『学園アイドルマスター』批評 アイマス×スレスパ=「成長感」
5月16日から配信された『学園アイドルマスター』(以下、学マス)は、現状2024年に発売されたゲームの中で随一の傑作である。
それは「ソーシャルゲーム」と呼ばれる、モバイル向けキャラクター収集ゲームに留まる範囲ではなく、一般的な大作やインディーといった垣根を超えてなお十分評価に値する程度に、一本のビデオゲームとして論ずるに値するテーマとその達成を確立したからである。
では本作の本質とはなにか。まず本作のベースとなっているのは、既にSNS等でも語られる通り『Slay the Spire』(以下、StS)であることは疑う余地がない。『StS』はインディーゲーム文化が生み出した最高傑作の一つであり、後に「デッキ構築型ローグライク」等と呼ばれる類型を生み出すに至った。
しかし、こうした『StS』のクローンはいずれも駄作か、少なくとも『StS』に匹敵するものは全く存在しなかった。何故なら『StS』の時点であまりにも完成されており、本作に足すべきものも、引くべきものもなかった──少なくとも『学マス』が登場するまでは、そう断言できる状態だったからである。
では『学マス』は『StS』を模倣しながら、一体どんな発展があったのか。それについて語る前に、まず『StS』という傑作がなぜ傑作たりえたのかを批評する必要がある。
今改めて『StS』は元ネタから何を継承し、創造したのかを問う
まず、創作とは模倣である。ゲーム開発とて例外ではない。
アリストテレスが『詩学』の中で「創作は総じて模倣である」と論じたことを引用するまでもなく、現代の美学の感覚にて「完全な創作」は人間になし得ないと見てよい。これはビデオゲームとて同じことで、FPS、RPG、オープンワールド、ローグライクといったジャンルを紐解くまでもなく、そのジャンルの祖先さえ何らかのビデオゲーム、アナログゲーム、スポーツ、おもちゃなどの「遊び」を抽出・模倣したものである。
『Slay the Spire』とて例外ではない。『StS』は元々、アナログゲームショップの店長だったアンソニー・ジョバネッティが、2000年代を代表するアナログゲーム『ドミニオン』等の影響を受けて作ったゲームであることは、アンソニー自ら公言している事実だ。その『ドミニオン』も既存のカードゲーム文化や資源管理ゲームの影響を受けており、模倣の連鎖こそが名作を作ってきたことは言うまでもないだろう。
しかし、ただ「模倣」と一言に言っても、良い模倣があれば悪い模倣もある。特に、ただ表面的な要素ばかりを模倣したり、全体を構成する一部を部分的に流用すると、大抵「悪い模倣」になってしまう。これは『StS』の大ヒットにより世界的に発達した「デッキ構築ローグライク」にもしばしば見られる傾向である。(他にも、ソウルライクとかローグライクとかソウルライクとか)
では「良い模倣」とはなにか?それは無数の定義があり、とても全てここで語ることはできないが、一つ挙げるなら、それはゲームを構成する各要素の「本質」を検討できているか、いないかである。
例えば、『StS』は『ドミニオン』譲りの「デッキ構築」と『ローグ』や『ウィザードリィ』譲りの「ダンジョンクロール(やり直し)」要素がある。ではこうしたエッセンスを通じ、プレイヤーに何を体験させているかといえば、それは「成長感」だ。
「成長感」と一言に言っても、大半のゲームには成長の要素が存在する。しかし『StS』の優れている点は、本来全く異なる「成長感」を味わうゲームジャンル……つまりデッキ構築における「知的成長」と、古典的RPGにおける「数値的成長」をうまく折衷させ、双方を補完している点である。
例えば、『StS』の元ネタの一つである『ローグ』『ウィザードリィ』といった古典的ダンジョンクロールRPGにおける「成長」とは、レベルアップや装備獲得を通じて得られる「数値的な強化」だ。これは『ウィザードリィ』に影響を受けて『ドラクエ』を作った堀井雄二も、RPGの「本質」として何度も指摘している。
ダンジョンクロール型のRPGは、敵を倒せば倒すほどレベルが上がり、装備や魔法を拾えば選択肢が一気に広がることで、敵を効率的に倒せるようになる。この数値上の成長こそ、プレイスキルなどに問われずプレイヤーが直感的に「成長した」と感じられる快楽の源である。
これは『StS』にも踏襲されていて、まず『StS』では敵を倒すごとに、カード、ポーション、レリックといった様々な報酬が用意されている。つまり、ただひたすら敵を倒し、その報酬をもって強くなる。特に初期のカード、「防御」「ストライク」といったカードは、ダンジョン探索で入手できるカードの明確な下位互換であり、言い換えれば、どんなカードを手に入れても(序盤は)必ず強くなるという点で、古典的RPGの「数値的成長」を強調している。
