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中国で売っている怪しいスマホをバラしてみる

概要

中国最大の電気・電脳街である深セン・華強北で売っている怪しいスマホ,いわゆる山寨(シャンザイ)スマホの故障品を思いがけず入手したので分解しました.入手時点でバッテリーが膨らんでおり,早めに対応せねばと思いつつ放置していた所,洒落にならないレベルにバッテリーが膨らんでしまったため急遽その部分だけ先に分解したという経緯があります.

いきなり開腹

さて,今回はバッテリーが膨らんでいた等々,諸般の事情により,いきなり裏蓋を開けた後の写真です.(左端が本体上側,右端が本体下側.以下同じ)裏蓋はツメと底部の通信コネクタ(見覚えがある人も多いかもしれないがUSBではないあのコネクタでした.察してください)の左右のネジで固定されていました.

中央のぽっかり空いた銀色の面の上にバッテリーが入っていました.バッテリーは323085(厚み3.2mm,幅30mm,長さ85mm)の1200mAhでした.銀色の面の上を通っている2つのフレキシブル基板はバッテリーと銀色の面の間を通るように配置されていました.

裏蓋を開けた時点で,写真左下のシールや,読みにくいですが基板上に黒字で印刷されている文字の中に"2G"という文字が見えること,さらにダメ押しの右端に見える"GSM"の文字などから,この端末はおそらく2G(GSM)専用機だろうという雰囲気が漂っていました.

その他のツッコミどころとしては,写真上部と写真左側にかけてL字状に配置されている黒に近い金属光沢のある棒はただの鉛か何かの塊だったことが挙げられます.一応,写真上部の棒はフレキシブル基板を抑える役割も果たしているのですが,単に両面テープで止めるだけで代替できると思われるので,重量感(と,重心位置)の調整にも貢献しているものと思われます.

色々ツッコミどころはあるにせよ,胴体パーツが金属で出来ている点や,一応品質管理をしていそうなシールが貼ってある点(飾りかもしれませんが.),銀色の導電性テープで金属パーツと基板のベタパターンを接続しておそらくEMI (Electromagnetic Interference:電波障害の総称)等への配慮をしている形跡が見られる点,かなり小さく収まっている基板など,造りのレベルの高さを感じさせる点も見られます.

分解を進めるにあたり,写真にあるフレキシブル基板のうち,コネクタで接続されているものはすべて基板から取り外しました.はんだで接続されている左右側面のボタンについては,ボタン部が両面テープで胴体パーツに貼り付けてあるだけだったので,注意深くデザインナイフで隙間を広げていくことで,きれいに取り外すことができました.ここまで来ると,あとは基板と写真右側の黒いブロック(アンテナとスピーカーの共鳴箱です)を留めているネジを取り外すだけで,胴体パーツと基板を分けることができました.

一体成形の胴体パーツ

先程も言及しましたが,胴体パーツと基板を分離して,胴体パーツを眺めてみると,かなり手が込んでいることが分かります.胴体パーツは外周の白い樹脂部分と,中央の銀色のおそらくダイキャストの金属部分に分けることができるのですが,この2つの部分は見た限り後から接合するのでは不可能な噛み合い方をしているように見えるので,一体成形で製造されているものと思われます.

また,胴体パーツの黄色く見える部分はポリイミドテープ(いわゆるカプトンテープ)が貼ってありました.この部分には基板が来るのですが,よく見るとポリイミドテープの各エリアごとに小部屋になるように金属部分に壁が形成されていることが分かります.後で基板おもて面を見るとよく分かるのですが,この金属パーツが基板上の高周波回路が外部に影響を与えたり,逆に影響を受けたりしないようにするためのシールドの役目も兼ねているようです.その他にも,金属パーツ部はフレキシブル基板の逃げが考慮されていたりと,一言で言えば「慣れている」感じがする設計になっていました.

基板

胴体パーツから分離した基板部にはまだ様々な子基板や部品が接続された状態となっています.これも先程言及していますが,写真右端の黒いパーツはスピーカーと共鳴箱です.さらに,基板からフレキシブル基板になっているGSM用のアンテナが伸びており,黒いパーツの上部に貼り付けられています.中央で長く伸びているのは音量設定用ボタンのフレキシブル基板です.左端にはバイブレーションモーターや通話用スピーカー,カメラ用LEDがまだ付いた状態になっています.基板中央部のTFLASHと書かれたスロットはmicroSDスロットですが,バッテリーが入っていた側からカードを差し込むように取り付けられています.手っ取り早くROM容量のバリエーションを作るための工夫といったところではないかと思います.

