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同世代だからこそできる 技能実習生への支援――NPO法人Adovo【JACCCO提携団体インタビュー】

 ベトナム人の技能実習生が日本の暮らしに馴染めるようサポートをするために、2021年に当時高校生だった松岡柊吾まつおかしゅうご さんらが設立したNPO法人Adovo(東京・港区)。JACCCOとも提携するAdovoで代表を務める松岡さんと、代表補佐の水田知希みずたともきさんに、これまでの活動についてお聞きしました。(※記事の最後には現在、Adovoが行うクラウドファンディングの紹介もあります)

水田知希(左)、松岡柊吾(右)

取材・文 JACCCO youth


車の窓を叩く子どもたち

 中学3年生の夏の日、息を吸うと肺が苦しくなるほど蒸し暑いデリーの街に松岡はいた。インド洋から吹きつけるモンスーンが、1日の中で何度か街にスコールをもたらし、その後には鋭い日差しが濡れた地面を容赦なく照らす。まるでサウナの中にいるかのようだった。そんな耐え難い暑さにうんざりしながらも、ダイナミックな天気の変化を前に、日本を離れインドに来たのだという実感が湧き、ほんの少し胸が高鳴った。

 その日は、ホストファミリーの運転する車に乗って、市街地の散策へと出かけることになっていた。土埃 つちぼこりの立つ道路を走りながら、何を考えるでもなく、窓の外を流れる景色に目をやる。鳴りやまないクラクションなど気にもせず、ストリートフードを食べながら楽しそうに道端で談笑する人々。その前を幾重にも荷物を積み上げた人力車が横切っていく。路地の入口には、服を着せられた山羊が鎮座 ちんざしていた。

 車が赤信号で停まったその時だった。道の両側から子どもたちがわっと駆け寄ってきたかと思うと、手あたり次第に車の窓を次から次へと叩き始めた。物乞いの子どもたちだった。しかし、ホストファミリーは子どもたちに目をやることもなく淡々と言い放った。

「何も渡さなくて良い。この子たちを監視している大人が近くにいるはずだから」

 それが事実かどうか、松岡には分からなかった。ただどちらにせよ、なんて寂しい現実なのだろうと心の中で呟いた――。

 そうした現実を知って「すごく胸が痛んだ」とか「この不条理をどうにかしないといけない」と思ったわけではないんです。ただ、社会課題がずっと放置されていることへの違和感がありました。どうしてこんなことが起きているのだろうと。日本に帰ってからも、さまざまな社会課題を目の当たりにした際には、同様の違和感を抱くようになりました。(松岡)

 8月の約1か月間のインド留学を終えて、松岡は日本へと戻った。元々は、「なんとなく面白そうだ」と思って選んだインドでの短期留学。自分の中で何か劇的な変化が生じたわけでも、社会正義に目覚めたわけでもない。ただ時折、インドで目にした光景が脳裏にふっと浮かんでは消えていった。

 たとえば、ホームステイ先の高層マンションの真下に広がる古びた家が密集した住宅街。じっと観察してみると、近所の人たちが頻繁に出入りする家を1軒見つけた。周囲のなかで、その家の屋根にだけ廃れたテレビアンテナが取り付けられていた。そうした光景を1つ1つ思い返す中で、それまでニュース番組や教科書などで何度も見聞きしたはずの「貧富の差」という言葉の意味を、松岡は初めて実感を伴って理解できた気がした。

同世代だからこそできる支援

 中学卒業後、一貫教育先の高校に進学した松岡。彼の通う学校には、ベトナム人の尼僧ティック・タム・チーがベトナム語を教えに来ていた。ある日、高校1年生の松岡がテレビでNHKのドキュメンタリー番組を見ていると、ティック・タム・チーが話をしていた。ベトナム人の技能実習生をテーマにした番組だった。
 ベトナムから遥々、日本にやってきたものの、文化や習慣の違いから日本の暮らしに上手く馴染めず戸惑う技能実習生。その多くが自分とそう年齢の変わらない人たちだと知って、自分に何かできることはないかと松岡の心が動いた。

