの事務所に通ってたんです。

木下:
へぇ。すぐに城谷さんに連絡したんですか?

古庄:
授業のあと、先生に繋いでもらって、城谷さんにメールしました。
「いっていいですか?」って。そしたら「いいよ」って言ってくれて。

インターンとかでもなく、仕事の手伝いとかでもなく、今考えたらただただ邪魔をしに行ってたっていうか(笑)。

木下:
とにかく学びたいっていう熱意が。

古庄:
授業でデザインしたものを見てもらったりとかしてましたね。
そのあと何度も通って、最終的にそのまま働かせてもらうことになりました。

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木下:
一回メインストリームを歩んできなさい、とは言われずに?

古庄:
城谷さん自身が、メインストリームのキャリアを積んでこなくて、独自の道を歩んでたから、別にそこに対して言われることはなかったです。

やりたいなら、やってみたら?って。最初何にもできなかったですけど…。

木下:
そうですか。

古庄:
城谷さんに最初、はっきり言われました。

「君はいま、何のスキルもないし、即戦力にはならない」って。

でも「君はコミュニケーションが好きだし、デザイナーとしてコミュニケーション能力は絶対に必要なスキルだから、それだけは君は何かありそうな気がする。だから来なさい」って。

木下:
はぁ。そこからのスタートだったんですか。

古庄:
それで、スタジオのアシストタントをしながら、その当時ちょうどスタートしたスタジオで運営するショップとカフェの『刈水庵』の店長をすることになりました。

木下:
店長をする傍ら、城谷さんのクライアントワークはいつも一緒に?

古庄:
もちろん。一緒に打ち合わせに出ますし、担当もさせてもらってたし。

本当に、いまのぼくの働き方っていうか、スタイルは城谷さんから、全て学びました。

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木下:

実際に城谷さんと働いてみて、自分なりに答え合わせした結果、どうでしたか?

古庄:
考え方、デザインのアウトプットの美しさ、プロジェクトの管理の仕方とか、もちろんすごかったんですが、

やっぱり一番は“人間的魅力”にひかれました。人間力みたいな。

とにかく、学ぶことばかりで、必死に最初は真似しました。そこから自分のものにしていきましたね。

3.仕事ゼロでも、わくわくしていた

木下:
その後、独立して「景色デザイン室」を設立したわけですけど、独立のきっかけは?

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古庄:

まずスタジオに入ったときに、「君をずっとうちのスタジオに抱えておくつもりはないし、これまでもスタッフはだいたい3年くらいでみんな次のステージに行ってる」って言われました。

それで、結果的にぼくも3年ちょっとで独立しました。まぁいろんなタイミングが重なったっていうのもあって、それで「独立しようと思います」って伝えて。

木下:
城谷さんはなんと?

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古庄:

まぁそうだよねって。「じゃあ来月のこの時期でどう?」って言われて、伝えてから1ヵ月後に独立しました(笑)

木下:
伝えてから独立まで、スパン短いですね(笑)。

古庄:
独立したいと伝えたものの、次の事務所の場所とか決まっていないし、仕事もまだゼロだし…(笑)。

ゼロだったけど、全く悲観的じゃなくて、ワクワクしてました(笑)

木下:
意外とロックなところありますよね(笑)。
俺はできないです、そんなの。

古庄:
しかも仕事ゼロ(笑)。

木下:
ゼロ(笑)。

古庄:
状況だけ見るとそう言われるんですよ、よく独立したねとか。自分的には新たなステージでのワクワクの方が大きかったです。もともと楽観的なタイプなんで。

木下:
あぁ。

4.説明できるデザイン

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木下:
古庄さんはデザインする前に、かなりクライアントにヒアリングしますよね?

自分のオリジナリティを出そうとするのではなく、クライアントの中から要素を引っぱって、デザインに表すっていうか。これも城谷さんの教えですか?