さらに胴体をバラす


さて,ここまでで基板と胴体パーツに分けることができましたが,胴体パーツにはまだ画面が取り付けられたままになっています.ネジやツメの類を探しましたが,見つからないのでここはおそらく両面テープ固定だろうと考え,慎重にデザインナイフを差し込むと,画面側と胴体パーツを分けることができました.

両面テープによる接着を剥がしきることで,胴体パーツ(下部),液晶・タッチパネル部(中央部),基板(上部:これだけ向きが逆です)に分けることができました.このスマホは画面外のボタンが1個だけ用意されているデザインなのですが,中央の液晶・タッチパネル部の右端の細いグレーのパタンや,胴体パーツの対応する位置に残っている緑色の基板に物理スイッチが無いことから,このボタンは画面のタッチパネルと同様に静電容量方式でセンシングされているだけだと考えられます.ちなみに液晶には"BL4704-B LHJ02860WC 17.02.08"という刻印がありましたが,データシートにたどり着くことはできませんでした.

部品チェック:基板うら面&その他エリア

さて,みなさまお待ちかねの部品チェックです.

基板うら面に関してはICが少なかったため,各種フレキシブル基板上のICなども一緒に紹介したいと思います.メイン基板のうら面に関しては,ほぼコネクタ群で占められており,ICらしきものは2つしかありません.そのうちの"27V"という刻印のある小さなICは残念ながら素性が分かりませんでした.I/O(下部のコネクタとマイク)基板へ伸びるフレキシブル基板へのコネクタに配線が接続されているように見えるので,何らかの入出力保護ICかもしれません.

もう一つのICはShanghai awinic technologyのAW8733AというオーディオアンプICでした.説明を見るに,このICはデジタルアンプのようですが,GSMの通信により生ずるノイズの影響を抑制する機能を備えたICのようです.

次にバッテリーに付属していた保護回路を構成するICですが,保護機能自体は台湾HYCON TechnologyHY2113-KB5Bが担っているようでした.このICの出力を元に台湾Fortune SemiconductorのFS8205AというDual N-Channel MOSFETが電源の遮断等を行っているようです.

LCDへのフレキシブル基板にはDFN(Dual Flat No-lead)パッケージのILI4003と思われるICが搭載されていました.本体には4003としか書いていないのですが,フレキシブル基板側に"ILI4003"と書いてあることや,"ILI"から始まる品番のICを製造している台湾ILITEKの主力製品は液晶パネルの制御ICであることから,ILITEKの液晶制御ICの関連ICが載っていると考えるのが妥当だと思います.ILI4003自体は検索するとどうやら電源ICの一種なようです.

タッチパネルへと伸びているフレキシブル基板には米国FocalTech SystemsのFT6336が搭載されていました.このICは最大で2点タッチに対応する静電容量方式タッチパネル用ICで,得られたタッチ位置のデータはI2C(組み込み機器内で用いられる基板上のIC間向け通信規格)で取得できるようです.

部品チェック:基板おもて面

基板おもて面に関してはICがずらっと並んでいますが,大半が台湾MediaTekのICとなっています.基板のふちの部分に見える金色の細い直線状のパターンは,組み立てた際には胴体パーツの金属部と接触するようになっており,シールドの役割を果たすようになっています.

中央のSIMカードスロットの下にあるのが中核となるアプリケーションプロセッサであるMediaTekのMT6582です.MT6582は2013年後半に市場に投入されたチップで,ARMのローエンド向けCPUであるCortex-A7を4コア搭載し,最高動作周波数は1.3GHzとなっています.MT6582自体はHSPA+(3.5G)に対応するチップですが,このスマホ自体は2G専用機のようです.詳しくはあとで述べます.

その下にあるのが韓国SK hynixのLPDDR2 DRAMとNAND Flashを1パッケージにまとめたチップ(MCP:Multi-Chip Package)です.型番の"H9TP32A8JDBC"そのもののデータシートを見つけることはできませんでしたが,類似品種の付番ルールからおそらく32Gbit(=4GB)のFlashメモリと8Gbit(=1GB)のDRAMを集積したMCPだと考えられます.DRAMもFlashもスマホには必須と言っていいパーツですが,実装面積の制約等の理由から1つのパッケージに2つのチップを重ねて集積したMCPを使用していると考えられます.

その更に下にあるのは携帯電話回線用の無線回路群です.MT6166はMT6582から出力される信号と携帯電話回線で使用される850~1900MHz帯の信号を相互変換するICです.メインのチップであるMT6582のデータシートによると,MT6166とこの後出てくるMT6627,MT6323は一緒に使うことが想定されているようです.

MT6166から出力される送信用信号は北京HunterSun ElectronicsHS82582に入力されます.このICは送信用信号を増幅する機能や,アンテナと送受信回路間の電気的な整合性(マッチング)を取るための回路が内蔵されているようです.しかし,このICは2G規格向けのICで,MT6166のデータシートを見る限り必要である3Gの信号向けの増幅回路等が存在しないように見えることから,おそらくこのスマホは2G専用機であると考えられます.