 簡単な日本語教室や、交流会を開くくらいなら自分にもできるのではないかと漠然と考えたんです。もちろん、自分は専門的に日本語教育を学んだわけではありませんが、同世代だからこそフラットに接することができるし、日常で役立つ会話表現や流行語などは教えられるのではないかと思いました。ただ実際に動き始めて、一番大変だったのは、最初の日本語教室を開くまでのさまざまな準備でした。(松岡)

 今でこそリーダーシップを発揮して、組織を運営する松岡だが、元々は人前に出るのもあまり好きなタイプではない。すべてが初めての経験で苦労は絶えなかった。
 まずメンバーを集めるところから始めなければいけないが、一緒に動いてくれそうな人はすぐには思いつかない。

「ベトナム人の技能実習生たちのサポートをしようと思っています。誰か手伝ってくれる人はいませんか」

 SNS上で発信したメッセージに反応を示してくれたのは、当時ニュージーランドに留学していた幼馴染の名取陸之助なとりりくのすけだった。また、同じプログラムを活用して、ともにインド留学に行った的場舞まとばまいからも「一緒に活動したい」との返信が届いた。他にもボランティアサイトなどへの書き込みを見た全国の高校生から連絡が届き始めた。

 とはいえ、日本だけでなく海外も含む各地に点在するメンバーで、密な活動を行うことは難しい。ミーティングのためのスケジュール調整でさえ一苦労だった。なんとか組織としての体裁が整い、NPO法人として正式に設立が認められたのは2021年6月。インド留学からもうすぐ2年が経とうとしていた。

 NPO法人として立ち上がったものの、当時のAdovoにはベトナム人の技能実習生の当事者はおろか、彼らを日本に送り出すための団体(送り出し機関)や、日本での受け入れ企業・団体とのつながりなどは皆無だった。
 Google翻訳を活用しながら、インターネットで情報をかき集め、必死に学んだ英語を駆使して送り出し機関に国際電話をかけたこともある。日本国内では、Adovoの活動に興味を持ってくれそうな企業があれば、ほとんど飛び込み営業のように、自ら出向いて話をしにいった。

技能実習生との浅草ツアー(2023年3月)

 そうした努力が徐々に実を結び始め、ベトナム人技能実習生に最初の日本語教室をオンラインで開くことができたのは、2021年9月のことだった。参加してくれた生徒は10数名。松岡を含む2人のメンバーが講師となり、手汗をかきながら日本語を教えた。今思い返すと、恥ずかしくなるほど稚拙な授業ではあったが、ようやく自分たちのやりたいことが始められた手応えもあった。

 「同世代」「マンツーマン」「プロではない」の3点が、Adovoの日本語教室の強みです。「プロではない」というのは少し説明が必要かもしれません。
 言うまでもなく、日本語を習得するためには、プロの日本語の先生のもとで学んでいくことが大切です。ただ、技能実習生は、制度上、最長でも5年間しか日本に滞在できず、早い人なら1年で帰国します。そんな彼らが必要としているのは、日常で今すぐに使える会話表現です。それならば、若者ことばや流行語に敏感な学生の僕たちのほうが教えやすいかもしれない。また、「同世代」という利点をいかして、お互いの趣味の話だったり、ときには恋バナだったり、生活に密接した話題も気軽に話すことができる。そうしたことが、自分たちの強みだと思っています。(松岡)

 水田知希がAdovoに出合ったのも、活動が軌道に乗り始めたその頃だった。中学生の頃に1年間のカナダ留学を経験した水田。そんな彼がAdovoに加わるようになったきっかけは、社会貢献がしたかったからでもなければ、外国人技能実習制度に特別な関心があったからでもない。〝筋トレ〟だった。

一生懸命やるという〝楽しさ〟

「とにかく一日中、筋肉の話ばっかりしているやつ」。それが高校で同じクラスだった松岡の水田に対する印象だった。一貫校の中学校からの同級生だったが、2人が仲良くなったのは高校生になってから。「筋トレのやり方を教えてほしい」と松岡が水田に相談したことがきっかけだった。水田は当時をこう振り返る。