古庄:
そうだと思います。城谷さんは「デザインってこういうもんだよ」みたいな教え方しない人だったので、だから自然と城谷さんの取り組み方を見て、自分なりに吸収したんだろうなと思います。

あと性格的に自分の想いをかたちにするとか、アーティストみたいに自分の内面から自分を出すよりも、外の世界をいかに解釈して取り入れるか、みたいな方が好きなんですよ。

木下:
はぁ、なるほど。

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古庄:

だから結局、クライアントワークも、そのクライアントの取り組み自体に、興味があるんですよ。

その人の取り組みとか、人となりとか、つくっているものとか、世界観を紐解いてデザインしますね。実はこの紐解いていく過程が一番おもしろいんですよ。

木下:
あぁ。紐解いていく時間が。

古庄:
こういう世界があるのかとか、こういう考え方、ものづくりがあるのかっていう、その研究が好きっていうか。

その結果出てくるデザインなんで、必然的にアウトプットもクライアントごとにまったく違うし。

木下:
たしかに古庄さんのデザインは、いい意味で“らしさ”がない気がします。常にクライアントに寄り添っているから。

古庄:
学んできたことと、自分の性格的なこと、これが自然と自分のスタイルになったのかなって。

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木下:
我々も『板金鉄道』のロゴと、パッケージデザインをお願いしたんですが、“捉える”のがめちゃくちゃうまいと思いました。

つくっているもの、工場の特徴、使っている材料とか、通り一遍しか話してないのに、自分なりに研究して、それをデザインに反映させる、これには驚きました。

古庄:
結局、好きなんですよ。

これデザインの仕事関係なく言われたのが、自分でいうの恥ずかしいんですけど、「誰かとか、何かの“いいところ”を見つけるの上手」って言われたんですよ。

木下:
わかる気がするな。

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古庄:

人によっては悪いところが目についちゃうじゃないですか。でもぼくは、悪いところが全然わからなくて。見つけられなくて。

楽観的でしょ?(笑)。いいところばっかり見えちゃう。

木下:
はい(笑)。

古庄:
自分をプレゼンするのとか苦手なんですけど、例えばクライアントさんのプレゼンするのすごい得意なんですよ。

今話してて思い出したんですけど、小学生の時に、生徒会長の選挙とかあったじゃないですか?

木下:
ありましたね。あー、何かわかった(笑)。

古庄:
それの…

木下:
推薦する人?!

古庄:
はい(笑)。

木下:
やっぱり(笑)。

古庄:
自分は会長には立候補しないけど、立候補者のプレゼンをする広報部長になって、その人を当選させたんですよ(笑)。

木下:
さすが(笑)。

古庄:
子どものとき以来、はじめてこの話ししました(笑)。
いや、だからそのときから変わってないのかな。

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木下:

あと自分が出したデザインに対して、全てロジカルに説明できますよね?

古庄:
あぁそうですね。これもまさに城谷さんから学んだんです。

「デザインをすべて、言葉で説明できなきゃダメ」って。


普段はやわらかくて、明るい人なんですけど、そこは厳しく言われましたね。

木下:
そうだったんですね。

古庄:
このプロポーションは、説明しなくてもわかるでしょ?っていうデザインはよくないって。でも、そういうやり方もあるんでしょうけど。

あと、言葉で説明しなきゃいけないから、言葉選びも大事じゃないですか。

木下:
たしかに。

古庄:
造形力がある人は、美しさで、もう何も言わせないみたいな。そういうデザインももちろんあるし、あっていいと思うんですよ。何も言えないぐらい美しいって、ぼくも好きだし。

ただ、ぼくはそのタイプじゃないから。なぜかと言えばもともと造形力がないから。

だから紐解いて、整理整頓することとか、深く根本を掘って引き抜いてくることとか、そっちのやり方しかできないっていうか。

木下:
はぁ。そうか。

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古庄:
自分を出すんじゃなくて、誰かの頑張ってるのを応援することなんですよ、デザインって結局。

その人だけじゃできないことを手伝って、よりいろんな人に届くような道をつくるって仕事なんで。

木下:
でも何で城谷さんは、そういうデザインの仕方を大事にしてたんですか?

