氷ノ山Twitter広告画像試し読み横

【電書試し読み】「茅ヶ崎・氷ノ山神社~神様と許嫁な私と幽霊と~」

■あやかし異種間婚姻譚■

久しぶりに訪れた神社で女子高生・薫は、
神様に「自分の許嫁だ」と告白される。

身に覚えのない八年前のプロポーズ、
どう見ても中学生な自称神様の少年。

八年前の両親の離婚と、五百年前の悲しい事件。
複雑に絡み合う過去と人々。
そして、薫に襲いかかる美少女幽霊――。

記憶の底に閉ざされた薫と神様の物語が、再び動き出す。


電子書籍「茅ヶ崎・氷ノ山神社~神様と許嫁な私と幽霊と~」の冒頭二話分の試し読みを掲載します。ご購入の参考にしてください。

ジャンル:キャラ文芸
タグ:あやかし、神様、許嫁、三角関係、幽霊、記憶喪失、茅ヶ崎、湘南、神社、怪異


――――(ここから試し読みです)――――

【序】キミは僕のお嫁さんなんだよ!

  ――私は神と恋をした。
 無邪気で一途な、白兎の神と――。

 女子高生・時田薫《ときたかおる》はただいま、恋人兼、氷ノ山神社の祭神こと、雪宮李斗《ゆきみやりと》(外見年齢十四歳・真名不明)のお部屋で、兎神様お手製スイーツをいただきつつ、イチャコラしている最中……なわけで。

 なんで神様が彼氏なのかってのには、込み入った事情があるのだけど……。



 話は半月ほどさかのぼる。

 一学期の中間試験もようやく終わり、開放感に満ちあふれた試験休みに突入。早速薫は、友人の家へ遊びに行って、その帰りのことだった。
 彼女は懐かしさから、昔住んでいた家の近くに建つ、とある神社を参拝した。
 そこは、ちっさくて、古くて、階段だけやたら長い、相模湾を見通せる小高い丘の上にあった。

 その名は『氷ノ山《ひのやま》神社』。

 のちの薫の恋人、雪宮李斗の自宅兼仕事場だった。
 でも参拝者なんて誰もいないから、仕事しているとは言い難い。お祭りがあるとも聞いたことがないので、きっと氏子もいない。

 なんで氏子いないの? と薫は李斗に聞いたこともあったけど、
「昔ちょっと……」
 と口ごもって、薫に詳しいことは教えてくれなかった。
 子供っぽい李斗のことだから、きっと何かやらかしたに違いない、と薫は睨んでいるけども。



 薫には、かつてこの神社に来た記憶がある。それ以上も以下もない。
 ……はず、だった。

 その日の用向きは、八年前に母親と離婚して現在絶賛別居中の父親と「昔のように一緒に暮らしたい」、と神さまにお願いをすること。
 親が離婚して以来、薫は、神社を見かけては願掛けをするようにしている。
 神頼みなんて基本ダメ元なわけだけど、今の今まで別居続行中だから、神サマなんていないんじゃない? と彼女が思っても仕方無かったわけで。

 薫は、小ぶりな本殿の前で機械的に一連の動作を行い祈願をする。
 パンパン、というアレ。
「パパと一緒に暮らしたいです。お願いしまーす」
 と、毎度の定型文を口にする。
 そして、くるりと鳥居に向かって踵《きびす》を返したその時――。

「まって! ……薫、ちゃん?」

 急にどこからか声をかけられた。
 変声期を超えたばかりといった、少年の声。

「はぁ、そうですけど」

 彼女は振り向きながら、気の抜けた声で答えた。
 見ると、年の頃十四、五歳ほどの小柄な男の子が、ひどく驚いた顔で薫を見つめながら、本殿の脇に立っている。
 輝くような白銀の髪に、紅玉のような真っ赤な瞳。血管が透けて見えそうなほどの白い肌……。

 ――これって、いわゆるアルビノってやつ?
 色素のない突然変異種、と学校で教わったけど……。

 着物に袴という身なりからすると、多分神社の関係者……、いわゆる神職だろう。でも頭の記憶領域をどうほじくり返しても、こんな美少年には見覚えがない。
 薫はおそるおそる少年に問いかけた。