 たしかジムの階段で、「一緒にAdovoの活動しない?」と松岡から誘われたんです。筋トレと部活の野球部にばかり打ち込んでいた僕は、ベトナムについてはもちろん、技能実習生という言葉さえ聞いたことはありませんでした。でも、松岡の話を聞いていると、ベトナム人に日本語を教えたり、色々な企業の人に会いに行ったりすることは〝楽しそうだな〟と思って、あまり深く考えずに一緒に活動することにしたんです。(水田)

 この日の取材でも、落ち着いた様子で静かに自分の考えを述べる松岡に対して、水田は手振り身振りを交えながら話をしていた。そんな2人の対照的な姿はどこか月と太陽を思わせた。全くタイプの違う二人が出会ったことで、互いの不足を補い合い、強みがより発揮され、Adovoの活動はいっきに加速していった。

 回を重ねるごとに日本語教室には磨きがかかり、今ではAdovoのメンバーが技能実習生を多く抱える企業に出向いて、授業を行うまでになった。また、信頼できる技能実習生の送り出し機関ともつながることができた。さらには「高校生がNPO法人を立ち上げて、技能実習生のサポートをしている」という話が人づてに広まっていき、徐々にメディアで取り上げられるようになり、関心を持ってくれる企業も多くなっていった。気が付けば、Adovoに所属するメンバーは101人(2023年4月時点)にもなっていた。

 組織も大きくなり、周囲から評価されることが増えても、2人には浮足立った様子は見られなかった。

 最初はただ楽しそうだなと思って加入したAdovoでしたが、1年近く活動を続けてきて、一緒に活動するメンバーや、支援する技能実習生たちに対する責任が生じているのを感じています。〝楽しい〟というのは、決して好き勝手やるという意味ではありません。団体としての目的を忘れず、自分たちのやるべきことに一つずつ一生懸命に取り組んでいく。そうした真剣さのなかで、本当の〝楽しさ〟が感じられると思うんです。(水田)

初めてのベトナム視察を終えて

 2023年3月。侍ジャパンがWBCで連日連夜の快進撃を見せ、日本列島が大いに盛り上がっていた頃、松岡と水田は初めてベトナムのハノイを訪れていた。現地の送り出し機関の様子を見ておくことが、今後の活動を考える上では欠かせないと常々思っていたが、そうした資金的な余裕はどこにもなかった。そこへ、Adovoの活動に共感を寄せた企業が支援を申し出て、約3週間の現地視察が実現したのだった。

 送り出し機関で、技能実習生の人たちと一緒に寝泊りをした3週間でした。彼らが日本に来る前にどういった研修を受けているのかを知れたので、今後の僕たちの日本語教室の内容にも反映させたいと思っています。また、彼らの実家にまで足を運び、普段の生活の様子を知れたことは、今後日本で彼らをサポートしていくにあたって大きな収穫でした。一概には言えませんが、ベトナムの人たちは集団で行動することが好きだったり、人前ではちょっといい格好をしたがったりするといったさまざまな横顔を知ることができました。(松岡)

初のベトナム視察(2023年3月)

 今年の春からともに大学生となった松岡と水田。松岡は「移民」をテーマに、水田は「東南アジアの地域研究」をテーマに専門的に学んでいくという。どちらも、Adovoの活動を通じて、興味を持つようになったテーマだ。

 Adovoという名称は、「Adolesence(若者、青春)」と「Adovocate(主張する)」を掛け合わせて作った造語。どこまでも等身大かつフラットな姿勢で、自分たちの活動に真剣に取り組んでいく――彼らの見せるそうした〝楽しさ〟溢れる姿そのものが、社会に対する希望のメッセージとなっていくはずだ。

(文中敬称略)

NPO法人Adovoでは現在、2023年度の活動資金を集めるためのクラウドファンディングを実施しています。詳細は下記HPをご参照ください。

「技能実習生にコミュニティを」中高生が立ち上がる!!
https://rescuex.jp/project/52193

Adovo公式HP:https://rescuex.jp/project/52193
Adovo公式Twitter:https://twitter.com/npoadovo

写真 Adovo、JACCCO youth

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