舟崎泉美
【小説】性格整形
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【小説】性格整形

舟崎泉美

「これじゃ、視聴者に伝わらないだろ!」
「私の脚本ちゃんと読めてますか? 太田さんが理解できなくても、視聴者は理解できてますから」
 会議室ではプロデューサーの太田と、新人脚本家の朱莉が言い争っていた。
 二人の激しいやりとりは今にはじまったことではない。
 朱莉と太田がドラマを作りはじめたのは、今から約半年ほど前のことだ。それから何度も何度も打ち合わせを重ね、ようやく脚本を作りはじめたのは一か月ほど前のこと。しかし、それからというもの二人の争いは収まる様子を見せず、延々と議論は続いていた。
「新人なんだから、黙ってプロデューサーの言うこと聞け!」
「私は自分の書きたいものを曲げてまで、こびようとは思ってません!」
「また、おろすぞ!」
 これまでも朱莉は、何人ものプロデューサーと一緒に仕事をしてきたが、そのたびにやり合い、脚本をおろされ、デビューのチャンスをふいにしてきた。それでも、実力を買っていた太田は「一緒にデビューしよう」と朱莉を誘った。その太田が「おろすぞ」などと言ってしまっては、朱莉だって黙ってはいられない。
「わかりました。太田さんに言われなくても、私から、おりますよ!」
 朱莉は荷物をまとめ、勢いよく会議室を後にした。

 朱莉だって、決してバカじゃない。黙って言うことを聞けば、デビューできることぐらいわかっていた。それでも、朱莉は自分の意見を曲げることはできなかった。それは、朱莉が自分の作品に自信を持っていたからだ。
 朱莉はこれまで、数多くの新人賞を受賞していた。その功績は、決して生まれ持った才能ではなく、努力して得たものだ。小さな頃から、映画やドラマの世界に憧れていた朱莉は、物語の根幹を握る脚本家になるべく、たくさんの勉強を重ねてきた。さまざまなシナリオ技法を学ぶだけではなく、映画やドラマ、舞台、小説、古典芸能など、あらゆる作品に触れてきた。それゆえ、プロデューサーよりも知識があることも多く、私のほうが正しい。私の意見のほうが絶対に合っている。と、プロデューサーの言葉に対し頑なに反論を続けていた。
 納得いかなくても、意見を受け入れればいい。そう考えても、作品がダメになるのは見過ごせない。
 TV局を出た朱莉は、とぼとぼと肩を落として家への道のりを歩いていく。

 この性格がいけないんだ……、この性格が……。

 落ち込みながら歩いていた朱莉が、商店街に入った時。ある看板が目に入った。そこには『すぐに性格は変えられます“性格整形”クリニック』と書かれている。
「性格整形?」
 朱莉は足を止め、看板を見上げた。
 訝し気に看板を見つめる朱莉だが、そんな簡単に性格が変えられるならこんなに苦労しない。と再び歩きだす。
「ちょっと、ちょっと待って!」
 その時、若い女性の声が聞こえて朱莉は振り返った。
「気になるなら、説明だけでも聞いていってよ」と若い女性は、朱莉に向かい笑顔で言う。
「あなた誰?」
「私はこのクリニックで看護師をしてる五十嵐梨花っていうの? あなた名前は?」
「高橋朱莉だけど?」
「ねえ、朱莉さん。あなた性格直したいんだよね? 人生変えたいんでしょ?」
「まあ……、でも、性格なんてそう簡単に変えられないでしょ?」
「性格整形なら簡単に変えられる」
「そんなのウソ! 見た目なら簡単に変えられるけど、性格はなかなか変えられない」
「ウソかどうかなんて、試してみなきゃわからないでしょ?」
 朱莉は梨花に強引に腕をつかまれ、クリニックへと連れていかれた。

 無理やりとはいえ、入ってしまったのだから、話だけは聞いてみようと、朱莉は院長の浅見のカウンセリングを受けることにする。
 朱莉が自分の現状を話すと、浅見はすぐに答えた。
「その悩みなら性格整形で解決できますよ」
 浅見は優しく朗らかに、性格整形について説明をはじめた。
 浅見が言うには、性格はこれまでの人生経験がもとになり形成されているそう。そのため、記憶をつかさどる海馬に刺激を与えることで、これまでの記憶を書き換え、性格に変化を与えるのだという。
「時間もかかりません。痛みもありません。手術は簡単に終わりますよ」と浅見は言う。
「そう言われても……」と朱莉は戸惑う。
「私も昔は、うまくいかなかった……、院長の意見にも反対してぶつかってばかり。何をやってもうまくいかず、いくつもの病院を転々とした。でも性格整形によって変わったんだ。昔は上司に真っ向から反対していたけれど、意見を受け入れることによって全てが変わった。上司との関係もよくなったし、何より他人の意見を反映することによって、仕事もうまくいったんだ」
 穏やかな笑顔で話す浅見を見ると、上司とぶつかるような過去があったとは、想像できない。とはいえ、自分の悩みも同じように全てが解決するとは思えなかった朱莉は反論する。
「でも、私の場合はプロデューサーの意見を取り入れたって、作品が良くなる気はしません。私は自分一人の力で完璧な作品を作り上げることができます。私にとって、他人の意見を取り入れるということは、作品をあきらめることです。作品をあきらめてまで、デビューすることに本当に意味があるのかわからないんです」
 毅然とした態度で答える朱莉に、浅見は言う。
「あなたは、本当に相手の意見を聞いたことはある? きちんと聞く前にノーと言って突き返してしまったんじゃないのかな? 一旦、受け入れたうえで、それでも、ダメならノーと言えばいい。それだけで、何かが変わるはずだ。実際に、その意見を取り入れなくても、プロデューサーとの関係は良好になるんじゃないかな?」
「確かに、そうかもしれないけど……」
「性格整形は、性格の全てを変えるわけではない。あなたの人生をより良い方向に進む手伝いをするだけだ。だから、だまされたと思って、一度、試してみないか……」
 朱莉は悩んだ末に、“性格整形”を受けることにした。院長の言う通り、一旦、意見を受け入れてみようと思ったのだ。
 頭にヘルメット型のマシンをかぶさられると、電気が通された。一瞬、視界が真っ白になったものの。すぐに、朱莉の目には先ほどと同じ診療室がうつった。
 本当にこれで性格が変わったのだろうか? 疑問に思いながらも、朱莉はクリニックを出る。その日は、手術を受けたとは思えないくらい、いつもと変わらない一日を過ごしていた。ご飯を食べ、映画を観て、就寝する。普段と同じ時間を過ごす朱莉は、全くと言っていいほど性格の変化は感じなかった。そんな朱莉に変化が起こったのは翌日のことだ。