「あの……、どちらさま、ですか? お会いした覚えないんですけど」
「薫ちゃん、僕だよ。李斗。ここの氏神だよ。まさか……忘れちゃったの?」

 氏神の李斗と名乗る少年は悲しげにそう言うと、砂利を踏んで小走りに薫の目の前までやってきた。彼を近くで見ると、驚くほど肌が綺麗だ。焼き物のような肌、という表現があるけれど、これがソレなのか、と彼女は実感した。

「えっと……。ごめんなさい、わかんない……です」
「ええ〜〜〜〜っ、そ、そんなぁ」

 信じられない、といった様子で彼は小さく頭を左右に振った。
 そして両の瞳を、ぷるぷる揺れるいちごゼリーのように潤ませ、縋《すが》るような眼差しで薫を見つめて言葉を続けた。

「……ひどいよぉ、自分の婚約者を忘れちゃったの?」

――いま、なんて?

「こ・ん・や・く・し・ゃ……? 誰が?」
「ええええええええええええぇぇ……」

 彼はひどくうろたえた。
 かなりのショックだったのか、唇をぎゅっと噛むと、白い頬に大粒の涙がこぼれはじめた。
 彼は両の拳を握りしめ、震える声で必死に訴え始めた。
「か、薫ちゃんに決まってるでしょ! 僕のお嫁さんになってくれるって、薫ちゃんが自分で言ったんだよ? なのに、八年も、八年もだよ? 僕をほったらかしにして! ずーっと来てくれるのを待ってたのに、ひ、ひどいよぉ!」

 薫の思考がフリーズした。
 三秒後、

「え? え? えええええええええええええええええええ??」
 ――そんなの、初耳です!!

「ね~、薫ちゃんてば~、聞いてる?」
 彼はその後も、しつこく食い下がってくる。

 薫ちゃんの鬼畜! とか、どうして僕を捨てたの? とか、僕のお嫁さんになるのは決定事項なんだからね! とか、結婚資金なら一杯あるんだから! とか、しまいには、結婚してくれないと祟ってやる! とかなんとか……。
 自称氷ノ山神社の祭神は、薫の目の前で泣きながら物騒なことを口走っている。
 薫は必死に記憶の底を漁ってみたが、そんな証拠は欠片も出て来ない。

(こ、こんなのにプロポーズしたのか、八年前の私。
 しかも神サマ? マジあり得ない……)

「んーな大昔のことを言われても困るし! 仮にそれがホントだとして、子供の口約束じゃない。なんで私がボクちゃんみたいな子と結婚せにゃならんのですか?」
 薫はようよう言い返した。
「……見て、薫ちゃん」
 そう言って、彼はパスケースを差し出した。
 薫は、恐る恐る彼の手から茶色い革製のパスケースを受け取った。
 開くと、中には写真が二枚。彼と子供が写っている。
 子供の方は、……確かに薫だ。彼女はこの服に見覚えがあった。
「うそ……私、じゃん。でも――」

 ――日付は、八年前? どう考えても計算が合わない。
 だって彼の容貌が……。

「これって、もしかして貴方のお兄さん?」
 不思議そうに写真を眺める薫の手から、彼はひょいとパスケースをつまみ上げると、鼻をすすりながら大事そうにそれを再び懐にしまい込んだ。
「いいや。どっちも正真正銘、薫ちゃんと僕」
「まさか……、計算合わないよ」
「ホント。撮ったのは君のお父さんだよ」
「そうなの?」
「君のお父さん、ここですごい数の写真を撮ってたから、処分されていなければ、僕との写真は必ずあるはずだよ?」

 ――パパの撮った写真なら、今でもたくさん残っている。
 でも、彼との写真は一枚も……。

「こんな写真、家にないよ。今まで見たこともない……」
 薫がそう言うと彼の顔が僅かに曇り、思案顔でぶつぶつ独り言を呟いた。
「そっか……。薫ちゃんと僕の写真、いっぱいあるよ。見たい?」

(正直、家に一枚もない不思議な写真も、この子のことも気になる。でも……)

「ねぇ、キミって本当に神サマなの?」
「それも忘れちゃったの?」ふぅ、と小さくため息をつくと、
「じゃ、良く見ててね」と、彼は目を閉じて胸の前で印のようなものを結んだ。