上に述べた2つのICの横にある6ピンのICは残念ながら素性を突き止めることが出来ませんでした.電源関連のICかと思ったのですが,電源回路に見られる周囲のセラミックコンデンサがないことや,メインのチップであるMT6582から2本配線が伸びているように見えることから,どうやら電源回路ではなさそうです."93"から始まるICというと3線シリアルEEPROMが想像できますが,確たる証拠は得られませんでした.マーキングの先頭の"9"が妙に大きいことも気になる点です.

次にメインのチップから上に行くと,SIMカードスロットの横に1つICがあります.こちらも素性が分かりませんでした.BGAのICなので配線を追うのも難しく,マーキングからもヒントを得ることが出来ませんでした.こちらも電源回路らしい雰囲気はないので,SIMカード関連の何らかの機能を担っているのではないかと思います.

そこからさらに上に行くと台湾Richtekの1.8V LDOであるRT9030-18GQWらしきICが載っています.RichtekのICに特徴的な"="や"-"といった記号を含むマーキングではないので,若干自信がありませんが,周囲の回路を見る限り電源回路であることは間違いなさそうなので多分合っていると思います.

QCシールの横にあるICはMediaTekのMT6323です.2G/3Gスマートフォン向け電源ICとのことですが,基本的にはMT6582とその姉妹チップで使うためのICだと思います.MediaTekのチップにかぎらず,タブレットやスマートフォン向けのアプリケーションプロセッサやSoCには複数の電源電圧を生成する事実上の専用電源ICが提供されている場合があります.例えば,安いタブレット等に搭載されていることの多い珠海のAllwinnerのSoCはほぼ必ず深センX-Powers(Allwinnerの子会社との噂もあります)の"AXP"から始まる品番の電源ICが一緒に使用されています.多様な電源電圧が要求される反面,小型化の要求も厳しいという事情が背景にあるのではないかと思います.

QCシールの上にあるICはMediaTekのMT6627で,MT6582がサポートするWiFi,Bluetooth,GPS,FMラジオのそれぞれの信号を受信(WiFiに関しては送信も)するための回路を集積したICです.

最後に,基板の一番上にある6ピンのICは品番を特定することが出来ませんでしたが,周囲の回路を見るにおそらく電源回路だと思います.また,ちょうど裏側にカメラ用白色LEDへのフレキシブル基板が接続されているので,これらのLEDを駆動するための電源回路かもしれません.

ここまでで一通り基板についてはチェックしましたが,実は部品の写真をよくみると非常に気になる点がまだ残っています.その点については最後に書きたいと思います.

その他パーツの調査

さて,基板については一通り調査したので,その他の部品の調査に移っていきたいと思います.

まずはLCDです.LCDを取り出し,表示部分のサイズを測ったところ,およそ縦105mm,横60mmでした.さらに,実体顕微鏡でLCDと定規を同時に観察し,目盛り1mmあたりのピクセル数を観察した所,およそ12ピクセル/mm(約305dpi)であることが分かりました.また,この結果ディスプレイは1280×720ピクセルのものだと推測されます.

次はカメラです.左が背面カメラ,右が前面カメラです.背面カメラはオートフォーカス付きのようで,かなりしっかりした作りです.それぞれのフレキシブル基板には"QHX063B-149 AF-A32","QHX063A-GC04M-V2-A32"とありました.ここで気になるのが"149"と"GC04M"です.カメラのセンサーで"GC"というと中国GalaxyCoreかなと思うのですが,製品ラインナップでは"GC04"から始まるセンサーはあまりないように見えました.

一方で,この"GC04"が品番名の一部だとすると,背面カメラの"149"も品番名の一部なのではないかという想像が付きます.愚直にこの"149"がセンサーの型番の数字部分だと仮定すると,センサーに3桁の品番を付けるメーカーのセンサー,ということになります.センサーに3桁の品番を付けていて,そこそこ大きそうなセンサーを製造しているメーカーというと,ソニー(ソニーは基本的に"IMX"+3桁数字で付番)が思い当たります.WikipediaによるとIMX149は中国のUlefoneが発売しているUlefone Metalにも使用されているようです.したがって,このモジュールもIMX149を搭載しているということもありうるのではないかと思います.

それぞれのカメラモジュールのレンズ群を取り外した結果が上の写真になります.大きい方が背面カメラのセンサーですが,対角線のサイズもWikipedia上のIMX149のサイズ(5.7mm)とほぼ合致していました.少なくとも,1/3インチ程度のセンサーを搭載していて,それなりの解像度がありそうだということが分かります.