一方、こうした古典的RPGにおける「数値的成長」は、それこそ『ドラクエ』のように、どんな初心者でも時間さえかければ「強くなった」と感じられる一方、逆にプレイヤーの工夫や努力はあまり反映されず、一定のゲーマーにとっては、無駄に時間ばかり費やして不毛に感じられる場面が増えてくる。
そこで肝となるのが、『ドミニオン』譲りの「デッキ構築要素」である。『ドミニオン』(基本セット)は「財」「領地」「アクション」の3種類のカードがあるが、原則どれか一種類だけで強いカードは存在しない。特に「アクション」は様々な種類があるからこそ、相性の良いカードをピックアップしてシナジーを作り、2倍、3倍の効果を出すことが勝利の近道となる。
『StS』はまさに、この「デッキ構築」要素によって古典的RPGの単調さを解決しようと試みた。つまり、本来は「装備するだけで強い武器」や「とりあえず使っとけば強い呪文」があるわけではなく、「特定のカードと組み合わせなければ機能しないカード」を何枚か忍ばせておくことによって、プレイヤーの知略や工夫を含めた「知的成長」を問うゲームへと変化したのだ。
一方、そもそも『ドミニオン』はプレイヤー間で対戦するゲームだ。したがって、カードプールをプレイヤー間で共有し、いかに強いカードを相手よりも先に作るか、あるいはカウンターを考えるかといった部分が肝となるのだが、『StS』における「敵」とは古典的RPGのような「モンスター」であり、彼らは全く固定のカードを決まった順番で使うのが興味深い。
モンスターはいずれも火力、体力ではプレイヤーを大幅に上回るが、その強さは固定されているからこそ、これを乗り越える非対称的な戦いには明白な「成長」を感じやすい。これは、元の『ドミニオン』ではなく古典的RPGの影響を受けた『StS』ならではの「成長感」と言えるだろう。
従って『StS』はデッキ構築ゲームと古典的RPGの2つを模倣しているのだが、その2作に通じる本質の「成長」を、それぞれ「知的成長」「数値的成長」として抽出し、それぞれの欠点を補う形でうまく取り入れたことが最大の発明だと筆者は考えている。
つまりダンジョンを進めれば必ず強いカードが手に入り、より凶悪なモンスターも倒せるようになる点は「数値的成長」としてはっきりとした成長が感じられるだろうし、それでいてカードのシナジーを組み合わせれば効果を何倍にもできる点は、「知的成長」としてプレイ時間だけではなく創意工夫の「成長」までも感じさせてくれるわけだ。
対して、昨今Steam等にあふれる『StS』を模倣したゲーム──「デッキ構築型ローグライク」は、この「成長感」が欠けているか、十分でないことが多い。つまりカードの効果がやたらに複雑で古典的RPGの「数値的成長」のような明快さが欠けていたり、逆にカードのバランスが悪すぎて「知的成長」が問われなかったり、あるいは得体のしれない背景を無駄に追加して「少しずつ塔を登る」というシンプルな成長のメタファーを表現しきれなかったりと、中途半端なものになりがちだ。
ではそんな『StS』の影響を受けたゲームの一本『学園アイドルマスター』は一体なぜ、優れた作品とみなせるのだろうか。ここからようやく本題へと移ろうと思う。
『学マス』における「成長感」の正体
まず『学マス』とはどんなゲームなのか、という点を説明しよう。
『学マス』はバンダイナムコのフランチャイズ「アイドルマスター」シリーズの一本ながら、独立した新しい新規作品である。アイドルたちが集められる学園「初星学園」が存在し、主人公は「プロデューサー科」の学生として「初星学園」の生徒の誰かをアイドルとしてプロデュースし、トップアイドルとしてデビューさせることが目的となる。
こうした物語は「アイドルマスター」シリーズの典型なのだが、『学マス』が大きく異なるのはゲームメカニクスの部分、つまり『StS』を模倣した「デッキ構築型ローグライク」である。本来「アイマス」はスケジュールごとに適切な訓練と対話を繰り返し、キャラを成長させる「パワプロ」的なゲームである。後に音ゲー要素などが追加されたが、正直、ゲームメカニクス部分で語るべきことはほとんどないゲームシリーズだった。
そこで『学マス』が導入したのが『StS』よろしくな「デッキ構築型ローグライク」だった。まずプレイヤーがアイドルを選び、彼女たちを成長させる点は変わらない。しかし、ただ数値を成長させるのではなく、加えて様々なカードを手に入れる。そして他のアイドルたちとのコンテストの際には、このカードを組み合わせて効果的に戦う。これはまさに古典的RPGから『StS』への進化に重ねられるだろう。
しかし、純粋な「デッキ構築型ローグライク」のゲームメカニクスだけなら『学マス』に特筆するべき点はない。正直、『StS』に比べればカードのバリエーションやシナジーの可能性、ゲームバランス等を鑑みても、足元にも及ばない。では『学マス』の何がすごいのか。
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