 ――――次の瞬間、

「う、うそ……本物、だったんだ……」
 薫は自分の目を疑った。
 信じられないことに、彼の体が一瞬で別のモノに変わってしまった――。

 それは一匹の真っ白な兎だった。
 器用に後ろ足で立ち上がり、小首を傾げ真っ赤な瞳で彼女を見ている。
 服でも着せたら、さながらピーターラビットのようだった。
「ちょ、超、かわ……いい……」
「どう? 薫ちゃん。この姿、見覚えある?」
 ただでさえ愛くるしいのに、人間っぽい仕草で身振り手振り語りかけてくるので、なおさら可愛くて困る。
 ……しかし、いくら可愛くても、記憶にないものは仕方がない。
 薫は頭を左右に振った。
「そっか……」
 白兎はしゅん、とうつむくと、バク宙をして元の少年の姿に戻った。
「でも、薫ちゃん昔と変わってないね。人外の僕を見てもあんま驚かないし……」
「そうかな? よく分からないけど……」
(でも、そこそこ驚いたよ?)
「ところで薫ちゃん、八年前の約束どおり、僕と結婚してくれるよね? ね?」
「え? ええええええええ? ちょ、まって、なにそれっ、あり得ないっ!」
「薫ちゃん、神社に願掛けに来ておいて、神との約束を破棄するって何ソレ? そっちの方こそマジあり得ないんだけどっ?」
 兎の神様は腰に手を当てて、プリプリ怒っている。

 ――そりゃ確かにごもっともなんですけども、この時の自分には、「ウサギ」もしくは「神サマ」との生活なんて、どう考えてもやっぱ想像出来ない。
 八年前の自分は、きっと絶対頭が沸いていたに違いない。いや、プロポーズ自体本当なのかも分からないんだし。

 薫は五秒間の脳内会議の結果、ここは早々に逃げることに決定。

「申し訳ないけど、そういうことだから婚約はチャラってことで」
 言い終わると同時にしゅたっと手を上げ、踵を返して一目散に階段を目指した。
「あ、待って、薫ちゃん! そういうことって何っ! ちょっと!」
 背後から彼の呼び止める声がする。
 チャラって何だ、とか説明しろとか、何かいろいろ叫んでる。
 でもここで捕まったら、有無を言わせずこの神サマと結婚させられてしまう。

 参道の長い階段から何度も転げ落ちそうになりながら、薫は必死に駆け降りた。


【2】兎神の日記1

 〈李斗の日記〉

 薫が帰ってきた。僕の氷ノ山神社に帰ってきた。
 正確に言えば、たまたま立ち寄っただけなのだろう。
 しかし記憶を失ってもなお、こうして僕の元に戻って来たということは、二人の間に強い縁えにしの存在を確信せざるを得ない。

 いや、あってもらわねば僕が困る。
 でなければ、僕は更に向こう数十年、待ちぼうけをくわねばならなかっただろう。
 ……薫の寿命が尽きるまで。

 それにしても、僕はなんて迂闊だったのだろう。
 彼女が落としていった生徒手帳から、隣町に住んでいることが分かったのだ。
 こんなにも近くにいたのなら、すれ違いを恐れずに探しに行けばよかった。
 もっとも、「待ちぼうけ」を継続していたからこそ、薫の再訪にも気付けたのだけど。

 八年ぶりに再会した彼女は、一層可愛さに磨きがかかり、僕の妻としてより相応しくなったと言える。
 あくまでも外見は、だけど。

 どれほど、あの後の生活が過酷だったのか、今の僕には伺い知ることは出来ない。
 けれど、きっとやんちゃな性格が「粗暴」にランクアップする程までに、ハードだったに違いない。母親も、もう少し娘に気を配ってやれなかったのかと歯がゆい思いだが、仕事をしながらということでは仕方なかったのかもしれない。

 薫が帰って来た日の晩、僕は彼女と最後に会った日の事を思い出した。
 あの日は寝不足だったので、居間でうたた寝をしていた。
 午後から出雲まで出張しなければならなくて、少しでも寝ておきたかったのだ。
 移動中に寝ればいいって話もあるだろうけど、僕は電車の中ではなかなか寝付けない質なんだ。