気になる部品上のマーク

さて,最後に書くと言った部品上の気になる点です.まずは以下の写真を見てください.

こうしてICのみを拡大して見るとすぐ分かるのですが,ICにチップ本来の刻印の他に真ん中に"C"と書かれたリサイクルマークのようなマークが刻印されています.この刻印があったのはMT6582(メインのチップ),MT6627,H9TP32A8JDBC(Flash+DRAM),MT6323の4つでした.真ん中の写真のMT6627に刻印されているマークが本来の刻印に重なっていることや,本来の刻印との線の太さの違いなどから,明らかに後から刻印されたものと言えます.また,メーカーの異なる(SK hynixとMediaTek)ICに同じマークが刻印されていることからも,メーカー以外の手による刻印であると言えます.

さて,このマークは一体何を意味しているのでしょうか.ここからは完全な推測になりますが,マークの見た目や上記の情報を含めて考えると,このマークがついているICは取り外し品ではないかと思います.メインのチップであるMT6582はもはや4年前のICで,発売当時に搭載されたスマホはすでに中古市場に格安で出回っていることが想像できます.故障品なども含め,それらの中古スマホから基板を取り外し,さらにそこからチップを取り外したものを再生して(脚のないBGAと呼ばれるタイプのパッケージではリボールという作業が再利用のためには必要になります)使用しているのではないかと考えられます.

まさかそんなケチケチとした再利用なんてするわけないじゃないか,と思ってしまいそうな話ですが,中国深セン・華強北には以下の写真のようなお店が数多く存在します.

(写真はどちらも華強路駅すぐそばの華強地鉄商城で2017年11月11日撮影)

1枚目の写真のように,スマホの基板らしきものを束にまとめて補修用に販売していたり,2枚目の写真のようにそこから取り外したICを丁寧に分類して販売していたりします.このような「中古IC市場」がある程度確立しているように見える深セン周辺で製造されたスマホであれば,上述の仮定もそこまで外れてはいないのでは,と感じてしまいます.(2017/11/21追記:この件については追加の情報があります.所感の後の追記をご覧ください.)

所感

ついにスマホの分解に手を出してしまったわけですが,いざ蓋を開けてみるとチップ自体はMediaTek勢揃いという感じで,まさに「公板」と呼ばれるリファレンスハードウェアを元にして製造しているのだろうなあという感想を抱きました.さらに,できの良い胴体パーツや怪しいIC上の刻印など,チップ構成自体よりも,基板以外の製品を製品たらしめている部分が面白い一品でした.

2017/11/21追記:「Cマーク」の正体について

なんとこの記事を公開した翌日に,私が深センへ最初に行くきっかけとなったニコ技深セン観察会を主宰し,書籍「メイカーズのエコシステム」を中心となって執筆している高須(@tks)さんを経由して,「12ドルの携帯電話」や"Hacking the Xbox"などで有名なBunnieさんより,「Cマーク」についてコメントを頂きました.以下,原文および高須さん&私による訳です.

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"that's fascinating. the c mark is definitely put on by someone else. recycling is a good guess, but I wonder, why would the recyler mark the chip? they can sell like new and nobody would know, what is the incentive?
in fact, this could be anti-recycling counter measures. maybe the original oem purchase and mark chips so they have a lower resale value, to prevent staff from stealing chips and selling them on the gray market."

「この話は興味深い!'C'がリサイクルというのはいい推測だ.たしかにこのマークはあとからつけられたものだ.
でも,リサイクル屋がつけたとしたら,彼らのインセンティブ,動機はなんだろう?そのまま新品として売るほうが儲かるはずなのに.
実際には,これは”リサイクル防止”のマークではないだろうか.チップを購入した製造業者が,チップの再販価格(鈴木注:横流し業者による買取価格と考えてもいいと思います.)が下がるように追加の刻印をすることで,社員がチップを盗んでグレーマーケットで販売することを防いでいるのかもしれない.」

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Bunnieさんの指摘通り,確かにリサイクル業者がマークを付けるインセンティブはありませんね.そして,リサイクル「防止」のためにマークを付ける,という方がそこも含めて説明がすっきりするという印象です.

チップの(裏での)再販価格を考慮しないといけないというのは,チップの裏流通ルートが良くも悪くも無視できないレベルに確立している深センとそのエコシステム恐るべしというところですね…

本記事は投げ銭記事です

本記事は前回のドンキのアクションカム分解記事の続報に引き続き,投げ銭記事となっています.前回の記事で頂いた投げ銭と同様,頂いた投げ銭は分解用ガジェットの調達に使用する予定です.面白いと思った方は投げ銭をいただければ嬉しいです!(相変わらず,WeChat:ja1tyeへの投げ銭も受付中です)

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