 新しいドラマの企画書を練っていた朱莉のもとに、太田から一本の電話がかかってくる。
「今、謝りに来たら、もう一度、使ってやってもいいぞ」
 相変わらず、上から目線の太田。普段の朱莉ならば、ここで言い返すだろう。しかし、今日の朱莉は違った。
 意見を聞き入れなかった私が悪い。新人なんだから、経験豊富な太田の意見を聞くべきだった。そう思った朱莉は、太田と会う約束をした。
「申し訳ありませんでした。私が、太田さんの言うことを全く聞き入れなかったのが悪いんです」
 朱莉が珍しく謝ったのを見た太田は拍子抜けするが、想像以上の反省を見せる朱莉に自分も言い過ぎたと謝罪する。
「……いや、俺も悪かったよ。お前の言うこともう少し聞けばよかったな」
 二人の距離は以前よりも近づき、その後、再開された脚本づくりも、最初こそ順調に思われた。しかし、そううまくはいかない。

 朱莉は以前と違い、太田の意見を全て笑顔で受け入れるようになった。
 太田が何か指摘するたびに「さすが、太田さんは経験豊富ですね。よく、ドラマのことわかってらっしゃる」と言う。
 決して朱莉は、太田をよいしょしているつもりはない。しかし、はたから見ると、太田にこびているように見えた。それは、太田自身も感じており、だんだんと朱莉に嫌気がさしてきたのだ。
 そんなある日、太田は朱莉に向かって言った。
「なあ、どうして、お前はそんなに変わっちまったんだ? お前は、前のほうが良かったよ。今のお前は、俺に良い顔してるだけで、思ってること言ってない。こんなんでいい作品ができるか? もっと、お互いに意見を言わないとダメだろう。見せかけだけの関係じゃ、良い作品はできないんだよ。今のお前とはやっていけない」
 朱莉はまたもや、脚本をおろされてしまったのだ。

 せっかく、性格を変えたのに、なんで……?
 ショックを受けた朱莉は、脚本をおろされた足で再び“性格整形”クリニックに向かっていた。やっぱり、昔のままが良かった。前のままでよかった。でも……。
 性格整形を受ける前の自分を思い出すと、性格を戻しても、苦労することはわかっていた。性格を戻しても、戻さなくても、結局はデビューできない。だったら……。
 朱莉は、懇願の表情で浅見に訴えた。

「私の性格を変えてください。苦しみや悲しみを感じないようにしてください! 私に笑顔を取り戻させてください」

 数日後、朱莉は工場で、機械のように流れ作業をしていた。朝からずーっと同じ作業をしているが、決して朱莉は笑顔を崩さなかった。周りを見ると、笑顔で作業をしているのは朱莉だけではなかった。この工場に働いている人、全てがニコニコと笑顔を振りまいていた。
 そんな笑顔の彼らの横では、黒いスーツを着た男が、大量の現金が入った封筒を浅見に渡している。その隣には看護師の梨花の姿もあった。
 この工場は、心をなくしてしまっていた人が集まる場所。浅見は“性格整形”で心を壊し、普通の人間として働けなくなった人たちを集め、危険な作業をやらせていた。人身売買で金儲けをしていたのだ。
「苦しみも悲しみもなく笑顔だけでいられる人間なんていないからね。それは人間じゃない。機械と一緒だよ」と、浅見はつぶやく。
「もっと自分を信じれば良かったんですよ……、そうすれば安易に性格を変えることもなかったし、こんなこともならなかった」と、梨花も彼らを見てつぶやいた。
 二人の会話は、朱莉の耳には届かない。朱莉は、仲間たちと一緒に、いつまでもいつまでも笑顔で作業を続けていた。

小説:舟崎泉美 イラスト:目黒雅也

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この物語は雑誌「クリネタ」37号に掲載されていたものを加筆・修正したのものです。

初出 監視の館 雑誌「クリネタ」37号 2017年3月

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舟崎泉美
小説家・脚本家・ライター。 小説『ほんとうはいないかもしれない彼女へ』(学研プラス)にて、第一回本にしたい大賞を受賞しデビュー。 小説や脚本を書いたり、作詞をしたり、映画を作ったり、アナログゲームを作ったりと、さまざまなクリエイティブに挑戦中。