 気持ちよく眠っていると、ふと体の上に不可解な重量を感じた。
 まさか幽霊? と思ったが、次の瞬間、何か柔らかいもので唇を塞がれた。
 恐る恐る目を開けると、それは薫の唇だった。
 僕が急に目を覚ましたので、腹の上に馬乗りになっていた薫がパニックを起こし、彼女に唇を噛まれ出血してしまった。

 ……まったく、ひどい初キスもあったものだ。

 薫に囓られたところをティッシュで押さえていると、やっとこ落ち着いた彼女が悪びれもせずに満面の笑みで僕に言った。

『お兄ちゃんぼっちで寂しそうだから、私がお嫁さんになって一緒にいてあげるよ』

 字面だけ見れば、あんまりなプロポーズの文句だろう。でも僕にとっては直球ストレートな台詞だった。
 子供だと思っていた薫が、僕の苦悩を一番理解してたんだ。
 僕は思わず薫を抱き締めて、月並みだったけど、

『ありがとう、よろしくお願いします』

 って答えた。
 嬉しすぎて、それ以上の言葉が見つからなかったから。

 薫が僕に気があるのは、前々からなんとなく分かっていた。
 女の子は十歳にもなれば色気も出てくるものだから、時折薫から女の視線が向けられていることも感じていたけど、わざと見ないふりをしていた。
 この時代では、まだその時期ではなかったから。
 あの頃から、僕は薫のことが好きだったけど、適切な年齢に育ってからご両親に正式にご挨拶を、と思っていたんだ。二人でこの神社で暮らしたい、と。
 彼女にプロポーズされるよりもずっと前から、僕は薫を嫁にもらいたいって考えていた。出来たらもらえたらいいな、ぐらいだけども。
 きっとそんな気持ちが、どこからか漏れて、彼女に感づかれてしまったのかもしれないな。

 僕は、なるべくやさしい言葉で説得を試みた。
 君が僕と結婚するってことは、この神社で暮らすってこと。
 つまり神職になるのだから、まだまだ勉強しなくてはならないことがいっぱいある。これから中学校だって、高校だって行かなければならないんだって。
 彼女はすこし難しい顔をしていたけど、それが結婚の条件だと知ると納得してくれた。すこし遅れてやってきた、彼女のお父さんにも軽く事情を説明し、

『将来お嫁さんになって頂くことになりましたがよろしいでしょうか?』
 と、お伺いを立てたところ、いやに真面目な顔で、

『こちらこそ娘をどうぞよろしくお願いします』
 と、深々と頭を下げられてしまった。

 ――今にして思えば、彼はあの時、何かを予見していたのかもしれない。
 ――己の運命について。


【3】君に会いたくて転校しちゃった♥

 薫は、朝からイヤな予感がしていた。
 信号は次々赤になるし、普段懐いてる近所の犬には吠えられるし、電車では思いっきり足を踏まれるし、定期は家に忘れてくるし、なぜか生徒手帳までも見つからない……。
 あ〜、マジ最悪、と思ってた。更なる災厄がやって来る、その時までは。



 中間試験の休み明けの今日は、とびきり気怠い気分。
 連休明けのサラリーマンってこんな気持ちなのかな? なんて思いながら、薫は自分の席で朝からぐったりと机と一体化する。
 前の席に座る親友の香坂美季《こうさかみき》が、薫の背中越しに小声で
「月のモノ?」
 なんて聞いてくる始末だったりするわけで。
 そうこうしているうちに朝のHRが始まった。
 いつも通り、担任の若い数学教師がHRを淡々と進める。
 今日の連絡が終わると、担任は教室のドアを開け、そのまま退室するでもなく、誰かを招き入れた。

(なんか転校生みたいだけど、こんな時期に来るなんてめずらしいわね)
 美季のヒソヒソ話に薫はうなづく。

 気弱そうな、少し背の低い華奢な男子生徒が遠慮がちに入ってくる。
 雑に後で束ねた長いぼさぼさ頭に色白の顔。三年生と言うには無理があるほど幼く、どう見ても一年生か中学生。まるで女の子のような整った顔。

 ……ん? どこかで見たような……。

 彼は黒板に名前を書き、

「は、初めまして、雪宮李斗です。……皆さんよろしくお願いします」


――――(三話の途中ですが、試し読みはここまで)――――


一見ラブコメ展開ですが、一人と一柱の神は、500年越しの因縁に巻き込まれ、前途多難です。どうか最後まで見届けてください!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?