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古庄:

ぼくが城谷さんから学んだように、城谷さんも誰かから学んでるんですよ。

はっきりと2人、城谷さんが師匠としていた人がいて、どちらもイタリア人なんですけど、ひとりはエンツォ・マーリさん、もうひとりはアキッレ・カスティリオーニさん。

ぼくが城谷イズムを継承してますけど、その源流になる人ですね。

木下:
へぇ。

古庄:
現代デザインの礎を築いた2人なんですけど、どちらも「自分のスタイルを持つのはダメだ」と、言ってたみたいで。2人ともプロダクトとかプロジェクトごとにデザインが全く違うんですよ。

アイディアに独創性があるのがデザイナーであって、プロポーションに独創性があるのはデザイナーじゃないと。

木下:
なるほど、なるほど。

古庄:
造形でオリジナリティを出すんじゃなくて、アイディア、考え、フィロソフィーに独創性を持つべきだと。城谷さんも若かりし頃にそれを吸収して、かつ城谷さんなりの考え方で、世に出していたんですね。

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木下:
古庄さんが学生のころ抱えていたもやもやを、城谷さんも同じように抱えていたんですかね。

古庄:
きっとそうだと思います。マーリさんもカスティリオーニさんも、きっとさらに上の世代から、いろいろ吸収してっていう感じだと思います。どの世界でも一緒でしょうね。ものづくりでも、料理でも、農家でも。

木下:
そのデザインの“方法論”だけでいうと次世代に繋げられますよね。造形能力がすごい人って、教えられないと思うんですよ。

もちろん、才能は必要ですけど。デザインを説明できないといけないとか、スタイルとしては真似できますよね。

古庄:
あぁ、そうですね。それは本当そうだと思います。まだまだ自分は若いというのもあって、次の世代にとか、まだ全然考えてないですけど、確かに今後10年後、20年後に下の世代に伝えていけますよね。

木下:
ですよね。

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5.小浜が一番合ってる

木下:
小浜に移住して9年じゃないですか。地方移住っていうと、自然豊かで食べ物がおいしいとか、生活費が安いとかあると思うんですけど、古庄さんは移住したきっかけが、これじゃない、じゃないですか。

古庄:
そうですね。

木下:
その上で、小浜っていう土地に住んでみてどうですか?

古庄:
小浜ですか…。最高ですよね。一言でいうと。

木下:
城谷さんのところへ通っているときに、小浜の魅力は既に感じてたんですか?

古庄:
じゃなきゃ、ここにはいないかもしれないですね。でも働き始めのころ、ぼくもいつかは福岡に帰るって思ってたんですよ。

でも住んでくうちに、小浜にどんどん惹かれていって、これから生きていく上で小浜が一番合ってるかなって思うし。

好きで離れられないっていうより、一番あってる、そんな感じです。

木下:
へぇ。

古庄:
隣の芝がぜんぜん青く見えないタイプなんで。

木下:
あぁ(笑)。はい。

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古庄:
どこかへの憧れとか全くなくて、いまの状態が心地いいから、べつに変える必要もないかなって。

でもこういう働き方ができるって、田舎ならではというか。生活コストも低いですし。ゆとりがある働き方ができるのは、気に入ってます。

大学の同期はほとんど都会のメーカーにいて、ぼくより稼ぐかもしれないけどその分、出費も多いし。それは好みの問題で、どっちがいい悪いはないんですけど。いま、ちょうどいいから、ここにいるって感じです。

木下:
小浜に移住してくる人は、必ずしもこの土地が好きで、っていう理由より、小浜にいるこの人と一緒に働きたくてとか、この人が好きで来たとか、人に引きつけられて移住してるじゃないですか。

古庄:
小浜はそういうきっかけで移住してくる人が多いし、結局“条件”で移住してくる人って苦しいと思うんですよね。

どこの方が家賃やすいとか、どこの方が子ども育てやすいとか。条件で探しても移住できないと思うんですよ。

木下:
はい。

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古庄:

結局もっといい条件のところが見つかると、また移住しちゃうかもしれないじゃないですか。それだとずっと、隣の芝が青くみえて、なかなか根付かない。

人でもいいし、そこの文化でもいいし、何か強烈にひかれるものがあると、簡単に飛んでかないですよね。

そういう移住って、周りから見てても気持ちいいし。そういう人が増えていけばいいなって思いますね。

木下:
それでどんどんクリエイティブな人が集まってますよね、小浜は。

古庄:
数にすると何百人とかではないけど、誰か移住してくると自然と耳に入ってくるし、自然と繋がって、ときには一緒に仕事することもあるし。そういう時間が楽しいですよね。

木下:
あぁ、いいですね。実際に古庄さんがデザインしたものが、小浜にはいくつもありますよね。アイスソルベのお店「アールサンクファミーユ」もそうだし、「伊勢屋旅館」もそうだし。

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古庄:

ねぇ。自分が住んでる町だからこそ、デザインするときはやっぱり責任感はありますよね。結局、自分の町の評判とか、イメージに影響してきますから。

おもしろい仕事でもあるし、責任重大な仕事だなとは、いつも思いますけどね。

木下:
町に馴染んでますよ、デザインが。

古庄:
ありがたいですねぇ。

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6.地方とデザイン

木下:
お仕事は基本的に県内の方が多いですか?

古庄:
そうですね。8割以上は県内のお仕事です。

木下:
地方でのデザインの重要性って増してるんですか?

古庄:
あぁ。重要性が増してるというよりは…。昔も地方でいいデザインすることは重要だったし、今も重要なんですけど、

ただその重要さが、いまはわかりやすくなったっていうか。

木下:
ほう。

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古庄:

地方自体がこのままだったら、消滅するっていう時代で、その危機感があるじゃないですか。食品業界も、飲食業、観光業、一次産業すべてにおいてその危機感があると思うんで。

その中でデザインっていろんな仕事にお手伝いできるんですよ。そういう意味では、昔から重要度は変わらなかったんだけど、重要だよねっていうふうに思ってもらいやすいっていうか。

木下:
むかしは都会と地方で、情報格差があったと思うんですけど、インターネットのおかげで、今はほぼない状態だと思います。

古庄:
うん、うん。

木下:
地方にいても、いろんな情報、デザインが見れるわけだから、自分たちもデザインを付加価値にできないかな?みたいに、気づいて依頼してくる人は増えてますか?

古庄:
あぁ。増えてますね。今までと同じ方法で売ってても売れなくなってきたとか、人が来なくなったとか、そのときにやっぱり何か変化を起こさなきゃなと。

でも、いいものは作ってるのにな…って人が多いわけですよ。今までもっていた価値がより伝わるように、価値の見える化、言語化できるのが、デザインの仕事かなと思うので。


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木下:
クライアント側の目も肥えてきてるんじゃないですか?デザインに対して。

古庄:
あ、それはすごくいいことだなと思うんですよ世の中には悪さするデザイナーとかいるんですよ、高いお金とって、よくわかんないデザインを納品してとか。でもクライアント側の見る目が肥えてると、下手なデザインだと簡単に通らなくなるので。

ネットでいろんなデザインを検索して見れるので、目が肥えることは、すごくいいと思います。どんどんそういうの見てほしいと思います。

木下:
まぁ、たしかに。

古庄:
ぼく、いつもクライアントさんに打ち合わせのときに言うのは、「いろんなものをとにかく見てください」と。別にいい悪いを、その人が判断できなくてもいいと思うんですよ。

でも自分が、こういう方向性が好きだなとか、この見せ方が好きだなとか、好き嫌いで分けていくだけで、その人が何を大事にしているかとか、ぼくもわかるんですよ。

木下:
クライアントとの共通言語を探すんだ。

古庄:
はい。だからデザインする前にクライアントといろんなものを見て回ったり、調べたりっていう時間は今もやってますし。案件にもよりますけど。

同じ方向を向くってかなり大事です。

木下:
はい。

古庄:
ロングスパンのお仕事のときは、一歩でもズレてると百歩進むとかなりズレてきちゃうので。


7.豊かさとは

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木下:

古庄さんの働き方、地域との関わり方を見たり聞いたりしてると、豊かさとは?って考えさせられます。

古庄:
それこそ今、いろんなメディアでも、「豊かさとは」とか、「ていねいな暮らし」的なのをよく見るじゃないですか。

木下:
松浦弥太郎、的な。

古庄:
そうそう(笑)。結局ことばにすると、なんか手垢がついてるような気もしますけど。

結局それってなにかって言うと、視点をどこに持ってくるか、だけの話しだと思うんですよ。

同じ田舎暮らしでも、すごく寒々として苦しくて、全く楽しいことがないと見えるのか、空いた時間で家族の時間を増やそうとか、自分の好きなことをしようとか、視点の置き方で豊かなのか、豊かじゃないのかって簡単にコロッと変わっちゃうなと思ってて。

木下:
なるほど。

古庄:
ある人が豊かだって言ってるのは、別の人にはそう見えない。だから結局、自分がどうありたいのかを、見つけるしかないというか。雑誌で見た豊かな暮らしは、自分にとっては豊かじゃないかもしれないし。

木下:
あと、わかりやすいんでしょうね。現代の消費社会の対局として、何もない豊かさがある、田舎暮らしって。

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古庄:

わかりやすいから、そういうのがもてはやされるけど。結局そういうのに憧れる人って、一番多いのが移住してみて、「やっぱ都会が好きだな」「やっぱ不便だな」って、出ていっちゃう。

木下:
あぁ。

古庄:
ぼくも地方でこういう仕事していると、いろんな全国各地の人の話しを聞くんですけど、やっぱりそういう人がすごく多くなってるらしいです。

木下:
そうなんだ。

古庄:
入ってくる人も多いけど、出ていく人も多い。

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木下:

はぁ。ぼくも東京からUターンで戻ってきたんですけど、いまの暮らしと東京にいた頃とくらべて正直、豊かさの総量って別にあんまり変わっている気がしないんです。

どこであろうと自分なりの心地よさを見つけられてれば、都会だろうが地方だろうが、関係ない気がします。

古庄:
本当にそうです。

木下:
そのときの環境で、豊かさって自分で決められるっていうか、感じるっていうか。田舎に求める豊かさって、場所関係なく、わりと自分の近くにある気がします。

古庄:
まさにそう。やっぱり、どう自分がありたいのか、感じたいのかっていうのがないと辛いですよね。

木下:
うん、そう思います。

古庄:
たまに、相談じゃないですけど、じっさい小浜で暮らしてみてどうですか?ってけっこう聞かれるんですけど。いつもそのことは話しますね。

誰かの真似してもダメだし、ましてや情報に踊らされてると、自分が損するんで。“自分がどうしたいか”を考えることが大事だって。

移住だけに限らず、仕事のやり方もそうだし、人との付き合い方もそうだし。結局ぜんぶそうじゃないですか。

木下:
そうですね。

古庄:
自分なりの視点をセットしないと。

というか話しが尽きないですね(笑)。

木下:
1時間経ってますね(笑)。この辺にしときます(笑)。

古庄:
大丈夫ですかこんな感じで?(笑)。改めてこうやって話してみるとおもしろいですね。

木下:
いや、ほんとおもしろかったぁ。本当にありがとうございました!


インタビューした日(12月13日)は偶然にも、師匠の城谷さんの一周忌でした。城谷さんが思い残したこと、やり残したことは、きっと古庄さんが少しずつ実現してくれるはずです。




古庄さんにデザインして頂いた当社の『板金鉄道』については、以下よりご覧いただけます。

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創業1957年。精密板金加工のメーカーであり、環境エネルギー事業を展開している日本ベネックスです。ものづくりと新しい発想で、付加価値をつくる”挑戦”をお届けします。note編集部のモットーは「おもしろくて、ためになる」です。